「自分コントロールモード(拒食)」と「なまけものモード(過食)」を往復してきたくり茶さん。でもそのときどきの興味や環境によって、各モードの具体的な内容が変わります。最後の「スイッチ」の話もとても面白かった!「治っているけど歴史はある」という解釈にグッときました。
くり茶さんプロフィール
30代。本屋で働いている。伊藤さんがおすすめしてくれた「くりほうじ茶」がおいしくて、くり茶になった。摂食障害のほかに、自律神経失調症、適応障害、うつ病と診断されたことがある。
◎にんじんダイエット
伊藤 本がお好きなんですか?
くり茶 将来本屋で働く気は全然なかったんですけど、社会に出ていろいろやっているうちに、本屋で働くのが一番合ってるな、と思うようになりました。
伊藤 言葉にすること自体はふだんからお好きですか?
くり茶 文章を書くのはすごく好きなんですよ。文章に書いたほうが、考えていることがまとまる感じがあって。でも話すのは…好きだけど、「自分はこう思う」というところに話しながら行き着くことに不安があります(笑)。
伊藤 私自身は、考えがまとまっている人の話を聞くのが苦手なんですよね。どうやって聞いたらいいか分からなくて。さぐりさぐりでフィットする言葉を探しながら気楽にお話しできたらと思います。
今は症状としては落ち着いている感じですか?
くり茶 いわゆる「怖くてご飯が食べられない」とか「制御できないくらい食べちゃう」とか、そういうことは出ないです。でもちょっと太るが怖いというのはあって。この前も、体調崩していたときに処方された薬を調べたら、「太りやすい薬」って書いてあって(笑)。それで絶対に無理です、ってなりましたね。それを飲むくらいだったらがまんします、という感じになって、そのときに自分でもちょっとびっくりしました。異常なまでに怖いなと思いました。
伊藤 お薬の副作用を調べる時点で、太りやすいかどうかを確認しているということですか?
くり茶 そうですね、確かにどの薬でも見ているかもしれない。
伊藤 前に薬の副作用を経験したことがあるんですか?
くり茶 いや、ないんですけど、イメージで太りやすいのかな、という先入観があるかもしれないですね。
伊藤 なるほど。でもそやって怖がっている自分にびっくりするという感じなんですね。
くり茶 あ、まだそういう自分あるんだ、という感じですね。
伊藤 昔は食べるのが怖いという時期があったんですね。
くり茶 太るのが怖い…太って見た目が変わるのも怖いし、自分である程度体を管理したい、自分の追いつかないところに行ってほしくない、みたいなのがあるなあ、と思って。
伊藤 それは裏返しで、追いつかなくなったことがあるということですか?
くり茶 振り返ってみたんですけど、小学校のころにダンスをやっていたんです。そのときは、子供だからというのもあるけど、そんなに体型を気にすることもなく、健康的、気持ちよく過ごしていました。でも6年生の時に交通事故で、大腿骨を折っちゃって、一ヶ月くらい入院したんです。そのときにダンスから遠ざかっちゃって、歩けるようになるまで半年くらい時間がかかりました。成長期だったせいで足の長さの違いがでちゃったりもして、中学生にもなったし、なんとなく、もうダンスをうまく踊れないかも、と思ってやめちゃったんですよね。
でもやめちゃったら、ダンス以外の運動は好きじゃなかったから、居心地が悪かったんですかね。
伊藤 やっていたダンスはどんなジャンルですか?
