私の手の倫理(1)義父
両親が離婚していて、父親とはわりと身体的接触がないまま育ちました。成人男性の体から遠いところで育ったんじゃないかなと思います。恋愛もしたし結婚もしたので成人男性とは接触してるんだけど、肉親で成人男性というのがよく分からなかった。
義母が体調をくずしていたときに、義父に介護が必要になったらここに紙おむつがあるから、と言われたときはすごくショックでした。義父を介護するということを現実的に考えていませんでした。夫に話したら、夫はあまりこだわらない人で、「そんなの俺も同じだよ」と言ってくれた。やられる方だって同性のほうが気が楽だろうから、時間があったらやってあげる、と。でも結局、下の世話をすることはなくて、義父はすっと亡くなりました。
最期、亡くなるときに、私と夫と私の末っ子がたまたま病室に同席していたんです。義母は毎日病院に通っていて、ほんとに一生懸命世話をしていたのに、ちょっとだけ家に帰ったその間に義父の容体が急変してしまったんです。すぐに義母に連絡してもらったんだけど、義父の心電図がどんどん弱くなっていった。それで義父の手をにぎってぎゅっと力を込めたら、心電図がちょっとだけよみがえったんです。義父は延命治療はしないと決めていたので、心臓マッサージとかは来ないんですけれども、とにかく私は手だけで、義母が来るまでマッサージしていました。そのときの私は「ふれる」ではありませんでした。本当に物理的な、「作業」をしている感じがありました。(T.O.さん)