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愼允翼(シンユニ)さん

脊髄性筋萎縮症のため24時間の介護をうけるユニさん。他者の身体を自らの延長として使う自分を冗談で「帝国主義者」と呼びます。一方で、介助者とのあいだで事故はないのかという質問に、「健常な人間だって、手を伸ばすけど実際に頭を守れるかどうか分からない、だから同じ」との答え。「身体の他者性」と「他者の身体性」がぴたりと一致した気がしてぞくぞくしました。読みにくいですが、インタビューのあいまに飛ぶヘルパーさんへの指示(中華スープ作ってる)もあえて残して文字起こししています。

(写真のデッサンは、夏にお邪魔したときのユニさんと鈴木悠平さんの様子。辞書や文法辞典を駆使しながら、二人羽織のように前後のポジションで(ユニさんはソファの上で横になって口述し、悠平さんがその前でパソコンに打ち込み)、ルソーの原文を訳していました。物と人の配置が絶妙!)


愼允翼(シンユニ)さんプロフィール

1996 年、千葉県生まれ。東京大学文学部人文学科哲学専修課程卒。東京大学大学院人文社会系研究科フランス語フランス文学研究室 修士課程2 年。専門はジャン= ジャック・ルソーおよび18 世紀フランス思想。厚生労働省指定難病の先天性疾患・脊髄性筋萎縮症により24 時間の介護保障。電動車いす歴20 年超。メディア掲載多数。好きな言葉は「生き残るのは…この世の「真実」だけだ…真実から出た『誠の行動』は…決して滅びはしない」

 

◎体の声が支配の根源

伊藤 事前に質問事項をお送りしたら、「こういう質問の類初めて」というお返事が…

 

愼 そうそう。新聞とかイベントとかでインタビューされるときは、俺の障害そのものからくる世界観とかに問いが来るんじゃなくて、僕が社会的にやってきたこと、受験とかの話に興味がいきやすいんですよね。そういう意味ではあんまり慣れていない質問かなと思います。

 

伊藤 私の専門は人間の体なんですけど、体の話って基本的にあんまり聞いちゃいけないですからね。踏み込んだ質問しちゃうかもしれないんですけど…

 

愼 僕はそういうの全然ないので大丈夫です。

 

伊藤 9月に初めてこのご自宅におじゃまして、そのとき介助者として入っていた鈴木悠平さんと3人でお話しました。そのとき悠平さんはけっこう波があるタイプで、でもユニさんはあまりなくて、いつも安定してるという話がありました。あれはどういうことかもう少し教えてもらえますか?

 

愼 たとえば、悠平くんだったら、今日は集中して原稿を書けたけど、明日は全然書けないっていうことがあるんだけど、僕は1日5ページ読むと決めたらテコでも5ページ読む、っていうことだったと思います。

 

伊藤 それっていわゆる「努力家」みたいなことですか?

 

愼 うん、っていうふうにたぶん一般には理解されているが、障害と努力家の要素が、お互いに拍車をかけているか矛盾するかっていうのが問いとしてあると思っていて。わりと子供のころから、石橋をたたきすぎて壊すタイプで。

 

伊藤 あ、そうなんだ。意外。

 

愼 自由が好きなくせに、すべてを自分の手中におさめないと、気が済まない部分もけっこうあって。だから勉強とか、ご飯を食べる時間とか、寝る時間とかは、やたら規律化されてる。

 

伊藤 なるほど。そういえばこの前、「自分は帝国主義者だ」って言ってましたよね(笑)

 

愼 そうそう。先生にそう言われたんだよね。

 

伊藤 私最近摂食障害の方に話を聞く機会が多いんだけど、摂食障害の人も、けっこう規律重視なんですよね。「今日は〇〇カロリー」とか「体重〇〇グラム落とす」とか、体を徹底的に支配下におく。もちろんそこには、家庭環境や学校が思い通りにならないからコントロールできる体重にのめり込んでいく、というような構造もあって複雑なんですが。それで、その体に対する管理がエクストリームになっていくと、いわゆる「体の声」が聞こえなくなっちゃうんです。疲れていても疲れていると感じなかったり、ご飯をたべてもおいしいと感じなくなっていく。管理的な付き合い方をすると、体との関係にかなり影響を与えるのかなと思うのですが、ユニさんはそういうところはありますか?

