交通事故でいったんは戦力外になりかけたゆらゆらさんの右手。でもじっくり話をうかがうと、転びそうになったときや、咄嗟に何かするとき、右手は細胞レベルで動き違っているのを感じるとのこと。実務レベルでは左手のポテンシャルを引き出しつつ、深いところで右手を再発見するような、とても素晴らしいお話でした。
ゆらゆらさんプロフィール
2001年、交通事故で右上肢の尺骨神経を損傷し、薬指・小指が曲がらず握力ゼロに。右利きから左手へ利き手交換済。8年前に北海道から上京。現在はサステナビリティ推進のD&Iチームにて勤務。音楽家としても活動中。当事者目線での新しいチャレンジを大切にしている。
◎ついてるけど痛いこの腕はどうしたらいいんだろう
伊藤 ゆらゆらさんは、今は企業のサステナビリティ推進部のD&Iのチームで働いていらっしゃるとのことですが、今日は会社ではなく個人としてのご経験について教えていただけたらと思います。よろしくお願いします。
ゆらゆら 先生が、障害について小さな、見逃してしまいそうな部分を拾い上げてすっごく向き合うことをされているという印象が私にはありまして、そこで一度お会いしてみたいと思って、それで今回連絡をさせていただきました。
伊藤 ありがとうございます。事前にメールでいただいた情報ですと、交通事故にあわれたとか…
ゆらゆら はい、24年前に北海道に住んでいた頃に交通事故にあいまして。もう10対0の、完全に相手に過失がある交通事故でした。車も廃車になってしまうような事故だったんですけど、尺骨神経障害というのになりました。手って3つの大きい神経があるんですけど、そのうち小指や薬指を司っているのが尺骨神経で、その障害になったんです。完全麻痺じゃないので、腕とかは動かせるんですけど、でも肘より上に上げようとすると神経が「ピーン」と張ってしまって結構辛いのと、あと「グー」ができないんです。
伊藤 曲げられるけど、握りしめられないんですね。
ゆらゆら 握りしめられなくて、小指はもう完全に曲がらない状態ですね。握力はゼロの状態です。親指人差し指は生きているので、 この二本の指でペンとかを持つんですけど、連続で描けるのは10文字くらいですかね。しかもすごい軽いペンじゃないと持てなくて。
伊藤 なるほど…。10文字以上書くと、どうなっちゃうんですか。
ゆらゆら 痛くなっちゃうんです。 なんか痛くなってきて、ペンが持ちきれなくなっちゃう感じです。
伊藤 たとえばこういうアップルペンみたいな軽いやつでも…
ゆらゆら …ああ、これはもうすでに重いです。
伊藤 そうですか。となると鉛筆とかになりますか?
ゆらゆら 普段使ってるのは、ものすごく軽いペンです。これが私が持てるペンです。お箸は効き手交換で、もともと右手で持っていたのが、左手で食べるように練習しました。
伊藤 ああ…このペンは確かにかなり軽いですね。プラスチック性で、滑り止めもついていますね。
ゆらゆら そうです、結構持ちやすくて、それより重いと2文字書けるかどうかって感じになります。
伊藤 そうですか…。キーボードとかのタッチはどうですか。
ゆらゆら 親指と人差し指を使って、あとは左手でやります。 マウスが左だと上手くできなくて、右でマウスを操作するんですけど、小さいマウスを使っています。これでも結構重たいです。こういうものを使って、仕事はしてる感じです。
伊藤 なるほど。指が動かないだけじゃなくて、肘より先に曲げられないというところも生活や仕事に支障を与えますか?
ゆらゆら すごく痛いというか、重たいというか。支えられないっていう感じですね。脇を閉めると、まだ曲げられるんですけど、宙に浮いてると重たい、腕を支えられないっていう方が正しいですかね。
伊藤 指を曲げられないときは痛くはないんでしょうか?
