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カナブンさん

カナブンさんは10代で拒食症を経験された方。過食嘔吐の場合は「胃までなら食べ物を入れても太らない」と感じている方が多いのに対し、カナブンさんは「口に入れた瞬間に太る感じがする」。それゆえ過食嘔吐の方は胃までは体の具体的イメージがあるのに対し、カナブンさんは食べたものがどこに行くかのイメージが全くないのが印象的でした。「こうすれば治る」じゃなく「いつの間にかそうなっている」という別人感も、なるほど。研究室の津野青嵐さんと一緒にインタビューをしました。


カナブンさんプロフィール

1993年生まれ。
10
代の頃に拒食症を発症。後に回復するが20代には強迫性障害を発症し現在治療中。
今はデザインの仕事をしながら幼い頃から好きだった絵を描き、たまに個展を開催している。

◎せずにいられない

伊藤 いまは拒食の症状は落ち着いていると考えていいんでしょうか?

カナブン 摂食障害は完全に治ったんですけど、治りかけのときにほかの病気に移行しちゃって、それが摂食に近い病気で。強迫性障害っていうんですけど、「せずにいられない」みたいな病気です。摂食障害も「吐かずにはいられない」みたいな感じで食べ物や体にこだわりが出るんですけど、摂食障害になられた方で強迫性障害になる方はまあまあいます。それが今は治療中です。

伊藤 食べ物ではないところにこだわりが出るということなんですね。

カナブン 特定のこれ、とかじゃないんですけど、いろんなことを気にしちゃう、こだわっちゃう。頭から離れないんです。でもいまは薬を飲んでちょっと落ち着いていて、それで仕事ができるようになりました。

伊藤 以前インタビューした摂食障害の方は、症状が思いときに家の掃除を1日に2回しないと気が済まないとおっしゃっていましたが

カナブン あ、そういう感じです。したくないんですけど「しなきゃいけない」という衝動に駆られるんです。疲れるし、考えたくもないというがあるのに、別のところでスイッチが入っちゃうっていうか。自分じゃないものにあやつられているかのような、そんな症状に振り回される病気です。

伊藤 「やらなきゃ」っていうことをやれば、とりあえず落ち着くんですか?

カナブン 「やらなきゃ」っていう掻きたてるものは落ち着くんですけど、疲れる、ぐったりするんです。

伊藤 体力的に?

カナブン 心も「なんでこんなことをしちゃうんだろう」とか疲労感があって。その「しなきゃ」がまたすぐやってくるので、まためんどくさい病気で

伊藤 「めんどくさい」は以前インタビューした方もおっしゃっていました。

カナブン めんどくさいです(笑)。ひどいときに入院したことがあって、薬ではなく行動療法でけっこうよくなりました。「やらなきゃ」ってなってもやらないっていうすごいシンプルなやつなんですけど。電気のスイッチやスマホのボタンの同じところを何度も押しちゃったり儀式的なこと、私は繰り返し行動がすごく多くて。でも「やるな」って言われて苦しかったんですけど、不安定なときに看護師さんがなだめてくれて、やっちゃうこともあるんですけど、続けていたら、完全には治らないんですけど、ちょっと症状が和らぎました。摂食障害も、吐いてる人だったら吐かないとか、似ているなと思いました。

伊藤 なるほど。でもそれって自分の意志の強さでなんとかする方法なんじゃないですかね?意志でどうにもならないから困ってたんだと思うんですが

カナブン 形から入るという感じですね。心を無視するというか。やらなかったことの嫌な感じに慣れる、それは怖いことじゃない、やるからサイクルが止められなくなる、そういう理屈を教えてもらって、やる気になる、みたいな感じですね。

伊藤 やめられなくなるのは、ルール的に「ねばならない」なのか、衝動としての「ねばならない」なのか、どっちなんですかね。

カナブン 私は衝動でしたね。あやつられている感じ。自分の意志じゃなく、変なところで誤作動が起きている感じがして、やってるあいだぼーっとしちゃうんです。

伊藤 目的がないということですかね。掃除だったら、部屋を綺麗にするという目的があると思うんですが、電気のスイッチを触ることには目的があるのかな

カナブン 私はとにかく「しないと気持ち悪い」という感じですね。虫が全身に這ってくるようなのが怖くて、気持ち悪くて、それでやる感じがします。

津野 それは何かきっかけがあってなのか、それとも急にやってくる感じですか?