 

愼 質問に「体とうまくやるコツは何ですか」ってあったよね。それに関しては僕は摂食障害者とは違って、むしろ、体の声しか聞かない。自分の体の声が支配の根源で、まわりを従属させる。わりとそういうところがあるかな。

 たとえば、「お腹すいた」って――ちょっと待って、ヘルパーさんお水ちょうだい、ものすごい…それまでずっと勉強してたからそんな隙はなかったんだよね――そういう感じで、体から出た信号が、ほぼ無意識的に口からぶわって出る感じ。

 

伊藤 なるほど。「お腹すいた」「喉乾いた」「痒い」とかが、そのまま言葉になって出てくる感じなんだ。

 

愼 そう。授業中もお腹すいちゃったら「ごめん僕お腹すいちゃったから帰る」って言って帰っちゃうもん。

 

伊藤 そういうところと、「今日は5ページ読むぞ」みたいなことはどういう関係にあるんですかね。体って「だるい」「疲れた」「眠い」みたいな、わりと煩悩よりのこともたくさん発してきますよね。その声がそのまま外に出て実現されたら、衝動が優先されて予定がどんどん壊れていきそうな気がするんですが。

 

愼 僕にとっては食べることってけっこう重要で。小学生のときに体が直角を維持できなくなって、ちょっと体を倒すようになったら、胃酸の逆流が起こり始めて、胃酸が強すぎて胃潰瘍になって。それで胃薬を飲むようになってその症状は落ち着くようになったんだけど、今度は食事の時間をけずって遊んじゃったりすることもあって、食事の量が減って、低血糖を繰り返しちゃって。そういうのがあって、物心ついたときから「食べることはちゃんとやらなきゃ」って思ってたんだよね。それであるとき気づいたんだけど、勉強するとお腹すくんだよね。それで嫌でも食べる。それで勉強と食べることが接続しちゃってるの。勉強しないと食えない。食わないと低血糖になるから、低血糖にならないために勉強してる(笑)

 

伊藤 今はごはんは1日何食食べているんですか?

 

愼 3から4ですね。

 

伊藤 一回に食べられる量は?

 

愼 えっと、時間による。朝ごはんは、ほとんど食べなくて、出汁をまぜたスープとかプロテインを入れたジュースみたいな流動食を食べて、昼はがっつり食べて、夜はもっとがっつり食べる。どれくらい食べるかっていうと――Oくん(ヘルパー)、俺が一番調子いいときと平均くらいのとき、俺の食べる量ってどれくらいって言ったらいい?――〔ヘルパーO〕難しい質問だね…最近はねえ子供くらいは食べるようになってきたかな――小学校6年生の運動部の女の子くらい? ――〔ヘルパーO〕それくらいはあるかもね。ここ1年くらいじゃない?そんなに多くなったのって。

 

伊藤 なるほど。それはいい兆候ですよね。内臓の調子も今はいいんですか?

 

愼 いいですね。お酒は飲み過ぎだけど(笑)

 

伊藤 食に関しては「気をつけなきゃいけない」っていう側面が強いんですね。

 

愼 そうね…あと「寝る」とか、体勢に関しての「首が痛い」とか「体がしんどい」とか、そういう体の信号は、介助者が何をしていようが、自分がどの状況にいようが、外にいようが、家にいようが、病院にいようが、まずそれを常に優先して、他は知らん、というのが強い。

 

伊藤 体勢もかなり重要そうですよね。

 

愼  ――ヘルパーさん、ちょっとお水飲んで首ひっぱって

 

伊藤 首の位置は重要?

 

愼 ずっとやってるとさ、タオルを入れてても空気じゃないし痛くなってくるんだよね。体がだんだん真ん中に縮まってくるから、それを伸ばす。

 

伊藤 お尻とかは?

 

愼 いまは姿勢的に首よりは痛くなってないけど、横になっているときは変えないとね。寝る時はぴっちり体勢を整えないと寝られないね。

 

伊藤 毎日正解が違うということですか?

