Research

鈴木悠平さん

吃音という共通点を通じて知り合った鈴木悠平さん。8月のべてるまつりでお会いしたときの様子が気になって、インタビューをしました。もともとADHDの傾向があるのに加え、適応障害の診断を受けたタイミングでした。打てば響く絶好調の会話ラリーのなか、高密度な自己分析をしてくださいました。自己病名は「ADHD根暗な魔女のキキ型・超言語優位ときどき吃音注意報」。キーワードは魔法?!


鈴木悠平さんプロフィール

1987年生まれ。一人ひとりが<わたし>の物語を紡いでいける社会を目指して、執筆・編集業を中心に活動。LITALICO発達ナビ・LITALICO仕事ナビ編集長。NPO法人soar理事。

 現在は、株式会社LITALICOおよびNPO法人soarでの事業運営や文筆活動を通して、障害や病気、その他さまざまな要因で生きづらさを感じている人たちとかかわりながら、人が物語を通して回復していくプロセス、<わたし>と<あなた>の物語が響き合うなかで新たな希望が見出されるプロセスの探求、伴走、創出をこころみています。

 インタビュー記事中で言及されている、自身の適応障害の体験と、北海道・浦河のべてるの家への訪問を機に執筆したコラムは以下

 病気は「隣人」だとべてるの家から学んだ。適応障害になった僕が始めた“自分助け”(鈴木悠平)

 

◎心の声or社会性、二択ではない

伊藤 soarのべてるまつり記事は、反響はありましたか。

 

鈴木 反響よかったですね。「泣ける」とか(笑)。泣かせようとはしてないけど(笑)。みんなどこかでがまんして働いているなかで、こういうことを言ってくれた、というような感想が多かったですね。

 

伊藤 前に大学に来て吃音のインタビューをしていただいてからずっと、逆インタビューしたいなと思っていて。今日はいろいろ聞かせてください。最近、時間感覚に興味を持っています。時間感覚って、障害のあるなしにかかわらず、思ったより人によって違っているなと感じます。樋口直美さんへのインタビューでつくづく感じたのですが、時間って、社会的なものと、自分のなかの生理みたいなものがぶつかる場所なんですよね。たとえば「原稿を11月末までに出してください」というのは社会的な要請だけど、「書く」という行為そのものは生理的なもので、必ずしも思い通りになりません。

 

鈴木 乗ってこないなあ、みたいなのありますよね(笑)

 

伊藤 そう。社会的な時間は逆算を要求するけど、生理的なものは生まれてくるのを待つしかない。その二つが一致しないところで、どちらをどういうバランスでとるかが人によって違っていて、それが働き方にも直結しているように思います。ただ時間の話はふだん意識しているものでもないので、ダイレクトに時間の話をするのは難しいと思います。なので、お話をするなかで、自然と時間の話に触れたらいいかなと思っています。よろしくお願いします。

 まず率直にお話しちゃうと、この前の8月にべてるまつりで鈴木さんにあったときに、鈴木さんだと分からなかったんですよね。「顔は鈴木さんっぽいけど、でもこれは別人なんじゃないか。」という感じがして、声をかけられなかった。来ることはうかがっていたのですが、確信がもてなかったんです。なんか違いましたよね。

 

鈴木 身体症状で言うと、あの日の一週間前に、適応障害というお医者さんの診断書をもらいました。そのちょっと前から、職場でめちゃくちゃ咳が出ていたんですよね。胸から上がってくるようなゲホゲホする感じの咳でした。でもべてるに行っているあいだは、まったく咳がでなかった。医学的にはストレス源から離れているわけだから当然なのかもしれないけれど。あのときは、楽でしたよね。気持ちも楽でしたね。

 

伊藤 なるほど。その前がかなりピークだったんですね。今はどうですか。

 

鈴木 だいぶ回復してきたんですよ。職場に自分とは強みが真逆なタイプの人がいて、僕を評価してくれているのは頭では分かっていたんだけど、ものづくりの場面などで共通言語を作るのが難しくて。その人と他の部署とのあいだで板挟みになるような感じでしんどかったんです。その人にも人事部長にも翌日に適応障害になったことを伝えて、三人で話すことを繰り返しながら、事業マネージャー的なものは別の人に引き継ぎをしつつ、もうちょっと身軽な立ち位置を探していくなかで好転してきました。