カナブン 明確にこれというのはないんですけど、疲れているときとか、ストレスが溜まっているときとかに出やすいですね。

伊藤 それって「爪をかんじゃう」「チックしちゃう」みたいなことの延長なのか、全然違うものなんでしょうか?

カナブン チックじゃないかな、と思ったことはあります。診断はされていないんですけど、昔そういうことがあって、小学生のころに同じことを繰り返して言っていて、夜中に叫んだりして、親に怒られていました。私もなんでだろうと思っていて、恥ずかしかったんですけど、いつのまにか終わっていました。今でもいろいろあって、特定の脅迫だけじゃなくて、いっぱい出てきちゃってるので、そのなかでチックぽいのもあるなと思っています。同じ動作を繰り返しちゃうんです。

伊藤 摂食障害もその一種という感じですか?

カナブン 「せざるをえない」という感じは似ていると思います。やり終えたあとのしっくりくる感じ、落ち着く感じがあります。

◎拒食のころの自分は別人

伊藤 拒食の症状が出始めたのはいつごろですか?

カナブン 高校1年か2年のとき、16歳ころです。そのときのことはあんまり覚えていないんですけど、体力的に学校に行けなくなって、でもそこまでひどくはなかったんですけど、学校を卒業して、17-8歳のときに、みるみる食べられなくなってしまって。最終的に25キロくらい、小学生みたいな体重になってしまいました。最初は目的があったと思うんです、ちょっと体のことを言われ始めて、ちょっとした恥ずかしいなという思いから痩せようとしたのと、そのとき進路や家庭環境が悪くて、心配してほしいみたいなのがあったんですけど、途中から「痩せなきゃいけない」となって、最初の理由がなくなりました。

伊藤 自分の体を理想に近づけるという最初の目的から切り離されていくんですね。

カナブン とにかくそうしなきゃいけないという感じで、痩せたのにまだ安心できない。今思えば見るからに異常なのに、本当に脳に栄養が通ってなくて、覚えていないことが多いんです。記憶がない人はけっこういるみたいです。

伊藤 記憶がないとしても、比較的最近の出来事ですよね。思い出すのはしんどくないですか?

カナブン もう誰かの話をしてる、みたいな感じにはなってます。「なんでこんなことしてたんだろう」と不思議に思います。今は食べないなんてできないのに、よくできなあって(笑)

伊藤 別人なんですね。

カナブン 別人ですね。性格も違います。そうとう変わった感じがします。

伊藤 食べない、というのは、食べものが目の前にあったときに嫌悪感があるという感じなのか、それともそもそも食欲がまったく生まれなくなるという感じなんですかね?

カナブン 食欲はあったと思います。ずっとお腹が空いていて、飢餓感がある感じでした。でも恐怖が勝つ。食べものを見るだけで、固まっちゃうというか。本当は食べたいのに食べられないから、見ると我慢を強いられるというか。だから目につかないように生活していました。

伊藤 自分を守るために食べないという感じですか?

カナブン そうですね。ちょっと食べたら太るって思い込んじゃっていて。とんでもなく太るって思っちゃうんです。ごはんを一口、親に強要されて食べた瞬間にパニックになりました。これでもう台無しになる、みたいな。妄想が入ってるんですよね。それで思い込んじゃってるから、怖くて、「そうなってしまう」と思ってるんです。

津野 その「なってしまう」は、実際に鏡を見たときに、ご飯を一口食べたから大きくなったなって、肩のあたりが膨らんだように感じたりしましたか?

カナブン あ、それありました。思い込みだと思うんですけど、そう思っちゃってるから、「痩せなきゃ」ってまたスイッチが入っちゃって、一切食べなくなってしまう。無理やり食べさせるとそうなってしまうけど、でもそうしないと死んじゃう。

伊藤 どうやって死なない程度に食べてたんですか?

カナブン これは食べても大丈夫っていうものがいくつかあるんです。それが何だったか覚えていないんですけど、野菜が中心です。私は野菜とミルク的なもの、豆乳と、あとはお豆腐とかだったと思います。それを頭の中で計算して、これは何g、食べる順番も、食べる時間も、すべて決めて、そのとおりにやらないと太っちゃう。

津野 食事はいつもひとりでしたか?