 

愼 そう。置いたときに角度で呼吸が乱れる。呼吸が乱れるとやっぱ寝られないからね。

 

伊藤 よくALSの方がミリ単位で直すとか言うけど…

 

愼 そんな感じだね。

 

伊藤 決まるのに何分くらいかかるんですか?

 

愼 早いときは一発で決まるけど、遅いときは3−40分うだうだやってる感じかな。ただ、俺の体は意外と言うこと聞くから、1時間以内に寝られないということはない。

 

伊藤 体が意外と言うこと聞くってどういうことですか?

 

愼 疲れてたりしても、3−40分うだうだやってると眠気が来て終わる。

 

ヘルパーO ヘルパーとの信頼関係も大きい気がする。

 

愼 そうだね。

 

ヘルパーO あんまり信頼してないと、不安なのか、あまりうまくいってない気がする。

 

愼 体がね。頭ではみんな信頼してるんだけど、頭の信頼と体の信頼がちょっと違う。

 

伊藤 人間として信頼しているっていうことと、この人ならちゃんと体を置いてくれるはずだっていうこと?

 

愼 そうそう。抱っこの感覚とかもね。

 

 

◎帝国主義者のまなざし

伊藤 現時点で何人のヘルパーさんが入っているんですか?

 

愼 ちょっと待ってよ…10かな。プラス予備役が2−3人。

 

伊藤 マネジメントは誰がやってるんですか?

 

愼 この時間に誰がやるという契約になってるからマネジメントはないけど、一応相談員という人がついていて、彼女が、たとえば事業所とのあいだの連絡とか、新規の事務所の開拓とかはお願いしていて、あとは誰かが長期で入れないときなんかはヘルパーさんのLINEがあるからそこで適当に募集っていう感じかな。――Oくん、適当に料理やってもいいかな?

 

ヘルパーO いいよ。

 

愼 オクラと玉ねぎ茹でてさ、お浸し作っておいて。あ、違うな、お浸しあるんだ。

 

ヘルパーO スープがもうお昼でなくなるよ。

 

愼 あ、じゃあスープ作っておいて。

 

ヘルパーO 中華スープにする?

 

愼 あ、いいよ。っていう感じで、インタビューしているときも、お昼ご飯や夜ご飯のことを頭のどこかで考えている。

 

ヘルパーO 豆腐とどいたけど、豆腐にする?中華スープだけどいい?

 

愼 豆腐入れてもいいんじゃない?あとはオクラとモロヘイヤ入れて。

 

ヘルパーO オクラ全部?半分?

 

愼 全部でいいよ。いけるいける。

 

伊藤 冷蔵庫に食材がどれだけ残っているかも把握してる?

 

愼 一応ね。どんぶりだけど(笑)。

 

伊藤 そうすると、ヘルパーさんが10人いたら10人とも人間が違うわけだから…

 

愼 そうそう。料理得意な人、文字打つのが得意な人…

 

伊藤 Oさんは料理が得意なんですか?

 

愼 Oくんは全体的にほどほど(笑)。よく言えばオールマイティ、悪くいえば器用貧乏。

 

ヘルパーO すごいこと言うな(笑)

 

愼 何でもできるんだけど、すごい得意なものを俺は感じたことないんだよね。そつなくやる。

 

伊藤 その逆のタイプもいるんですか?

 

愼 悠平くんとかじゃない?文字打ったり、料理したりできるんだけど、俺の介助で一番重要な「同時に複数のことをやる」っていうのができない。集中しちゃう。

 

伊藤 「同時に複数」が重要なのですね。

 

愼 僕にとっては重要だし、介助一般論としても重要じゃないかな、という気がする。

 

伊藤 それはたとえば文字の打ち込みやりながら、水飲んだり、といったことですよね。

 

愼 そう。

 

伊藤 もっと細かいレベルで、たとえば抱きかかえるときの感触とかも、人によって違いますか?