ゆらゆら そうですね、曲げられないことに対しては痛くはないですけど、曲げようとすると痛いです。
伊藤 なるほど。
ゆらゆら ピリピリって首まで続いてる感じですね。最近分かったんですけど首がヘルニアになっているそうで、それは交通事故で頚椎の5番と3番が多分ダメですねって言われていて、実は指ともつながっているんじゃないかっていうのが20年以上経って分かったっていう感じです。
伊藤 そんなに間があいて分かるものなんですか?
ゆらゆら 事故のときはすごく冷たい対応する病院に運ばれたんです。その時から「腕が痛い」って言ってたんですけど、先生が「わざとらしい動きなんかしなくていいから」って信じてくれなくて。リハビリと称して指に機械をつけてメキメキメキってむりやり曲げることをされて、涙を流しながら「痛い痛い痛い」って叫びながらやっていました。でも結局動くようにならなくて、違う病院に転院したら「痛いものは痛いよね、数値で出てこなくても 実際動かないわけだし、痛みもあるわけだし」っていうことで、尺骨神経の迂回手術をしました。神経が引っかかって痛いんじゃないかってことで、真っ直ぐ通す手術をしまして、そうしたらピーンって引っかかって痛みが生じてたのが少し軽減はされました。でもやっぱり使いすぎると痛いっていう感じです。もう毎日腕に注射して、「ここからもいでください」って言うぐらい痛くて。「何のためにこの腕ついてるの」という感じでした。
でもなんか、やっぱりないのとついてるのだと 違うじゃないですか。だから、これはついてない障害の方に怒られちゃうよな、あなたは腕ついてるからいいじゃないって怒られちゃうよな、と思って。じゃあ、ついてるけど 痛いこの腕はどうしたらいいんだろうって思いながら過ごしていました。手術をしたら少し軽減をして、それからいろいろしてますけど 結局痛みもあるし、力も入らないしっていう感じですね。
◎コミュニケーションの塩梅
伊藤 事故にあったときは、お一人だったんですか、その車には他に誰か乗っていたんですか。
ゆらゆら 私が運転をしていて、母と娘が後ろに乗っていました。娘は当時2歳でチャイルドシートに乗ってたんですけど、ぶつかって、ガッカーンってすごい衝撃があって、でもまず自分もクラフラッとしながら、母と娘がいるので後ろ振り向いたんです。「大丈夫」って言ったら娘がすごいぎゃあぎゃあ泣きながら「痛いの痛いの」って言ってて。「どこ痛いの?」って言ったら「おばあちゃんが痛い」って言って。えっと思ったら母は血がドクドクドク出ていて。娘は結局無傷で、そこが良かったんですけど 母は皮膚が裂けていました。相手の方があまりにも事故が大きいのでオロオロしてしまって震えてて、何もしてくれなくて、私が全部警察の方とか保険会社の方とか救急車を呼びました。救急車に乗ったら救急隊の方がすごく手際が良くて、首を支える器具をスポって嵌めてくれて、それをされたら「やった、私大丈夫だ」って思って気を失ってしまいました。環状線の大きい道路で起こった事故だったので、ラジオとかでも報道されていたみたいです。
伊藤 となると、事故にあわれて病院に行って、そこで手が痛いとなった時に、その痛みを誰かに話したりする相手というのはいたんでしょうか?
ゆらゆら ドクターには話していました。その日に腕も痛くて、あまりに痛みがあり、衝撃で熱も出て、腕が動かないので、 その日からご飯は左で食べるしかなくて。でもすごく不思議なんですけど、小さい子供もそうだと思うんですけど、左で持つと、持ってから口に運べないんですよね。運ぼうとしても慣れてないから、口に持ってくることができなくて。
伊藤 それは落としちゃうとか揺れちゃうといったことではなくて…
ゆらゆら 食べたことが一度もないからだと思います。いつも右でしか食べたことがなかったので、左の手で口に持っていきたくても、持っていけなくて(笑)。すごい不思議で、「なんで私は口に持っていけないんだろう」って思っていました。料理を箸で掴んで持っていけないので ぐさって刺して食べるやり方しかできなかったです。一時期食欲も落ちてしまって。でもよくよく考えたら自分の娘が 3か月か4か月から離乳食を食べたいって言い始めて、食べ始めたんですけど、最初の時に、あーんってやったら食べなかったので、自分でやらせたんですね。それでやらせてみたら、スプーンは持てたんですけど、口に運べないんですよね。それで、自分で食べられないと分かって、口を開けてくれるようになったんですけど、娘も自分も、一番最初は口まで持っていけないんだ、というのがすごく印象的で。食べたいので口は開いてるんですけど、口に持っていけないっていうことが分かったのが、ちょっと面白かったです
伊藤 じゃあもう一回、発育の過程を左手でやり直すみたいな感じですかね。
ゆらゆら そうですね、はい、そういうような形で徐々に箸も持てるようになっていって、イチからやり直すみたいなことを経験しました。
伊藤 今はもう完全に左利きですか?