カナブン ひとりでした。兄と母と私で暮らしていたんですけど、摂食になったときは兄が仕事で他の県に行ってしまって、母と二人で暮らしていました。でも病気になったら母と分かり合えなくて、関わらなくなって、家の中で別居していました。ごはんも自分の部屋で食べていました。

伊藤 その何時に何gという黄金律はどうやって導き出したんですか?

カナブン いつの間にかですね。ネットで調べたりして、絞っていきました。やっぱりこの時間は食べても大丈夫なんだ、とか調べて、だんだん自分のルールが固まっていきました。

津野 これでいいという量は、食べたあとも「このくらい飢餓感が強ければ効いてるだろう」みたいな感じでしたか?体の感覚的に、生活できるギリギリの空腹感があるというか

カナブン けっこう水を飲んでいました。水だったらいくら飲んでも太らないと思って。水でごまかして、それでもだめだったら次に食べる時間になるまで我慢するという感じでした。それはすごく覚えています。すごい我慢してきつかった。お昼たべて夜ご飯まで6時間がまんしなきゃいけない。引きこもりだったんで、テレビ見たりして我慢していました。最後のほうは絵を描いていたんですが、やせすぎてペンが握れなくて、力が入れられなくて手が震えちゃうんです。だからじっとしていてもできること、ためていたビデオを見るとか、全然面白くないんですけど、そもそも感情もなくなってるんで、それしかない、みたいな感じでひたすら見ていました。

伊藤 その耐えている感じが目的化してくるんですか?この耐えている感じがないと生きていけない、それが自分の基準になる、というか。

カナブン それが自分の日常になっていて。目的じゃなくてそれが普通でした。

津野 耐えたあとの食事はおいしかったですか?

カナブン おいしい、はなかったですね。ただ入れて、低血糖になってぼーっとしたり震えたりしているのを落ち着かせるという感じです。

伊藤 もしその瞬間に、いっさい食べなくてもいい薬が目の前にあったら、飲みますか?それを飲めば、「お腹が空く」が起こらなくなるとしたら。

カナブン それは考えたことがあります。そういう薬があればいいのになと思っていました。

津野 食べても太らない薬があったらどうですか?

カナブン それも思った気がする(笑)。夢のような薬ですね。入院してるときに先生に聞いたりしていました。

津野 下剤とかよくない薬が出回っているんですよね。

カナブン 寄生虫を入れるとかいう話もありますよね。薬の副作用に「体重減少」とかがあるやつしか飲まなかったりして、どこ見てるんだって感じですよね、今思うと(笑)。漢方薬のカロリーさえ気にして薬剤師さんに聞いてました。口に入れるものすべてカロリーを知らないとダメでした。食べ物はカロリーしか見てなかったです。

◎口に入れた瞬間に太る気がする

伊藤 体はどういうふうにイメージされているんですか?以前インタビューした過食嘔吐の方は高速道路モデルでとらえていて、横浜から来た車が千葉まで行くとまずいから海ほたるでもどる、とおっしゃっていました。カナブンさんは食べたものはどこにいくイメージだったんですか?

カナブン えっ、考えたことなかった

伊藤 みなさん「食べる」っておっしゃらなくなりますよね。「入れる」とか

カナブン 入れてましたね。そういえばどこにも行かない感じがしてましたね。とりあえず自分の許容範囲内に収めるという感じで。カロリー表示を見て電卓で計算して、それ以内で済ませたら大丈夫、ということだけで、食べたものの行方は考えていませんでした。許容範囲から出ちゃったら、その食べ物が体をバーンバーンって膨らます感じでした。

津野 自分も中高生のときに拒食気味で、半年で25キロくらい痩せたことがあったんですけど、そのときはまさに数字だけでした。1日800kcalがベストでしたね。その症状は手放して反動もあったりして苦労しているんですけど、いまでも油っぽいものを食べたりすると、5分くらいで腰とか肩がフワフワって太る感じがするんです。

カナブン あ、わかります!一緒だ。そういう感じがしていました。気持ち悪くて体が重くなる感じがしました。特に肩ですね。

津野 脂肪が増えるイメージを妄想しているのか、消化のスピードと関係なく太る感じがしていて。

伊藤 その「フワフワ」っていうのは何ですか?マシュマロマンみたいな感じ?