くり茶 ジュニアファンクっていうクラスで、いまどきの洋楽とかで踊る感じの、激しいダンスでした。小学校のころ、クラスには週1回通って、それ以外の日も友達と近所の公園で踊ったり、学校のダンス部に入ったりしていました。家でも暇な時に踊っていました。好きだったみたいです。
伊藤 かなりどっぷりだったのが、事故をきっかけにやめることになったんですね。
くり茶 そうですね。体も硬くなっちゃったし、ダンス以外に体を動かす気になれなくて。そういうのもあって、体型が変わった気がして。興味も変わって、中学のときは芸能界に行きたかったんですよ。映画とかが好きだったんです。それで「ダイエットしなきゃ」という感じになって、中3で初めて過激なダイエットをしました。
母親も極端なところがあって、私が子供のころは、にんじんしか食べていない時期があったんですよ(笑)。生で、にんじんスティックを作って、「ママはにんじんしか食べません」って。旅行に行くときも新幹線でにんじん食べてる(笑)。「にんじん痩せるよ」とかそういうことを教えてくる。
伊藤 なるほど。なんとなく情報が入っちゃってたんですね。
くり茶 こういう極端なことをすれば痩せるんだと思って、私も最初はにんじん食べてました。
伊藤 小さいときは、お母さんがにんじんを食べていることをどういうふうに思っていたんですか?
くり茶 変だなあ、不思議だな、と思っていました。ただ、変なことがそれだけじゃなかったんですよね(笑)。母は、私が2歳くらいの時から精神的に不安定で入院したりしていて、その入院先でも氷しか食べていなかったり、ガリガリ君しか食べなかったり、極端なことがちょこちょこあって、みんなとは違うし、変だなとは思ってたけど、そういう人なんだと思っていました。そうなりたいとは思っていなかったけど、ダイエットするとなったら、真似しやすかったんですかね。
兄弟もいなくて、親も離婚していたんで、中学のときは母と二人暮らしで、たまにおばあちゃんが来るという感じでした。やっぱりお母さんが自分にとっての常識みたいになるところがあるのかな。
最初はにんじんダイエットだったけど、あとは自分で調べて、そのとき流行っていたコントレックスっていう硬水を飲んだり、にんじんジュースと豆乳をまぜてそれをごはんにしたりしていました。でもそのときは、痩せたんですけど、軽いリバウンドになって、若干自分でコントロールできないまま食べる感じではあったんですけど、そこまで病的にはならないまま終わりました。
伊藤 リバウンドっていうのはそんなに食べていないのに体重が増えるということですか?
くり茶 いや、あまりに極端な食生活をしてたから、反動でいろいろ食べちゃうということですね。
伊藤 なるほど。そのときは何を食べていたんですか?
くり茶 覚えていないけど、お菓子とか、炊飯器のご飯をそのまま食べたりとかしてました。
◎学校というものが苦手
伊藤 中学は給食がありますよね?
くり茶 学校にはほとんど行ってなかったんですけど、行っていたときは、にんじんを持っていってトイレで食べていたときもありました。
伊藤 中学の居心地はどうでしたか?
くり茶 よくなかったです。最初のスタートで足を怪我して、あんまりみんなになじめなくて。足が治ってからも、学校というものが小学校のころから苦手で…学校のしくみそのものが、「髪の毛染めちゃだめ」とか意味が分からないなと(笑)。髪が茶色だったんですけど、「その髪の色だったら修学旅行に連れていかない」って言われて。
伊藤 でた!って感じですね(笑)
くり茶 その言い方も、他の学校の人に「あの中学の人は髪染めてる」って思われたくない感じが出てて…それで反抗して染めて行きました。仲良くなるのは、髪を染めていたり、片親の子だったり、話しが合うような子で、そういう子は「はずれもの」みたいな感じで見られていましたね。
伊藤 なるほど…。修学旅行というと中3ですよね。ダイエットもそのころですよね。ちなみにそのころの理想像は、たとえば芸能人で言うとどんな感じでしたか?
くり茶 当時は雑誌の『Seventeen』とか『ViVi』とかを見ていました。そこに登場する人はみんなプロフィールを見ると「164センチ、42キロ」みたいな感じだったんですよね。で「あ、それだ」と思って(笑)。そのとき、友達の大多数とも合わないし、自分にできることが限られていると思っていたから、そこを目指していましたね。
伊藤 目標を設定して、それに向かっていくための必要なステップだと思ってがんばっていたという感じですか?それとも現実逃避みたいな感じだったんですか?
くり茶 そうですね…そのときはステップという感じでしたね。目標に向かってがんばる感じですね。
伊藤 リバウンドが出たときに、コントロールができなくなった?