ゆらゆら そうです。基本左手でご飯を食べられるんですけど、器を持たなきゃいけない時は、右で持てないので、左で持って右の2本の指で、持つ…というよりは、掴んですぐ食べる、みたいな感じですね。ちょっと不恰好にはなるんですけど、そんな形で食事しています。
伊藤 食事って、外食したりすると周りから見られたりすることもありますよね。
ゆらゆら あ、そうですね。 最初はすごく気になりました。特に、ちょっと格式の高いところに行くと恥ずかしいので、そういう時はお箸をくださいって言って、それでお箸で食べさせていただいたりとか、切ることが必要だったら、家族に切ってもらったりして食事をしています。
ただ、この間ちょっとショックなことがありました。家族に、ペットボトルが開けられなくてお願いしなきゃいけなかったんですね。そしたら「私は手に障害があって開けられないから、開けてもらっていいですか、 ごめんね」って、一回一回、相手が友人でも言った方がいいよって言われて。「えっ?!」って思いました。やっぱりそんな風に思われるのかなって。もちろん初めてお願いする方には「ちょっと手が悪くって開けれないので」って説明はするんですけど、友人とかすでに分かりきってる人に対しても、ずっと謝り倒してお願いしていかないといけないんだって思ったらショックで。「今までそう思ってたの?」って思ってすごく悲しかったんです。そういうものなんですかね…。
伊藤 なるほど…。ありがとう/すみませんを言うか言わないか問題は、当事者のあいだでもすごく判断が分かれるような気がします。分かれてるけど、結果的には同じなのかもしれない。ありがとう/すみませんを言う派の人は、もう呼吸するように言うんですよね。だから別にいちいち心を込めてないし、自分を削ってもいない。「あ、すいません」とかめっちゃ軽く言うんです。言ってるけど、そのつど心がちょっと借金する感じは、持たない。他方で、ありがとう/すみませんと言うと辛くなるので言わないという人もいて、そういう人は、一緒にいて楽しいって相手が思うような普通の人間関係の中でサポートが成立するようにしているようです。言うか言わないかという意味では分かれるけど、心を守っているという意味では同じような気もします。でも、それが「問題」としてある、というのは確かだと思います。
ゆらゆら そのあたりがすごく難しいというか…理解していてもらえるのはありがたいですし、助けがないとできないのもあるんですけど、「助けてあげているんだから、あなたそうやって言いなさいよ」みたいに言われるのも悲しいですし、かと言って「自分は手が悪いんだから、これもこれもこれもして」みたいな権利の主張みたいになるのも嫌だ、というのがあるんです。そのあたりがすごく不透明だけど、ゲージとかがあって「この辺まで言うと気に触るライン」とかが見えるわけじゃないので、人間関係のコミュニケーションの部分では、難しいなって思うことがありますね
伊藤 ご家族や友人の他に、特に初対面の人のサポートを借りなきゃいけない場面は、具体的にどのような場面がありますか。例えば駅などで、人の手が必要なことはありますか。
ゆらゆら 駅はないんですけど、例えば病院とかに行って飲み物を買いました、蓋が開きません、どうしましょうっていう時は、看護師さんの方とかに「ちょっと手が悪くって、買ったんですけど開けていただいていいですか」っていう時はありますね。
伊藤 なるほど。手が悪い人でこっそり口で開ける人もいらっしゃると思うんですが、そういうことは…