カナブン マシュマロマンみたいな感じですね(笑)

津野 かさが増える感じですかね。ソワソワしますね。

カナブン なんか増えたな、という感じ。そうそう、ソワソワします。

伊藤 でもそのときは痩せてるから、ぶよぶよした体ではないわけですよね。

カナブン 妄想なんですよね。「やばい、やばい、これはやばい、次とりもどさないと」みたいな焦りを感じていた覚えがあります。

津野 食べないときは、めちゃくちゃガリガリになった感じもあるんですよ。

カナブン 分かります!

津野 鏡見ていなくても、体感として「痩せてく」みたいな感じがあるんです。

カナブン あ、思い出した。懐かしい(笑)

伊藤 イメージのなかでガリガリになったりフワフワになったり、体がすごく変化してるんですね。

カナブン 頭でいろんなことが起きてますね。鏡もほとんど見ていなくて、体重計ばっかり見ていました。人によって違うんですね。高速道路のイメージはなかったです。

津野 吐くことはしていないんですか?

カナブン していないわけじゃないんですけど、ほとんどなかったです。想定外のものを食べさせられたときとかに吐いていました。外でつきあいで食べるということもそんなになかったんですけど、そういうときの臨時の応急処置という感じでしたね。

伊藤 吐けたんですね。

カナブン でも吐いても、もう入っちゃってるから、関係ない気がしていました。吐いたら大丈夫、という考えはなかったですね。吐いてちょっとは安心するんですけど、もう入った瞬間に吸収しちゃって太ってると思ってたから、過食嘔吐はなかったです。

津野 口から入ったら即吸収という感じだったんですね。胃までなら大丈夫という人だと食道の感覚があって、海ほたるで帰ってくるという感じになるけど、そこがないんですね。

カナブン 食べたら瞬時にボンと太るイメージでしたね。

伊藤 なるほど人によってゲートというか料金所が違う感じですね。

カナブン 噛んで吐くチューイングの人も、エキスが出てるからだめなんじゃないかと思っていました。噛んで吐いたやつは空で、全部吸収しちゃってるんじゃないかと。自分の場合は口からがもう自分の許容範囲外でしたね。ありがとうございます、いろいろ思い出してきました(笑)

津野 私は胃までの意識があって、胃までだったら吸収しないだろうと思って、過食しても吐けばいいと思っちゃうんですよね。

伊藤 人によってだいぶイメージが違うんですね。

◎人間らしさが出てきた

伊藤 以前、摂食障害の方で、太いベルトをしないと気が済まないというお話を聞いたことがあるんですが、クリームなどをふくめ身につけるものに対するこだわりはありますか?

カナブン それはなかったかもしれません。ただ、痩せたいのに痩せていることを見られるのが恥ずかしくて、外に出るときはふっくらした服を着たり、何枚も着たりしていましたね。人に見せたくない、自分だけの世界で。だから締めるというよりむしろ逆でしたね。

伊藤 それは十分やせていないから見られたくないということですか?

カナブン 世間的には痩せているとは思っています。でも自分の中では痩せてない。母親によく「痩せているから一緒に歩くのが恥ずかしい」と言われていたんです。母も私の病気でイライラしていて思ってもいないことを言っちゃったんだと思うんですけど、それを聞いたときに恥ずかしい気持ちが増えたのかな、と。「人からジロジロみられているよ」とかも言われていたので、隠していましたね。摂食障害だというのも恥ずかしかったです。

なので、ひだまりカフェに行ったときは衝撃的でした。それまで、まわり摂食障害の人がいなかったので。あそこに行って恥ずかしさが消えました。

伊藤 ひだまりカフェにつながったのはいつですか?

カナブン 20歳のときですね。入院していて、退院するときに自助グループがあるのを知ってる?って聞かれて、知らなかったので、教えてもらった候補のなかから参加費無料のひだまりカフェに参加しました(笑)

 何も期待していなかったんです。何かを変えたいという気持ちがあったんですけど、行ってみたら、救われました。「つらかったね」って言われて、そんなことを言われたのは初めてでした。この苦しみを分かってくれる人いるんだ、って思って、泣きました。それがいろんなきっかけになった気がします。

伊藤 涙が出る、というのはなかったんですか。

カナブン なかったです。病気になって無感情になっていたんですよね。そのとき感情が動いた気がします。

伊藤 入院して、ひだまりにつながったあたりから回復していった感じですか?