 

愼 違うね。ひとりひとり違うね。たとえば俺が目と耳の能力を奪われて、抱っこで誰か当ててくださいって言われても、たぶん分かると思う。

 

伊藤 へえ〜

 

愼 ヘルパーさんも分かられると思うって言ってる。誰がやってるか俺が分かってるって。たとえば介助の新人を育てるときには、なるべく体型が似た人を選ぶようにしてる。身長160センチ後半以上は絶対に要求するんだけど、身長が低いほど手を横に広げたときの長さが短くなるから、抱っこが苦手になる。あとは抱っこされるときの肉の感じもあって、だから体重も重要。なるべく似た体型の人で研修するっていうのはあるかな。

 

伊藤 これちょっと失礼な質問かもしれない、偶然かもしれないんだけど、この前9月にここに来て初めてお会いして挨拶したときに、ユニさんに体を全身スキャンされた気がしたんです。基本的には、人と人のコミュニケーションって顔がメインじゃないですか。逆に言うと、普段は体をあんまり見ないようにしてるんだと思うんですよね。体を見ると「やらしい目つき」みたいなことになる。

 

愼 やります。

 

伊藤 やっぱりやりますか!ユニさんにとっては体を見ることが人を見ることの一部なんですかね?

 

愼 やってるっていうふうに言われた経験があるのが思い出せる程度で、自覚的ではないです。ただ、実際にたとえば、女の子とデートしていて、目移りして、「おいっ」って言われることが結構あって(笑)。そのとき、顔も見てるんだけど、全身を見てる。

 

伊藤 性的な意味がなく見てる?

 

愼 なくても見るし、あっても見るし、その区別はつかないし。つかないっていうか、つけないっていうか、なあなあにしてる(笑)

 

伊藤 あえて理由を探すとしたら、その癖はどこから来てるんですかね。

 

愼 ――Oくん水ちょうだい――いやもちろん、この人は僕を抱っこできるのかできないのかっていうのはなくはないと思う。

 

伊藤 それは抱っこできたら安心だなっていうことなのか、抱っこされたら怖いなっていうことなのか、どっちですか?

 

愼 抱っこされて安心のほうだね。たとえば万が一今地震がきて、その人が生き残ったけど、ぱっと横見たらOくんの体に鉄骨がぶっささってて「もうOくん死んだんだ」ってなったら(笑)、その人に抱っこしてもらって逃げるのかとか、そういう妄想をね、するよね。

 

ヘルパーO 中華スープはツナとか入れる?

 

愼 豆腐入れるからいらないっしょ。

 

ヘルパーO 卵入れる?

 

愼 豆腐と卵にしよう。

 

ヘルパーO 卵ふたつ?

 

愼 うん。オクラと玉ねぎのほか何がある?

 

ヘルパーO キャベツかな。

 

愼 適当に入れといて。あと頭右のばしといて。

 

伊藤 さっきの帝国主義の話で、帝国主義の国境をどう決めるのかっていうのがすごく気になってて。例えばいまスープをつくるのに、具を決めるのに、卵とお豆腐とオクラと玉ねぎっていうのは指定したのに、あとは適当にやっといてって言ったじゃないですか。たぶんすべてにおいて、その境界があると思うんですよね。

 

愼 Oくんは、僕の好きな味がもう分かるんだよね。だから言う必要ない。まだ分からない人だったらめっちゃ言う。

 

伊藤 それも信頼関係っていうことだね。

 

◎内語はない。全部パロール

伊藤 誰でも体って手がかかるじゃないですか。お腹すいたら食べなきゃいけないし、かゆかったらかかなきゃいけないし。その手のかかり方が、私とユニさんでは意外と同じなのか、かなり違うのか、というのが知りたいです。さっきお腹すいたら声に出して言うっていうのがあったけど、私は声に出しては言わないけど、手をのばすとか、違う形の労働みたいなものが発生しているわけですよね。それってけっこう違うことなのか、そうでもないのか、どうなんでしょう。私は面倒臭いと思わずに、当たり前のこととして手を伸ばしているけど、ユニさんも面倒くさいとは思わずに声に出しているのかな、どうなんだろう。

 

愼 何も考えずに口が動いてるね。

 

伊藤 じゃあそういう意味ではあまり変わらないのかな…

 