人事部長とは仲良くて、先月くらい、二人でしゃべっているときに号泣する事件があって(笑)。僕のなかで分かったのは、業務的な話をその人としてきたけれど、究極はもうちょっと仲良くなりたかった、淋しかったんだな、と。その人は部下である僕に対する期待から厳しさもあったんだろうけど、淋しかったんだろうな、ということをぽろっと自分で言って、それが認めたということなんだろうけど、話しながらぽろぽろ涙が出てきました。いろいろあって、膿がでたのか、今は楽にはなってきています。

会社を辞めるというところまで話がいったんですが、社長から「悠平はいてくれるだけでありがたいから、もう少し身軽な立ち位置で余白を持って好きに動いたら?」と言ってくれて。会社のヒモって言ったら語弊がありますけど(笑)。半年、1年のスピード感で事業つくっていくのとは少し違う時間軸で、自分なりに色々探求していいんだという感じで、まぁそれは会社にとっても僕にとってもお互いちょうど良いかかわり方なのかな、と。

べてるの記事を出す前後に、来年度は本を出そうという企画も動きだしていて、もうちょっと自分で言葉をつむいでいく能力を生かしていくほうに、痛みはともなったけど流れがでてきたなという感じがしています。年度末はいろいろやらなきゃいけないことがあるから、4月以降は一気に回復するだろうね、と主治医も言っています。見通しがあったうえでのふんばりだから今は楽ですね。

 

伊藤 かなり大きな変化が来ていますね。べてるでお会いしたときは、悠平さんのなかではいい状態だったと思うんですが、その前の状態を引きずっていたのか、はたから見ると幽霊っぽい感じでした(笑)。

 

鈴木 そうそう、ふわふわしていたと思います。

 

伊藤 なんか、階段を何度も上り下りしてませんでした?

 

鈴木 してたしてた(笑)あの空間をさまよってました。人と交流するわけでもなく、あの空間の空気を浴びてたんでしょうね。

 

伊藤 さっきの号泣事件もそうなんですけど、自分で思いかけず言ったこととか、意図せずやったこととかに、逆触発される方なのかなと思っているんですけど、それが記事に書かれていた「自分助け」みたいなことと関係しているんでしょうかね。

 

鈴木 そうですね。この夏から秋や隠れ吃音レベルの連発気味がちょっと増えました。やっぱり体が教えてくれるんでしょうね。で、そこにいろんな社会的な「べき論」を押し付けつつどこかで認めると、そこからすっと解決する。それは経験的に分かっているだけど、僕は毎回そこそこ耐えちゃうんですよね、水門が開くまでのあいだ。

前もっていただいた質問のなかで、「いままで感じていた生きづらさ」についてのものがありましたが、僕は凸凹がそうとう非定型なはずなのですが、幸いなことに言語能力と一定の処理速度もあり、はたから見るとある程度優秀なパフォーマンスを出せてしまうこともあり、社会性を擬態できてしまえるところがあります。自分も、過剰適応しちゃうというか、社会のコードとかを、それもみんながいろいろ考えて培って意味のあることだし自分もまずはコミットしよう、と考えちゃうから、素直な心の声みたいなものと、社会の中で生きるということを、別のベクトルだけどどっちが正しいとも思っていない。完全な世捨て人になるわけでもなければ、我が身と心を殺してビジネスモンスターになるということもしたくないけど、集団のなかで生きるとか、社会と接続していたいとかをしていたいんですよね。よく「妖怪人間」とか言ってるんですが、なかなかなれないけどやっぱり人間になりたーいみたいな感覚があるんです(笑)。

ただ、やっぱりリズムとして、がんばると社会的にふるまうことができちゃうんだけど、その評価のサイクルで、「こういうこともやってよ」「こういうこともできるんじゃない?」と言われると、「いいですね、やってみます」って応じちゃう。それによって広がってきた部分もあるけど、本来そんなに器用なほうじゃないから、その流れのなかで、総論では自分の強みが生きる仕事についているけれど、業務上の細かい苦手はノイズとしては混ざっていて、苦手部分を含めてかかえていこうとする。ある程度能力で耐えられるところが、どこかで無理がきて崩れる、みたいなことが今までも何度か起こっていますね。躁鬱とは違うんだろうけど、結果的にジェットコースターみたいな感じで。