カナブン まだですけど、治るかもしれないという希望が出てきました。最初はだいぶ痩せていたので、摂食障害の治療を主にやっている専門医がいる病院を紹介していただいて、そこに半年くらい入院しました。ちょっとずつ食べられるようになって。母親と離れたことが一番のきっかけだと思います。離れて安心したんです。なんか、自分で考えて、自分の欲求を出すということが、家だとなかったんです。それが、何がしたいのか、今どういう感情なのか、というのを感じるようになってきた。体はまだだったけど、人間らしさを取り戻してきたんです。それがつらなって、気持ちに余裕がでてきたのかな、ちょっとずつ食べられるようになりました。ちょっと増えたけどまた減る、ということを何回か繰り返しながら治った感じですね。

「死ぬよ」って言われたんです、先生に。それにハッとして。死ぬの?私、死ぬくらいやばいの?ってハッとなって。死にたくないなと思って、食べ始めました。

もう一つ、これが一番治った理由かなと思っているのが、21歳くらいに少し退院したときに、当時mixiをやっていて、絵を投稿していたんです。いつも反応してくれる方がいて、男性の方だったんですけど、何かの拍子で一回会ったんです。あんまりよくないことだと思うし、絶対そういうことしないタイプだったんですけど、母に対する反抗もあって。その人が褒めてくれて、何回か会話しているうちに、人のこと好きにならないだろうなと思っていたのに好きになって、お付き合いするようになりました。

また入院するようになったんですけど、お見舞いにもよくきてくれて、「無理して食べなくてもいいよ」とか今まで言われたことがないことを言ってくれました。食べているときには見ないようにしてくれたり、理解してくれようとしていました。それも初めてで、すごい救われました。不安定になると励ましてくれたりして、関西出身の方だったので、ギャグを言ってくれて、笑えるようになってきました。人間らしさを取り戻したんです。その人が「いつか旅行とかいけたらいいね」とか行ってくれて、この体じゃ行けないな、治したい、治そうという気持ちが増えてきました。もう別れちゃったんですけど、自分のためじゃなくて誰かのためのほうが力が湧いてきましたね。今までは母親のためというのがあったんですけど、自分も嬉しく相手も喜んでくれるという人に初めて出会ったんです。その人が喜んでくれるから、という理由で動いた。ひだまりカフェでは、私の話を間に受けて出会い系に行ったりしたら困るなと思って、このことは話さなかったんですけど、恋愛じゃなくてもいいので、人と関わることは大事なんだなと思いました。

伊藤 でもふだんから周りに人がいっぱいいるのに出会えない、関われない、というところがあると思うんですよね。人と出会える状態、というのがあると思います。

カナブン 人と関わるのは得意じゃなかったです。摂食のときは2、3年引きこもっていたけど、mixiがあると引きこもっていても誰かが反応してくれる。

津野 mixiよかったですよね。アルバムや日記のほかにコミュニティがあって、好きなテーマでつながっていくことができて楽しかったです。mixiがいちばんよかったです。

カナブン 私はアルバムが主でした。ひとつひとつにコメントができたんですよね。

◎「こうすれば治る」じゃなく「いつの間にかそうなってる」

伊藤 どんな作品か見せていただくことはできますか?

カナブン 今の作品ならあります。

津野 うわー素敵ですね!空気感がいいですね。

カナブン ドローイングが中心で、版画もあります。紙版画です。シンプルなのが好きです。去年展示もしました。

伊藤 モデルを見て描いているんですか?

カナブン 見て描いているときもあれば、そうでないときもあります。絵というより落書きみたいな感じで描いています。道端にある落書きみたいなものが好きで。作品としてではなく生活の一部みたいなもの、説明書きとか、電話しながらのメモとか、適当に描いたのが好きで、そういうのを究めたいなと(笑)。なんだろうこれ、みたいに思わせたい。

津野 これすごくいい太ももですね。

カナブン 当時、ヌードにハマっていて。女子美術大学の生涯学習でクロッキーに通っていたんです。

伊藤 体を見るのが面白かったんですか?

