私の手の倫理(11)
私は、30代から医療機関の事務職として働き始めました。
事務職とは、患者さんを介助したりケアしたりすることは一切できない職種です。
しかし、私が病棟の事務として勤務をはじめてから、体にふれることはありませんが、入院期間が長く、いつも同じような生活の繰り返しを強いられている患者さんたちは、よくデスクに座っている私に話しかけてくれました。
まるで、「私の心にもっとふれてください」とでも訴えるかのように。
そんななかで私は気づきました。
いつも定位置で働く自分だからこそ、できること。それは、患者さんに触れなくても、心の泉や光、闇、しこり…それらを感じ取れたら素敵だな。体に触れられなくても、心に手を当ててあげることならできる❗と思いました。
そう思うようになってから、私は患者さんの心にふれる機会を自分からつくるようになりました。
中でも比較的自立していて、看護師さんのケアや介助も少なく、手のかからない患者さん、気をつかってわがままや頼みを言えない患者さんに自分から声をかけるようにしました。
すると、それまで一切誰とも話そうとしなかったある人が、私の名前を覚えてくださったようで、ご自分からお願いごとを私にしてくださいました。
それまでは一言も喋らず、リハビリのないときはずっと部屋にいた方だったのに。
その患者さんいわく「リハビリの担当の職員さんが、いつもあなたの話をしてくれていたから。明るくて話しやすくて頼りになる事務員さんだよ、と教えてくれた」と。
嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
その頼み事以来、その方はよくデイルームに来られるようになり、私を見つけるとご自分から心をひらいてくださいました。
病気になる前のこと、これからやりたいこと。沢山お話してくださいました。
その方がご退院されて、1ヶ月後。外来に用事があり、あるフロアを歩いていたら、偶然その方のご両親がおられ、私を見つけると、急いで寄ってきました。
「今、息子は診察前の検査中だけど、診察おわったらあなたに会いたい、元気な顔を見せたいって言っていたから必ず病棟にいきますね」そう笑顔で仰られていました。
約束どおり、患者さんとご両親は
病棟に来てくださいました。
エレベーターが開くやいなや、車椅子を素早く動かして来てくださり…「Kさん、僕、お礼の気持ちががいいたかったです」
そういって、ハグをしてくださいました。私も…思わず強く抱き締めて泣いてしまいました。
ありがとう、ありがとう。
私にあなたの心をおもいっきり触れさせてくれて。
ありがとう、ありがとう。
私の心の、1番あったかい所をみつけてくれて。
そんな私は翌年から、介護職員になり、高齢者のかたの心とからだにふれています。
(Y.K.さん)