中学は吹奏楽部でなよっとしていたんですが、自分を変えようと思って高校でラグビー部に入ったんです。全然だめだったんで(笑)、最後死にそうになりました。関西の公立だったんですが、勉強はできたんで、進路の先生に「おまえ東大行けるんちゃうか」と言われ、部活の引退のときに「オレほんとにみんなの役に立たなくて迷惑ばかりかけて、助けてもらって、これでは本当に申し訳ないので、東大に行って政治家になる!」みたいなことを言って(笑)、受験して一浪して東大に入りました。極端なんですよね、変わり方が。

 

伊藤 上がっても下がってもピーク感がすごいですね。

 

鈴木 何でしょうね…それなりに生命力はあるけれど、もうちょっとダメージ少なめに生きていけないものかと思うんですけど。

大学入って、いろいろなゼミに出たり、サークルを立ち上げたり、学生の代表的なことをやる機会が増えて、いくつかかけもっちゃったんです。それで2年の終わりくらいに、初めてできた彼女に振られたこととかも重なって、キャパ越えしちゃいました。それで今度は読書にのめり込んで、岩波文庫を順番に読むみたいなことをして(笑)、なんかそういう感じ。4年の頭にまたひどい失敗をして、国家一種をとって外務省に行こうと思っていたんですけど、自分のことを誰も知らないところで自分を鍛えなおそうと思って、海外大学院に学部卒で受かったらかっこいいんじゃないかとか馬鹿なことを言って、就活もせず受験した5つの大学院のうち、1つだけ合格通知をくれたコロンビア大学に行くことにしました。

ところがそうしたら震災が起きて。入学まで半年くらい暇だから東北に行くか、となって。行った様子をブログに書いていたら寄付が集まってきて、気がついたらそそのかされてボランティア団体を立ち上げてました。社会人も学生もいるなかぼくが回しきれるはずもなくて崩れてしまい、鬱になりました。そしたら出会いがあって引っ越すことになり、僕にとっては石巻が回復の地でしたよね。浜の息子みたいな感じで、被災地に養われていました。

 

伊藤 人に持ち上げられると乗っちゃうタイプですね。

 

鈴木 そう、乗っちゃう。いちいち人生がドラマチックというか。そんなに緩急つけるの?みたいな感じですね。

 

伊藤 あと、同時進行でいくつもかけもつパターンですね。

 

鈴木 一個のことをずっとやると飽きちゃうんだと思うんですよね。いろんな素材を、自分の中でシナプスをつなげるような感じで関わっていますね。いまでもLITALICOとsoarみたいに近いけど微妙に違うアプローチでやっているところと関わったり、こうやって研究者の先生の話したりしていることとかを、自分のなかでどうつなげるか、みたいなことに関心がある。多動であらざるを得ないんだと思うんです。

 

伊藤 違うリンクが入ることで刺激が入って、ネットワークの全体が書き換わるみたいな感じですね。

 

◎報酬と時間のステップ

伊藤 もうすこし具体的なレベルでの業務の同時並行はどうですか。

 

鈴木 苦手なのは書類関係ですね。机の上に書類がたまっちゃう。捺印して発送して、みたいなものが苦手です。

 

伊藤 なぜ苦手なんですか?

 

鈴木 あれ、ステップが多いじゃないですか。受け取って、封筒を開けて、中身読んで、サインして、印鑑を押して、社内の申請を通して、それで発送、みたいな。一個一個のハードルはとても低いんだけれど、面白くもないし、そのわりにワンステップで完結しない。受け取って、とりあえず置いておいちゃう。それで気づくと月末に溜まっています(笑)。

 

伊藤 ステップ多いとだめなんですね。

 

鈴木 そうそう。部下の申請に対して社内システムで承認ボタンを押すだけ、みたいなのは大丈夫なんです。でも自分のところにステップが多いものが来るとだめ。だから執筆も締め切りどおりに書けた試しがほとんどないですね。

 

伊藤 執筆もステップが多いんですね。どうやってるんですか?