愼 もちろんルソー的に言えば、人を動かすのと自分が動くのは違うんだけど、だけど、主体の負担という意味では僕はあまりないけどね。一日中しゃべってるし。体調がわるくてもしゃべってる。肺炎でゲホゲホしてるときでも、わりとしゃべってる。

 

伊藤 自分の状態をブロードキャストするのが習慣なんだね。

 

愼 習慣だと思うね。体がそういうふうに積み上げられてる。僕一歳になる前にしゃべりはじめたらしいんだよね。トイレの指示とごはんの指示が、0歳代にできていて、泣いているときにも、何で泣いているかを、母親だけじゃなくてみんなが分かるやり方で伝えてた。それで母ちゃんは、「この子は障害があっても大丈夫かもしれない」って思ったって。弟は健常者なんだけど、弟のほうが考えていることが分からなくて大変だったって。母親は、障害があるって分かったときは、2人で死のうかと思ったぐらいおびえちゃったけど、育て始めてからは、大変だと思ったことがマジでないって言ってた。自分が変わればよかっただけで。僕は考えていることが分かるからね。本当にずっとしゃべってて、本も読めないくらい疲れて10分くらい休むわっていうときも、YouTubeのカラオケとかをつけてずっとうたってるからね。

 

伊藤 じゃあいわゆる「内語」っていうか、自分の中で考え事する、っていうことはない?

 

愼 ないない。全部言っちゃう。内語とかない。反省、リフレクシオンとかない。全部パロール。

 

伊藤 そうなんだ。すごいね!

 

愼 でも、聞こえてくる声っていうのはある。たとえば…

 

伊藤 今は考えてる?

 

愼 何も浮かんでない。まっしろ。いくつか候補があって選んでる、とかじゃない。そうだな…たとえばデートをしていて、相手の女の子が何かおもんないことを言って、これはしっかり言い返すべきだと思ったとき、心の中で「ちゃんと言え」みたいな声が聞こえることはある。

 

伊藤 人間関係における戦略みたいなことですね。

 

愼 そうそう。でもそういう重要な場面以外ではまったくない。

 

伊藤 寝言も言ってる?

 

愼 言うよね、Oくん

 

ヘルパーO 言うね。寝返りを打たなくちゃいけないんですよ。それで「右に回して」とか言うんだけど、たまに意味のない寝言とか入ると、これはどっちなんだ?ってなって困るんですよ。

 

伊藤 なるほど(笑)。「考える」ってことの意味がだいぶ違いそう。むしろしゃべることの中でのレイヤーの複数性が重要そうですね。指示を出す言葉と、会話のための言葉と、純粋なコンテンツとしての言葉が、シームレスに切り替わっていく感じがする。

 

愼 そうそう。そうだね。

 

伊藤 ハインリッヒ・フォン・クライストが「語りながら次第に思考をねりあげてゆくことについて」というエッセイのなかで、人間は理性で考えて言葉を発しているというより、しゃべりながら言いたいことがわいてくるんだというようなことを書いているのですが、思考がそのまま言葉として出てくるって、それのすごく精度が高いもののような気がします。

 

愼 うまく伝わるかわからないんだけど、90年代のハリウッド映画のラブコメっぽい作品、あるいはアクション映画なんだけどラブコメのシーンがあるような作品で、男女がやたらウィットに富んだ会話をずっと続けていくような掛け合いのシーンがあって、ああいうのに対する憧れがある。ああいう会話をしたい、っていうのが強い。それが「言いながら考える」っていうのを象徴している気がする。

 

伊藤 当意即妙というか、いい打ち合いがしたいという感じですね。となるとけっこうライブ感の中に身を任せる気持ちよさという感じですね。

 

愼 そう。そうだね。

 

伊藤 となると体とは何かということを考えた時に、考えるというプロセスにはあまり体は介在していない感じがしますね。

 

愼 でもそうやって話しながら、同時に体痛いなとか思ってる――Oくん首なおして…もうちょっと――しゃべっているときに痛みを忘れられているという意識はあるから、だからよけいよくしゃべる。しゃべればしゃべるほど痛みがまぎれる。

 