くり茶 そうですね。減らす時は、計画的にというか、「食べない」と思って実際に食べないことができたし、それで体重も落ちて、分かりやすかった。でも一回リバウンドというか、そっちに行っちゃうと、時間も問わず食べちゃうし、食べたいとかではなく食べていました。でも私は吐くのができなくて。それはやっぱり吐くっていくのが怖かったんですよね。辛いじゃないですか、吐く時って。それをしちゃう…というかそれで体重を落とすのは、自分的には違う、自然に逆らっている感じがしました。
伊藤 手段として吐くことがあるということは知っていたんですね。
くり茶 そうですね。自分が食べられなくなったときに、テレビで見たり、親と一緒に精神科に行ったときに「吐いたりはするの?」と言われて知ったりはしていました。
伊藤 自分なりの基準があったっていうのが面白いですね。「自然さ」がポイントなんですかね。自然の逆は何のかな…ずるしてるっていうこと?
くり茶 そうですね、ずるしてるとも思っちゃうし…「食べないでやせる」のはある、「食べすぎちゃう」もある、でも自分から戻して減らすというのはなんか自分的にしっくりこないというのがあったんですよね。みんな吐くことをするから、そこにはまらない自分は逆に変なのかな、と思ったりすることもあったんですけど、まいいや、と思っていました。
伊藤 リバウンドがあったあとは、また拒食になって繰り返すんですか?
くり茶 そうです。それで重くなっていくんです。これは人に話したことのないことなんですけど、中学のその時期に、オーディションを受けたりし始めたんですね。そのときに母親に整形を勧められたんですよ。共通の友達でミュージカルに出たりしている子について、母親が「あの子は絶対に整形しているから、あなたも整形したらいい感じになれるよ」って二重にするのをものすごく勧められたんです(笑)。母親も何回か整形していて、私が知っている整形と知らない整形があるんですけど、いま思うと一番若いときにした整形に私を似せたかったのかな、と思っています。母親が予約もしてくれて、行ったんだけど、緊張しすぎて怖すぎて、目に注射するのも嫌で、お腹を壊してトイレから出られなくなりました。それでその日はやめたんですけど、やっぱりやったほうがいいよと言われて、夏に結局やりました。そのときは、体型だけでなく外見全体に関して、親からも当たり前に求められていた、というふうに思います。
伊藤 それはどういうメッセージとして伝わっていたんですか?つまり、「あなたにはもっと可愛くなる可能性があるよ」という前向きなメッセージなのか、「このままじゃだめだよ」っていうネガティブなメッセージなのか、どっちとして受け取っていたんですか?
くり茶 わりとポジティブに受け取っていました。母なりに自分を大事にしてくれている、という感じで。でも絶対やったほういい、って言うんですけどね(笑)
伊藤 やってみてけっこう変わりましたか?
くり茶 ちょっとぱっちりしたかなくらいで、「これが必要なことなのかあ」っていう感じでしたね(笑)
伊藤 (笑)いまからふりかえるとどういう感じですか?
くり茶 いまからふりかえると、子供に対して身近な大人がそんなふうに押し付けるなんて、って思うんですけど、でもあんまり言うと、母も傷ついちゃうから、もういいやっていう感じです(笑)ただ、精神にはあまりよくなったなと思います。母の常識がだいぶまわりとずれていたから、そのバランスをとろうとしてましたね。母も好きだし、自分も世界に出会っていくときだったから。
伊藤 今もずっとお母さんとの関係はいいですか?