ゆらゆら 口では開けないです。私結構歯が弱くて、バナナで歯がかけたことがあるんで(笑)。口ではチャレンジしたことはないです。
でも、口じゃなくても、自分の体のどこかを使って開けるっていうのは、確かにありかもしれないですね。
伊藤 でも、それを教えてくれた人も、それはお行儀悪いぞと思いながら一瞬でやるって言っていたので(笑)、自分の中で何を大事にするかによってやり方が違うのかもしれないですね。以前、手に麻痺があったり切断していたりする人たちの集まりに行ったときには、みんなお互いの手を使い合うのが当たり前になっていてびっくりしました。たとえば、ペットボトルを開けたいときには、机の上にどん、ってペットボトルを置いて、自分の健康なほうの手でおさえながら待ってるんですよね。そうすると誰かが、またその人の健康なほうの手で何も言わずにキャップをあける、みたいな。そんな感じのカルチャーでした。
ゆらゆら その当たり前のカルチャーいいですね。 安心して生きていける感じがしますよね。
伊藤 あとは、ゆらゆらさんはパッと見てあまり障害が分からないから、いちいち言わなきゃいけないというハードルもありそうですね。
ゆらゆら そうですね、電車とかに乗ってても混雑してきてぎゅうぎゅうと押されると痛いんです。でも、一見そう見えないじゃないですか。なので、別に何もっていう感じもあって。最初はヘルプマークをつけてなかったんですけど、娘につけた方がいいよって言われて、つけるようになってからは、割と席を譲ってくださったりとかするようになりました。私、右肩にものを乗せられないので、リュックを背負えなくて、全部が左肩にくるように物を持つんです。荷物が全部左にあって、吊り革も左で捕まるので、はたから見ると「なんでこの人はこんな左側ばっかりなの?右側が空いてるじゃない」って思われてしまって、すごい変な目で見られたりもしてたんですけど、ヘルプマークつけてからは皆さん配慮してくださるというか。そこありがたいなって思ってますね
伊藤 そっか。どこがどう動かないとか具体的なことが分からなくても、ちょっと人と違う部分があるよっていうことが伝わるだけでも結構違うんですね。
◎右手が動きたがってる
伊藤 北海道に帰られることは今もあるんですか?
ゆらゆら 8年前に上京してきて、まだ2回しか北海道には帰っていないです。
伊藤 札幌だったらかなり都会だと思いますが、都会と田舎では障害に対する捉え方がちがう、という当事者の声も聞きます。
ゆらゆら 北海道は札幌にも住んでたんですけど、父母は旭川市っていう旭山動物園があるところに住んでるので、旭川は割と田舎というか、百貨店もなくなってしまってイオンしかないので(笑)
伊藤 なんか違いを感じますか、都会と郊外や地方都市では、困りごとのタイプが違ったりしますか。
ゆらゆら そうですね。地方都市の方が配慮してくださる方が多いような気がしますね。 旭川とか田舎の人だと、時間がゆっくり過ぎていきますよね。皆さん歩くのもすごい遅いですし、のんびりしてるので。手伝ってって言うと、多分「ああそうなの」ってしてくれる可能性は高いですね。あんまり気にしてないかもしれない。
伊藤 東京の方が電車も混んでますしね。
ゆらゆら 私、音楽をしているんですけど、北海道にいる時に、旭川だとすごく寒いんですね。マイナス20度くらいになるんです。そうすると、指が釘とか鉄みたいに、表面じゃなくて、中から冷えてくるんです。
伊藤 それは神経の問題で、ということですか?