 

鈴木 何回もリマインドが来て、デニーズにこもって書く、みたいな感じですね(笑)。意識から消えるわけではなくて、ずっと考えているんですけどね。文字起こしして、自分でも振り返ったり、関連本を読んで、構成を考えて、推敲してってなると、やっぱりステップが多いじゃないですか。だからADHD的にはゴールが遠いと、報酬が遠いのでつらい。そういう意味では作業プロセス的にはよくないけど、僕にとっては言語表現をするっていうのは大事なので、soarみたいなスローなメディアはとてもありがたいですね。

 

伊藤 原稿を書いているときに想定されているゴールはどこなんですか?

 

鈴木 とりあえず書き上がることがゴール、原稿を渡せばそれでいいんです。でもそこに至るまでの中間ステップが多い。僕がやるのはインタビュー記事が多いから、そんなにガチガチに構成を決めるわけではないですが、お話のプロットは作りますね。文字起こしを読んで、気になるところをマークして、キーワードを箇条書きで書き出して、眺めて、並べ替えたりして、こういう流れかな、と考えたりする。パソコンのメモ帳のなかでやっています。それを書けるところから書いて、最後につなげる。ま、最後は結局最初から一気に書くんですけどね。べてるまつりの記事は、デニーズにこもって5−6時間で書きました。

 

伊藤 作業としては一気にやりたがる感じなんですね。

 

鈴木 そうですね。それなりにこだわりも強いので、途中経過でできあがった感がないときってなかなかテンションが上がりにくいですよね。書き上がると自分で書いた文章に対して「やっぱ俺天才なんじゃないか」ってテンションあがるし、終わって編集者から褒められると、またテンションが上がります(笑)。公開直前はまた「全然読まれなかったどうしよう」って不安になって、公開後にtwitterとかでいい反応があると、「よかった〜」ってなりますね(笑)。

 

伊藤 けっこう報酬ベースですね。自分が起こしたアクションがどう人に評価されるかどうか。

 

鈴木 それは大きいですね。正のフィードバックが来るかどうか。結局ADHD向けのライフハックって、タスクブレイクをちゃんとする、ということなんですよね。ブレイクしたタスクひとつひとつが面白くないものになってしまうと、億劫になっちゃう。書類作業も、タスクを消していく気持ち良さはあって、方法として有効なのは分かるんですけど、それもまあ小手先でしかないから、本質的にやりたい仕事ではないですよね。

 

伊藤 一般的にADHDの場合にはタスクを分割したほうがいいと言われますが、それはどうしてなんですか?

 

鈴木 見通しが立つからですよね。終わるごとに線を引いたり項目を消したりしていくと、進んでいる感覚がある。

 

伊藤 進んでいるというのは、ひとつひとつ報酬がある感じですか。

 

鈴木 そうそう。線を引くとか、他人に褒めてもらうとか。

 

伊藤 なるほど。全体の中での現在地が見通せることと、小さな報酬があることですね。

 

鈴木 だから、得意な仕事は一回完結のものなんですよね。商談とか、イベントのモデレーターとか、スピーチとか、プレゼンとか。あとインタビューする時間も楽しいですね。1時間とか2時間とか決まっているなかで、相手とのあいだに生まれる会話は楽しいです。口頭コミュニケーションで、その場の瞬発力でやる仕事が一番得意だし、みんなからもそこを重宝されることが多いですね。アイディアもわっと出てくるし。

 

伊藤 面白いですね。ライブ感の強いものってそれ自体は先が見通せないですよね。でもそのほうがいいんですね。

 

鈴木 ああ…でも時間的な終わりは分かってますよね。あとライブにはいろいろな要素があって、ぼくは非常に言語優位なので、あんまり調子に乗るとどもりの逆襲はあるけど、しゃべるのは得意なので、人前で話すのはあまり緊張しないんですよね。あとは相手や観客がいて、そこでアドレナリンが出る感じがします。限られた時間のなかでどう話をつなぎあわせるかとかは、楽しいですよね。ノッってる感じがしますね。

 

伊藤 報酬があるとか、フィードバックがあるというのは面白いですね。なんでそれがポジティブなのかな…。当初のプランを修正しなければならないという意味では、邪魔されてもいるわけですよね。そういうタイプの人もいると思うんですよね。

 

鈴木 フィードバックがなくてもできてる、となるとどんな場面をイメージしますか。

 

伊藤 エクセルを触る事務作業のようなひたすら同じ作業を反復できる人は、フィードバックなしでも自律的にまわせる人ないのかなというイメージはあります。すごいな、と思います。