くり茶 そうですね。大事には思っています。ただ母は破天荒だからそのたびに喧嘩したり、かなり傷ついたりはしてるんですけど。
伊藤 なるほど。そのことと、ダイエットがつながっているんですね。
くり茶 そうだと私は思っています。父親ともたまに会っていたんですけど、「足は細いほうがいいよ」みたいなことを言ってくるんですよね(笑)二人とも綺麗なものがいいみたいな価値観で(笑)
伊藤 言い方が面白いですね(笑)
くり茶 いいことだと思って言ってるんですよね。
伊藤 「育てる」の一環みたいな感じなんですかね。
くり茶 そうですね。確かにそうかもしれないですね。
伊藤 リバウンドのときはお母さんも気づいていますよね。
くり茶 知ってましたね。やせるとか太るに関しては健康が大事だと思っていて、「太ってだめじゃない」みたいなことは言わないです。「つらそうだね」みたいなことを言ってくれる感じで、あまり干渉された記憶はないです。
◎どれが欠けてもいけない:自分コントロールモード
伊藤 過食の症状はどのくらい続いたんですか?
くり茶 高校にあがっても症状が続いていたんですけど、高校で私が急に路線変更して。髪も染めていいものすごく自由な学校だったんですけど、そしたら急に勉強したくなったんです(笑)。「勉強楽しい!」「学校楽しい!!」みたいな感じでした。先生も友達も合う人ばっかりでした。1年生のときはまだ中3のときのリバウンドで太っていてあまり外に出たくない感じだったんですけど、高2で急に学校が楽しくなって、そしたら今度はなぜか食べられなくなっちゃったんです。
伊藤 えっ?
くり茶 勉強も毎回テストで100点取りたい、みたいな「0か100か思考」になっちゃって、授業も完璧に聞きたいから一番前の席に座っていました。食事についても、太ったのをどうにかしたい、決まったものを朝・昼・晩に食べたいと思うようになりました。
その頃ちょうど添加物にめちゃくちゃ詳しくなって(笑)、コンビニのご飯はよくない、シンプルなものがいいと思うようになりました。それで食べるものがどんどん制限されていって、気づいたら月に1キロくらい減っていって、1年が終わるころにはすごいガリガリになっちゃって、「いつのまにかどうしたの」みたいな感じでした。気づいたら「お昼はコーヒーしか飲まない」みたいになっていて、やばい、拒食症だってなりました。体重も三〇キロ台になっちゃって、中学のダイエットしていたときよりも減っていました。
痩せすぎて死んじゃうんじゃないかって自分でも思いました。夜に布団に入ると、布団の中なのに、寒くて震えが止まらなくて、怖かったです。これは治さなきゃいけない、と思って、母に「入院したい」って言いました。
それで入院させてもらうんですけど、入院したら1日で「ここは無理だ」ってなってしまって。開放病棟だったんですけど、怖くなって、家でがんばって治すことにしました。そのときは母は、見た目で私がだいぶ弱っていたこともあって、野菜とか太りにくそうなものでご飯を作ってくれていました。それは嬉しくて食べようとしていたんですけど、だんだん食べているうちに、過食スイッチが入って、そのときは家中のものを食べちゃうという感じでした。でも吐けなくて、どんどん体重が増えていって、そうすると性格も暗くなって、学校も行きにくくなっちゃいました。鏡を見て、「今日はむくみがひどいからムリ」「人に会いたくない」という感じで。それが高校のときは続きましたね。
伊藤 かなりいろいろな状態を経験されていますね。勉強が面白くなったときは、教科によらず好きだったんですか。
くり茶 そうですね。数学は好きじゃなかったけど、だいたいの教科は好きでしたね。こんなに面白かったんだ、って。
伊藤 その面白さは何の面白さだったんですか?新しいことを知る面白さだったのか、それとも点数が出る面白さだったんですか?
くり茶 両方かもしれないですね。幼稚園、小学校のころは私立の厳しいところに行っていたんです。そこで学校が嫌になっちゃった。何のためにルールを守っているのかよく分からなくて、「この世界やだ」と思いました。中学は転校したんですが、そこも合わなくて。高校に行ったら、自分みたいな道を辿ってきた人がけっこう多くて、ここだったら話も通じると思ったら、学校が好きになって、さらに勉強もやれば結果が出てくる。やったら結果が出る、というのは好きみたいですね。
伊藤 だからこそ0か100かだったんですかね。
くり茶 不安になっちゃうんですよね。やっぱりコントロールしたいんですかね。「こうなる」とわかっていたら予測できるというか。予想外のことが起きるのはちょっと怖いのかもしれないですね。自分は自分の思い通りにいたい、という気持ちが強い感じがしますね。
伊藤 体重や成績のように数字が出やすいもの以外にも、コントロールしたいという気持ちがあったりしますか?