カナブン 女性の体の線がゆれている感じとかがいいなあ、と思っていて。描くのが楽しかったです。

伊藤 ドローイングって物理的な観察ですよね。それは摂食のときの、自分の体のイメージに飲み込まれちゃうのとずいぶん違いますね。逆ですよね。

カナブン そうだと思います。客観視できる。美しさの基準が変わった気がします。痩せてることが美しいんじゃなくて、垂れているところとか盛り上がっているところもいいなと思います。

津野 顔を描いていないですよね。

カナブン しぐさとかが好きで。顔を描くとそれで決まっちゃう感じがして。内面はつくれるけど、しぐさは作れない、どういう格好をしているのかで、その人がどういう人か、人間が見える気がします。

伊藤 しぐさもその人の落書き的な部分ですよね。意識していないけどでちゃった、みたいな。

カナブン そうです。それもクロッキーをしているときに目覚めた感じです。

伊藤 体を見て、愛おしい、触りたい、美しい、どんな感じですか?

カナブン 人間ってこんなに綺麗な、すごいな、なんでこんなふうになったんだろう、とロマンを感じます。ちょっと汚いところもあって、複雑だなと。

津野 その人の体型と関係なく、そう思うということですか?

カナブン そうです。みんなすごい、感動するんですよね。オブジェクト、そういう造形物として見たときに、すごいなこの置物、かっこいいな、というふうに見ていたと思います(笑)。

津野 人を見るときもそういうふうに見ているんですかね。

伊藤 研究者っぽいですね(笑)

カナブン そうですね。どこ見てるの?って言われたことあります(笑)

伊藤 カナブンさん自身の体のパーツだとどこが好きですか?

カナブン 手と腕です。あんまり女性らしさがなくて、脈が見えたりして、男の人の腕みたい、職人さんの手みたいって言われたことがあって。写真でゴツゴツしている手が映っていたりすると、この手いいなと思います(笑)。

伊藤 美しさの基準が変わったことと、ご自身の体型が変化していったことは関係していますか?

カナブン 関係していると思います。食べ物をみても、みんなと同じように見えるようになったと思います。美味しそうなものがあったら食べちゃいます。お酒もすごく好きで、めちゃくちゃ飲んで二日酔いになる、という当時では考えられなかったようなことがあります。100%ダメだったものが変わってきて、どういうきっかけで変わってきたのが覚えていない。治ることって説明しづらいですね。どうやって治ったのって言われても、私もよく分からない。でも治るってそういうことじゃないかと思うんですよね。こうしたら治るっていうんじゃなくて、いつの間にかそうなってる。それはひだまりカフェの講演会でもお話しました。

伊藤 カナブンさんは「いつのまにかそうなってる力」が高そうですよね(笑)

カナブン そうかもしれないです。

伊藤 こだわりも強いけど、手放した記憶もないわけですよね。

カナブン そうですね。意識しない方がいいんじゃないかと思います。死んじゃうくらいまでになってたら介入したほうがいいけど、こだわっててもいいし、めんどうくさくなったらそれでもいい、みたいな感じがいいんじゃないかなと思います。私も途中で計算するのがめんどうくさくなったんですよね。習慣になっていて、もういいんじゃないかなって。今はパクチー以外だったらなんでも食べます(笑)。頭じゃなく、体のほうの空腹の欲求に従えるようになったんです。あらためて話すと、不思議な気がしてきます。食べ物のことを全然考えないので、今話していて不思議な感じがします。

伊藤 人間になった、っていうのがすごく面白い表現ですね。

カナブン 本能に従うということですかね。動物、生き物になったというか。

伊藤 そのまえは何だったんですかね。

カナブン 決めて食べるからロボットですかね。工場みたいでしたね。

伊藤 今、自分の体は何%くらい自分のものだと思いますか?

カナブン 100%って言ったら違う気がするけど、でも100%な気がします。あえていうなら99% かな。残りは、意識してないけどどっかに何かあるんじゃないかな、と。

伊藤 自分じゃないものと同居してる感はあるんですか。

カナブン ありますね。摂食のときは操られていて、自分のものである割合は5%もない感じでした。5%は残しておきないな、と。侵食されている感じでしたね。

伊藤 ある意味でジェットコースターみたいなすごい旅ですね。

カナブン そうですね、他人事みたいです。

2023/2/4@小田原城近くのカフェにて