 

鈴木 ただ、エクセルも正しい関数とか、その人なりの美しいものを組むと結果が返ってくるから、そういう意味ではフィードバックが返ってくるのかなと思います。岩野響くんという発達障害のコーヒー職人がいるんですけど、彼は10時間くらいずっと焙煎ができるんですよね。あれはでも、10時間何も考えずにやっているわけではなくて、彼は豆からの香りとか色のフィードバックを受けて調整しているはずなんですよ。

 

伊藤 なるほど。ずっと同じことをやっているように見えても、本人にとっては発見がたくさんあって、その一つ一つがステップになっているわけですね。解像度が人によって違う、というのが面白いですね。家事はしますか?

 

鈴木 家事は、ゴミ出しとかは、得意という話ではないですが、曜日も決まっているのでgoogleカレンダーに入れてやっています。でも料理はやっぱり同時進行で難しいし、部屋の片付けも苦手ですね。

 

伊藤 さきほどの話だと、複数の場があったほうがやりやすいということでしたが、なぜ料理のような同時進行作業は難しいんですか?

 

鈴木 やっぱりひとつひとつ、いまこの瞬間、いまこの瞬間、というシングルタスクだとやりやすいんだと思います。そのわりにぼくは注意の転動性が高いので、よく家でも妻に観察されて笑われます。洗濯物をたたんでいたと思えば、何かのきっかけで別のことを思い出して別の部屋に行って別の作業を始めたり、いろいろ振り回されるですよね。テレビがついていると、食事中でも見入っちゃう(笑)。

 

伊藤 とくに盛り上がる内容でなくても、見入っちゃうんですか?

 

鈴木 そう。注意が持ってかれる(笑)。

 

伊藤 長い時間持続するんですか?数分くらい?

 

鈴木 そんなに続きません。別の新しい刺激が入るとそっちに行っちゃう。家事は、作業工程が多いし同時進行だから注意を分配しなくちゃいけなくて、あまり好きじゃないですけど、それ以外の掃除とか洗濯物とか洗い物とかは、そこそこやってはいます。一つ一つは簡単な作業だし、やれば完結するんだけど、家庭って、終わったあとの報酬が、たとえばイベントでしゃべったときのようにはないので、やること自体がおっくうになってしまう。妻はそのへんを分かっているので、キューを出してくれますが。妻から身辺自立の支援を受けています(笑)

 

◎振り子に振られながら

伊藤 報酬の話、やっぱりすごく面白いですね。時間のターム、ユニットの設定に強く関わっているように思います。

 

鈴木 だから、たとえばLITALICOジュニアの現場で行っている発達支援では、ABC分析って言って、行動の前後での先行状況と結果を見て、好ましい行動をどうふやしていくかを考えますよね。学校だと単に結果だけを見て「勉強できない」「座っていられない」というふうに評価されがちけれど、その子にとって適切なユニットでどうサイクルをまわしていくかを組み立てていくかが重要ですね。

 

伊藤 報酬は行為を始めるまえに予測されているわけですよね?

 

鈴木 ものによって、本人にとって楽しいものや適切に終わりが見えていれば自発的にやるかもしれないけれど、そうじゃない場合は、終わったらシールをあげる、とかのトークンを通して、正のフィードバックを外部化していく必要があるんだと思います。これがめちゃくちゃ加速されているのがソシャゲなんですよ。「ログインボーナス」とか、サイクルをめちゃくちゃ回してます。

 

伊藤 ゲームやりますか?

 

鈴木 ソシャゲは全然やらないです。家庭用の据え置き型のは昔よくやってましたが。でもソシャゲもやったらハマりそう。

 

伊藤 悠平さんのなかでは報酬はいくつかタイプがありますか?

 

鈴木 まず社会的なものとしては、自分の関心があるテーマや好きな人とつながっている感覚ですかね。ぼくはほんとに人に惚れやすいんですよね。好きなメンバーと飲みに行くとたくさん飲んでふらふらになって帰る、ということがあります。もうちょっと個人的なので言うと、マンガが好きで、Kindleで買って15-20分で一冊読み終わるとすぐ次のを買ってしまう、気づくと20巻くらい読んでるということがあります。

 

伊藤 その場合の報酬は何なんですかね。報酬と中毒性って微妙な関係ですよね。物に対する執着とはどうですか?