くり茶 今はないんですけど、当時はちょっと強迫性障害っぽいところがあったかもしれません。出かけるときに「この角をぜったい曲がりたい」みたいな。それはご飯を食べない時期によく出てくる感じですね。ひとつ「こうしなきゃ」をやってると、ほかのこともふわふわさせておけない、というか。何かしら自分を律する、コントロールするきまりが欲しい、というのがあるかな、と思います。
伊藤 ということはいっぱい食べちゃうモードと、食べれないモードがあって、食べれないモードのときにルールが出てくるということですか?
くり茶 あ、そうですね。そういう感じですね。自分コントロールモードに入ることがありますね。
伊藤 添加物がいやだ、とか、何をコントロールするかはそのときによって変わっていますよね。
くり茶 そうですね。そのときの自分の環境によっても変わったりします。
伊藤 添加物がいやだというのは、不健康になるからですか?
くり茶 たぶん単純に、体に悪いものだから入れたくない感じですね。
伊藤 お風呂のルールはありましたか?
くり茶 特にないです。1日1回シャワーを浴びますね。
伊藤 「体をきれいに保つ」というのは、物理的な話なのか、イメージの話なのか、どっちですかね。
くり茶 完全にイメージです(笑)。実際の体内がどうなっているかというよりは、体内に対して自分が安心できるかという感じですね。
伊藤 食べた瞬間に太る感じもありましたか?
くり茶 ありました!1グラム食べたら、そのまま1グラム増えると思ってました。口に入れるたびに体重計に乗ったり、ちょっと飲んじゃったらトイレに行ったりして、自分のなかで±0を保とうとしていました。
伊藤 そっか、食べるということがくずれるという感じなんですね。
くり茶 そうですね。くずれるって感じですね。体重計ばっかり乗ってましたね。
伊藤 そのこと自体は辛いという感覚はないんですか。
くり茶 辛いときもあったと思うんですけど、辛いより疲れる、ですかね。でもそれよりも不安のほうが大きかったですね。「この新しい自分を変えたくない」と思っていましたね。
伊藤 学校が楽しくなったし、その状態をいい状態だと思っていたからこそ変えたくなかったんですね。居場所ができたっていうか。
くり茶 いまやってることのどれが欠けてもいけない、という感じでしたね。
伊藤 なるほど。保とうとして、気づいたら30キロ台になってたんですね。
◎止まるまで食べる:なまけものモード
逆に過食モードのときはどんな感じなんですか。私には、過食モードとコントロールモードはすごく違うように見えるんですけど…。
くり茶 違いますね。体としては、いっぱい食べて吐かないから、胃が痛い。胃が破裂しそうで痛かったです。限界まで入れて、たまに親に胃薬をもらったり、胃の向きを意識して寝たりとかしていました。けっこう運動会みたいな感じで食べてましたね(笑)。精神的にも、食べないと頭がすっきりして冴えているんですけど、食べているとどうでもよくなって鈍い、ゆっくりしたナマケモノみたいな感じになって、いろいろなことに構わなくなります。0でいいやって。どうでもいい。
伊藤 そこでコントロールモードの自分が出てきて自分を叱ったりすることはなかったんですね。
くり茶 この状況をどうにかしたい、もとの食生活ができるようになりたいとは思うし、ちょっと試したりするけど、コントールモードに行くにはなかなか到達できないですね。
伊藤 食べているときはのっとられているみたいな感じなんですか?
くり茶 うーん、そうですね。のっとられているというか、拒食のときとは操縦感が違う感じがしますね。
伊藤 食べるものは何でもよかったんですか?