伊藤 なるほど。ということは、体はときどきノイズみたいに意識に浮かび上がってくるものなのかな。

 

愼 そうそう。そのノイズを打ち消そうとするんだけど、打ち消せないことによって、よりしゃべれる(笑)。打ち消せないものほどより打ち消したくなる、という意味で、体のおかげでしゃべれてる、と言える気がする。

 

伊藤 なるほど、おもしろいね。となると体はめんどくさいですか。

 

愼 それもよく言われるけど、この体以外の体を知らないから、分からないんだよね。これ以上もこれ以下もない。

 

伊藤 先天的に全盲の人が自分の3Dモデルを作って触ってみたら、自分でイメージしていた自分の体とすごく違っていた、という話を聞いたことがあるのですが、そういうことってありますか。

 

愼 あんまりないかな…あんまり自分のイメージを自分がもっていることに対して重要だと思ったことがない。人からよく見えればいいかな。

 

伊藤 でも自分の体でさわったことのない部位があるわけですよね。

 

愼 そうだね、お尻とかさわったことないね。足もとどかない。

 

伊藤 お互い違う体なので共通言語がない状態で話してるんだけど、私からするとさわったことない部分が体にあるってけっこう衝撃的なんですよね。まあ内臓とかはさわったことがないから、それと同じと思えばいいのかもしれないですが…。

 

愼 うん、まあそうだね。

 

◎規範とズレ

伊藤 自分の体は何%くらい自分のものだと思いますか?

 

愼 それがなかなか難しくて、何%自分のものっていうときのパーセントと所有権って、ぼくのイメージではちょっと違うんだよね。先に所有すべき量が決まっていないと、何%とっているとか、何%とられたかって言えないじゃない。でもぼくは帝国主義者だから、取りにいくべき領土が無限に広がってる。帝国主義者って自分が取るべき量を最初に決めてなくて、取れるものは取ったほうがいいっていう発想でしょ?だから「どこまでが」というのがなくて、どこまでも広がればいいという気がしてる。自覚としては100%だけどね。

 

伊藤 介助者の体は自分の延長だと思いますか。

 

愼 延長じゃなきゃ困るよね。上から瓦礫が降ってきたときに、人間は反射的に頭を覆うわけじゃない。そのとき僕の頭を守って覆い被さってくれなきゃ困るじゃん。という意味では延長だけど、実際にどうなるかは分からないから、そういう意味では常に0。常に0だけど常に100かな。健常な人間だって、手を伸ばそうとするけど、頭を守れるかどうか分からない。だから同じなんだよね。100じゃなきゃ困るという規範の問題はあるけど、最終的にどうなるか分からないという意味では0。誰もが一寸先は闇。

 

伊藤 これまで介助者との関係での事故、つまり、「こうあってほしい」「こうあるべき」という規範がくずれた経験はありますか?

 

愼 子供の頃はいっぱいあったと思う。この前ドキュメンタリー映画の関係で千葉の故郷に帰郷して、小学校に久しぶりに行って2年生のときの担任と介助員(教育委員会が派遣した学校内の介助を担当する人)と会ってきたんだよね。それで昔のことをいろいろ話したんだけど、僕がいまヘルパーさんに対して要求水準が高いのは、2年生のときの介助員のおかげなんだよね(笑)。その人は子供のときのぼくにとって、最高の介助者という記憶があるんだけど、そのあと小学校3年生から中学2年生までは精神的な不登校になっちゃって、記憶があんまりない。だからうまく話すことはできないけれど、うまくいかない介助者はいた、と思う。

 

伊藤 事故として何かが起こった、というよりは介助者が要求する水準にあっていなかった、という感じですね。

 

愼 一回の事故というのは介助ではあまり起こらない気がする。起こるべくして起こってるという感じ。スキャンダラスなものが続いていれば起こるしね。そういうものを感じたらすぐに逃げるようにしてる。

 

伊藤 小学校2年生のときの、すごくよかった介助員さんというのはどういう方だったんですか?