 

鈴木 ものへの執着はあんまりないと思います。マンガは好きだけどコレクターみたいにはなってないし。物欲とかコレクター欲というよりは、もうちょっと衝動的に「あ、これ面白そう」っていうような消費の仕方をしている気がしますね。

 

伊藤 集めることが目的じゃないからKindleでもいいんですよね。

 

鈴木 そう、刹那的な感じ。

 

伊藤 質的な執着はどうですか?

 

鈴木 中途半端な恥ずかしいものは世に出したくないので、質に対するこだわりはあるけれど、ADHDは基本的飽きっぽいので、その瞬間瞬間の高まりの中でアウトプットするのが向いていると思います。凡事徹底という感じで何事もきっちり準備する、みたいなことはできないですね。グルーヴ感のなかで仕事している感じはあります。

 

伊藤 基本的にライブ感を重視していると思うんですが、どこまでくずれていいのかのラインがあると思うんですよね。想定と違ってもいいという場合と、明らかに失敗の場合と。

 

鈴木 仕事においては、LITALICOもsoarも、誰のためにやるのかというビジョンがはっきりしているので、そこがブレなければ、前向きなすり合わせがしやすいですよね。全体最適の中で、自分のある部分を落とす、というようなことはありえますよね。

 

伊藤 なるほど。よりミニマムな場面で、たとえば会話しているときに、ほかの人がカットインしてきたときはどうしますか。言おうと思っていたゴールまでの道のりをどう処理しますか。

 

鈴木 そういう場面はありますよね。たまに、そこじゃないでしょ!というようなちゃぶ台の返し方されるとイライラするけれど、でもそうじゃない、事に向かって議論している状態だと、自分の話す順番がずれたとしても、折り合いはつけていますね。大義名分を掲げている風にコーティングしながら、自分の自己防衛のために何かを言ってくる人とか、ほんと嫌です(笑)。

 

伊藤 いちばん最初の話に戻ってしまうんですが、自分の体の声だけが正しいわけではなく、社会的なものも大事にしているという話が面白いなと思いました。どちらか一方だけを大切にしがちだと思うんですよね。

 

鈴木 振り子みたいに、両方に触れながら、最終的にはそれらのギャップが小さくなると働きやすく、行きやすくなるのかなと思っています。私っていうのは、体っていう他者と、社会っていう他者のあいだで形成されるというように思うので、社会的な歴史や慣習を受け取っている私もいるし、もうちょっとプリミティブに快・不快といった感情をとおして私とは何なのかを教えてくれる部分もある。でも得てして現代社会では、体の声が聞こえにくくなるということが起こりがちですよね。だからといってこっちがえらいというわけではないけれど、バランスとして、大事にしたほうがいいというのはあると思います。

 ぼくの場合は、自分の感じる楽しい、嬉しい、わくわくするものに従って行動したほうが、社会のなかでも貢献ができるような動きに自然になってくるとたぶん理想なんですよね。孔子の、「心の欲する所に従えども矩を踰えず」みたいに、ゆくゆくなっていきといいなと思う。振り子にふられながらそうなっていくのかな、と。でも三十歳になって、今回のことで、みんなからもそこを期待されていたんだなということを、ポジティブに受け止められたかなと思います。noteで自分の適応障害のことを書いていたのですが、それに対して「ここまで開示してくれたおかげで救われた」というようなメッセージをもらったりして、自分の声を外に表出することが、実は他の人にとっての気づきや人と人をつなぐことになったりして、そういうお役立ちの仕方があるのかなと。ぼくが弱々しくとぼとぼ歩くその生活そのものが、一定の社会貢献になるポテンシャルを持っているのかもしれない、と最近は思えるようになってきました。マネージャーで、売り上げがいくらで、部下が何人いて、というのとは違う、社会貢献の仕方ですね。

会社のなかでは「社内フリーター」的にふらふらしていて、売り上げとかには関係ないところで、たまにみんなの話を聞いたりとか、斜めのところから関与していけたらいいなと思っています。自分のことをものかきとして書いていると、いろいろな人から連絡をもらうので、それを自分で全部抱え込まずに、LITALICOやosarにパスしていくことができます。そこからプロジェクトがうまれていく。ひとりプロダクション的エッセイスト、みたいな感じですね。

 

伊藤 働き方の新しい提案でもありますね。

 

◎マイルドな生きづらさ

伊藤 自己病名はつけていますか?