くり茶 そのときも、あまりコンビニのものは食べられなかったです。食パンを食べたりお米を食べたりしていましたね。衝動にかられると、ちょっとの満腹感じゃ、満足というか、納得がいかないんですよね。胃が痛くなるまで食べないといけないというか、自分が満杯になって、行けるところまでいかないと止まらないんですよね。
伊藤 満足ってちょうどいいところで止めることであって、満杯になることじゃないですもんね。
くり茶 今は友達とごはんを食べにいったりすると「いい感じだね」と言えるんですけど、当時はおいしいとか言える感じじゃなかったですね。止まるまでって感じですね。
伊藤 いっぱいになると達成感はあるんですか?
くり茶 やっと終わった、という感じですね。
伊藤 解放される感じなんですね。
くり茶 これでもうならないといいな、と。実際、だんだん回数が減っていったんですよね。生命が、危機的なところから回復するために食べさせているという感じはしていました。35キロから60キロくらいまで増えたんですよね。そのころにはそんなに頻繁には衝動が出なくなっていたので。
伊藤 必要性のある行動という感じもしていたんですね。
くり茶 はい。最初は1日2回くらいの頻度だったんです。家族に見つかりたくないので、夜中や早朝が多かったですね。ご飯を炊いたりして冷蔵庫に入っているものとかも食べちゃうので、恥ずかしくて(笑)。それがだんだん数日おきとか、もう1ヶ月してないや、とか、減っていきました。最初はその期間を意識していました。
伊藤 なるほど。高校3年生で60キロくらいになったということですよね。そのころは学校には行っていたんですか?
くり茶 はい、ちょこちょこ行っていました。行くこと自体は楽しかったけど、高2のときのようなスピード感はでなくて、行けるときに行っていました。
◎日常の中のスイッチを避ける
伊藤 人付き合いへの影響はなかったですか?
くり茶 コントロールモードのときは、友達ともいっしょにご飯に行きたくなくて離れたりしていましたね。自分のコントロールが第一でした。
伊藤 過食のときはどうですか?
くり茶 20歳くらいのときに、当時はまだ1年に1回くらい食べちゃう感じだったんですけど、彼氏ができて。コンビニのお菓子とかよく食べる人だったんですよね(笑)。それで、となりでちょっとずつ食べるようになったんです。前だったら、食べちゃいけないと思っていたものは、逆に止まらなくなってたくさん食べちゃってたんですけど、自然な食べ方ができるようになって。そういうことを何回か繰り返していたら、その人といるときじゃなくても、コンビニのご飯がだんだん食べられるようになったんです。前は食べる時間もきっちり決めたかったんですけど、それもなくなりました。
伊藤 なぜその人とだと自然に食べられたんですかね?すごくいい人だったとか、とても好きだったとか、単にたまたまだったとか…
くり茶 たまたまかもしれないですね。あとは、今までは親にはすごく好かれている感じはあったけど、ちょっと安心できない部分もあったのかなと思います。その人に好かれることで、安心感があったから、食べていいと思えるようになったのかなと自分ではぼんやり思っていました。一緒に食べても悪いことは起きない、一緒にいることが楽しい、という感覚がありましたね。友達だとプライドがあるのか、食べられなかったんですよね。
伊藤 ちなみにそのときのお菓子はどんなお菓子だったんですか?
くり茶 コンビニのマカダミアナッツのチョコレートとかです。スナック菓子もありました。ポテチも食べてました。彼氏の仕事が終わるのが遅くて、家が近かったからよく家に行っていたんです。仕事帰りにお菓子を買ってくるので、それを「おいしいね」って一緒に食べてました。
伊藤 もう味を感じられるようになっていたんですね。その人には食べる苦労について話していたんですか?
くり茶 特に話してはいないです。結構鈍感な人っていうか(笑)。友達は自分と似て細やかな話をする人が多いけど、その人はそんなに細やかな話をしなかったので、その適度に気にされていない状態が楽だったのかもしれないですね。
伊藤 なるほど、面白いですね。適度に雑に扱われたほうがいいことってありますよね。
くり茶 そうなんですよね。こっちも構えなくていいというか。その人とは別れちゃったんですけど、いい癖がついていった感じです。最初はコンビニでも食べられるものが限られていたんですけど、この5年で時間も気にせず何でも食べられるようになりました。今は食べることに関しては何もないですね。
伊藤 それは、一瞬考えるけど、大丈夫だと思って食べるのか、それとも何も考えずにコンビニのものを食べる感じですか?