 

愼 学校が終わって、ランドセルひっかけて家まで5−6分なんだけど、介助者なしで電動車椅子でうろうろ帰ってたの。今思えば横断歩道もあったしよくやってたなと思うんだけど、校門まで彼が送ってくれて、あとは友達と帰っていたの。ある日、僕が校門と反対側に走り始めて、介助員がなんだなんだってバレないようにあとをつけていたらしいんだよね。その時点ですでにいい感じなんだけど(笑)、学校の花壇のところでぼくがうろうろしていたみたいで、介助員さんがタイヤでもハマったのかとだんだん心配になってきたらしくて、「どうした?」って近寄っていったら、僕が「お花が見えないの」って言ったらしくて。花壇のお花が見たかったんだけど、電動車椅子の位置だとちょうど悪い位置で見られなくて。その日の授業でその花を見る授業だったんだけど、その時も見れてなかった、って言ったと。今だったらスマホで写真とったりするかもしれないけど、その人何したかっていうと、花をぶちって引っこ抜いて持ってきた(笑)。僕も、さすがに小学校2年生なりに規律化されてるから、花壇の花を抜いてはいけないってことは分かってるわけ。「抜いた!」って思って(笑)。それが見つかっちゃって、翌日担任の先生に呼び出されて、彼と僕が起こられたんだけど、先生も怒ってるときに笑ってるんだよね。一応教師として「花壇の花を抜いてはいけません」って言ってるんだけど、俺が抜いてって言ったわけじゃないし、大人が自らすすんで抜いてるし、抜いた理由も正当と言えなくもなくて、先生も困ったんだろうね。それで「これは怒ってない」っていうのが子供ながらに伝わってきて、そのとき僕は、「こういうときルールを守らなくてもいいんだ」って思って、ルールを守らなくてもいいって教えちゃう大人がいるっていうことが面白かった。っていうのが僕のひとつの理想の介助者の姿かな。

 

伊藤 なるほど〜。いろんなルールとかサービスとか用意されているけど、その上に乗っていくことが生きることじゃないからね。でもそれってズレだよね、事故じゃないけど。

 

愼 そう、その人ちょっとアホな人で、その「ちょっとアホ」っていうのが介助者としては大事なんだよね。

 

伊藤 さいごの質問で、体との関係を何かに喩えるとしたら何ですか?たとえば摂食障害の方で体を支配下においてきたという感覚がある人は、自分がDV夫で体が妻、みたいな表現をしてくださったのですが…

 

愼 僕は身体と魂にそんなに区別がないかな。ただしいろんな相容れない欲望が体の中にあることはある。僕はわりと子供の頃から、ヒーローが出てきて代わりに判断してくれてる、みたいな感じがあるな。「こういうときルフィだったらどう考えるだろう」「こういうときルパンだったらどう考えるだろう」みたいに。

 

伊藤 自分の中にヒーローを飼ってるっていること?

 

愼 そう。

 

伊藤 推論してどうこう、ではなく直感的にルパンが決めてくれる感じなんだ。

 

愼 そう。見てきたアニメとか映画とかで、似ているシーンがないか探してきて、それに近いやり方で行動する、みたいな感じ。自分の人生や見えている世界を、ひとつの映画やドラマだとして見る癖があって。たとえば嫌なことがあっても、僕は全然平気なの。そういうのがないとドラマとして成立しないもんだと思ってるからね。

 

伊藤 へえ〜確かに部屋のなかはジャンプ系のフィギュアばっかりあるもんね…それは傍観者ということではないのかな。

 

愼 たとえば現役で東大に落ちたときに、母ちゃんが俺がすごい泣いているを見て、でも「来年も頑張れるだろう」って思ったって言ってたんだけど、そのとき僕は泣きながらも同時に「これで来年受かったときのほうがかっこいいんだよなあ」って思ってた。そういうところかな。

 

伊藤 「余裕がある」みたいなことかな。

 

愼 あんまり余裕ないじゃん(笑)でも変なところに余裕はあるかもしれない。そこに余裕もっちゃだめだよっていうところに余裕がある。

 

伊藤 ストーリーの意識があるっていうことだね。これがこうなって次にこうなる、みたいな。

 

愼 そうそう。

 

 

2023/9/21 @ユニさん自宅にて