 

鈴木 べてる祭りで小川和加子さんにひかれた瞬間に、お医者さんに言われた適応障害のほかに、「ADHDとどもりもあるんですよ」、と言えたのは、あれもひとつの自己病名なんだと思います。もうちょっとユーモラスに言うと、昨日お風呂の中で考えたのは、えっと「ADHD根暗な魔女のキキ型・超言語優位ときどき吃音注意報」(笑)

 

伊藤(笑)

 

鈴木 魔女の宅急便のキキって「落ち込んだこともあるけど私は元気です」って最後に言うじゃないですか。あんな感じで、ぼくはすぐに落ち込んでひとり反省会とかすぐにするんですけど、またイベントがあったりすると急に高まって「やっぱいいね!」みたいにやたらボキャ貧になって希望に満ち溢れる(笑)

 

伊藤 確かに悠平さん、魔法感ありますね。べてるでお会いしたとき、「魔法が使えなくなっちゃった」みたいな感じでしたもんね。飛べないから階段さまよってたんだ(笑)

 

鈴木 そんな感じでした(笑)。

 

伊藤 すごい、言い当ててますね。おもしろい。

 

鈴木 わりと言葉で生きているんだけど、体の声みたいなのを見落として、危ないよ、というのが吃音症状として出てくるんだと思います。吃音がサインで、注意報を出してくれていますね。

 ぼくは仕事柄、「知識のあるメンヘラ」みたいになっちゃって、お医者さんに行って自分の症状や原因をこうこうこういうわけで、と説明したら「分析が完璧だね」と言われました。「診断書出しとく?」と言われたので「武器があったほうがいいんでお願いします」(笑)という感じで。症状に名前を与えてもらうことで、自分にも周囲にもサインになるし、納得という面もありますね。今はストレスがかなりかかっていて、しんどいんだなということを納得できました。診断の瞬間、それは大きかったです。

 それから、ぼくは今までマイルドな生きづらさというか、何の当事者でもなかったんですよね。「やや吃音」「確定診断つかないけどけっこうADHD」みたいな。この領域に興味を持ったのは、大学生のときに友人がやたら精神疾患が多くて、いわゆるマイノリティ的な、分かりやすいお墨付きがついている人との接点が非常に多い、けれど自分は何の当事者でもない、とはいえ大学の法学部の雰囲気にはなじめない、というような感じだったからなんです。自分のなかに生きづらさはあったんだけど、当事者でないという「過剰な遠慮」がぼくの中にあって。東北の震災についてもそうでした。阪神淡路大震災のときは神戸にいましたが小学生であまり大変さを実感したわけではなく、でも東北に行くと「あんたも神戸で大変だったね」と言われる。そうは言っても東北に長く住むことでもっと具体的な家族のような関係ができて、それはとてもよかったのですが。

「非当事者としての当事者性」というか。それがたぶんぼくの強みになっていて、だから領域横断的にインタビューして、福祉的ではない書き方ができるんだと思う。でもやっぱり適応障害が出てきたということは、自分の中では解消しきれていない、社会にフィットしてない感を押さえつけていたんだろうというのはあって。だから名前を与えてもらったことで楽になったというのはあると思います。そしてさらにべてるに行って、笑いとばしてもらって、生きづらさの名前すらオリジナルにつけていて、それが今回の2回目のブレイクスルーでしたね。

 

伊藤 名前がついて、かえって距離がとれた感じですよね。

 

鈴木 発達障害で成人してから診断を受けた人って、安心したという反応がすごく多いんですよね。もちろんそこからも人生は続くわけで、自分の物語を編んでいかなければならないんだけど、一回カテゴライズされたもの、何かの系譜とつながることが、とっかかりにはなるんだと思います。

 

伊藤 でもそれだけ知識があって言語化もできると、自分についての研究がドライブしやすい一方で複雑化もしそうですね。

 

鈴木 そうですね。やたらメタ認知をしてしまう。父親になることに関しても、子供が生まれるまえからネットで知識を入れて完全に社会化されていましたからね(笑)。実はいろいろ社会的なコードにしばられているのかも。

 

2018/11/30 中目黒のLITALICOオフィスにて