くり茶 何も考えないですけど、でもカロリーだけは全部見てる(笑)。それで何となく計算しちゃうかもしれないですね。あとは、体重計にはこの10年くらい乗っていないです。見たら気にしちゃうから、健康診断とかに行っても、「私は体重計を見ませんので言わないでください」って。たまに何かの拍子で見えちゃったりすると、そのときはちょっと落ち込むんです。
伊藤 スイッチが入らないようにしているんですね。数字の力は大きいですね。
くり茶 日常にちょいちょいスイッチが潜んでいて、ある程度自分で予防、ここに触れたらスイッチ入るな、とか、避けられるものは避けていますね。薬もそうですけど、健康維持できる程度に避けています。
伊藤 まだ治ったわけじゃないという感じですかね。
くり茶 そういうふうに考えると歴史はあるなと思います(笑)。でも治ったといえば治ったと思っていて、ただ若干偏っていて、地盤はもうできてる。
伊藤 なるほど、おもしろいですね。地盤は、怖いものだと思うんですけど、一皮剥くとそれがいるという感じですか?
くり茶 もうちょっと皮は厚いかもしれない(笑)。ピンポイントに押されたり押したりすると発生しそう。たとえば薬のことをすごく考えてしまったりする。薬も2回くらい飲んだんですけど、すごく太った気がするんです(笑)。そういう成分が体をめぐった気がする。お腹が出てきた気がするとか、最近体が重いのはあの薬のせいだ、とか思っちゃう。それを思いすぎると、そこに考えが寄っちゃうので、ちがうことを考えるようにしています。そういう意味では、仕事があったほうが、他のことが考えられて助けられたりしますね。
伊藤 休むのは大事だけど、危険も伴うんですね。
くり茶 そうなんですよ。今仕事を休んでいるけれど、やっぱり考えすぎて不安になっちゃうんですよね。
伊藤 スイッチって面白いですね。吃音でもよくスイッチの話になります。「この単語言えないかも」って思うと、スイッチが入っちゃう。だから言えない単語だから言えないじゃなくて、言えないと思うからスイッチが入って言えなくなるのかな、と感じることもあります。スイッチが入ったらあとはオートマチックなので、どもるか、別の単語に言い換えるか、という感じなんですよね。考えないほうがいいということはわかっているんだけど考えちゃう、というのがスイッチ問題で、でも摂食障害と吃音だとまたちょっと違いもありそうですね。
くり茶 そうですね。考えないほうがいいんだけど、考えておかないと予防ができない(笑)。予防すること自体がちょっと考え方が偏っているのかなとは思いますね。
伊藤 吃音でもたとえば「スマホ」を「電話」って言い換えをするなら、最初からもう「電話」でいいじゃん、と思うんですけど、どうしても「スマホ経由の電話」になっちゃう。表面的にふつうにしゃべっていても、水面下ではどもっているというか、独自の思考回路があるんですよね。摂食障害の場合も、ふつうに食べられていても、水面下では独自の思考回路があったりするのかもしれないですね。
くり茶 確かにそういうところがありますね。あとは自宅での過ごし方がスイッチとのバランスというか、拒食過食スイッチの予防線になっているかもしれません。部屋にいるときの状態が、0なんです。最低限の家事しかせず、部屋にいるときは基本部屋を暗くして、コンタクトも外して無の状態で過ごして、本を読んだり、好きなドラマだけみたりしています。外にいるときは楽しく過ごしたいので、自分にできることを100目指している、その反動なのかもしれません。ある意味これも、何かしらで極端なことをしていないと、落ち着かない気質みたいです。
2023/6/1 東工大大岡山キャンパスにて