ゆらゆら そうです、中からキーンって冷えて痛いという感覚があって。それを感じて風もすごく沁みるんです。さすがに東京ではあまりそういうのを感じないですけど。それで、その歌を作ったことがあって、曲の中に「冷たい水 冷たい水 感覚すら薄れる 冷たい水 体の奥でかじかむそれは何を待ってる」っていうフレーズがあるんです。それって自分にも問いかけてて。自分はそのかじかんでいく冷たい指に対して、どんな言葉を待ってるのか、 人から何を言われたいのかって自分に聞いているんです。
かじかむ感覚が、自分がこれから生きていく中で、どういったことを受け止めようとしているのか、という意味を込めて書いたものなんです。かじかんでいく自分が思ったのは、結局はみんなそれぞれいろんな悩みを抱えていて。私はこの手が動かないということですけど、みなさんそれぞれいろいろ持っていて、それが目に見える場合と見えない場合があると思うんです。みなさんそれぞれ自分の中で抱えながら、十字架背負いながら、傷ついたのを支えながら、生きているんだよな、というところで。私はこの手の状態で何ができるのかなというところから考えていろんなことが見えてきて、今の仕事も7年前に就職してD&Iのチームにいるんですけど、当事者目線で何かできるんじゃないかというのもあって。私は秘書の短大を出ているので、今の業種は専門ではないですし、タレント活動もしていたので、今の業界の知識もないですし、私何のためにこの会社に入ったんだろう、何ができるのかなってずっと考えてたんですけど、悩んだ末に、今の仕事をさせていただくことになりました。
伊藤 ゆらゆらさんにとって、動かない指っていうのは どういう存在ですか? 例えば、事故で引き抜き損傷を経験した人は、腕が麻痺して動かず、幻肢痛もあるので、「いつも泣いてる赤ん坊」って言っていたんです。「何とかしてくれ」って腕がいつも言ってる感じがするらしいんですね。逆に、同じ麻痺で腕が動かない人で「いつも黙ってる子供」っていう人もいて、状態がよくわからなくて、心配しないといけない感じがすると言うんです。実感が人によってすごく違うなと思ったんですけど、ゆらゆらさんの場合は、動かない指と例えば対話をするのか、むしろ自分の一部じゃなくて物体みたいな感じなのか、逆にいろんなことを感じるセンサーかもしれないし…。他の何かに例えるとどういった存在ですか?
ゆらゆら どういう存在…?そうですね、改めてそんなことを考えたこともなかったですけど、今思うと、事故当時は動かないので自分とは別のものっていう感じだったんです。今まで動いてたのに動かなくなって、なんか厄介なもの、ついてるだけのような手を持って、重いし、使えないし、思うように動かないし、娘も抱っこできなくて、なんでこんなのついてるのかなって思ってたんです。でも24年経って、相変わらず動かないですけど、ずっとそばにいてくれてて、今はわりと、動かないけどエネルギーは流れていて、自分の思い通りには動かないけどちゃんと意志を持ってるというか…。
伊藤 へえ。面白いですね。
ゆらゆら 今はついていてくれてるから、ありがとうっていう気持ちもあるような感じです 。相棒までは行かないですけど…相棒っていうには頼りないんで(笑)。相棒まで行かないですけど、でも必要な時に、反射的に転んだりすると、やっぱり右手が出るんですよ。この手があるから、大きく転ばないことができる。やっぱり本能的に動くのが右手なんです、右利きなので。そういった意味では、本能を感じさせてくれるというか。
伊藤 なるほど。すごく面白いです。今は左利きになってはいるけど、でも深いところ、本能のレベルでは右利きで、それを気づかせてくれるんですね。
ゆらゆら 前に競技カルタをやっていたんですけど、やっぱり耳から聞いて本能で札を取りに動くときって右の方がスピードが速くて。ぶつかってすごい痛みがあった時があってそれで、やっぱり左でやったほうがいいねということで、左手でやり始めると、脳を通るんですよ。耳から本能で動かないんですよ。すごくとりづらいなって思って。右手が動きたがってるんですよ。
伊藤 「俺に行かせろ」って(笑)
ゆらゆら そうです(笑)自分の方が速いから行かせろって、右手が言ってるんですけど、「怪我するからダメダメダメ」って脳を通すと、やっぱり遅くって。
伊藤 さっきおっしゃっていた「右手には、エネルギーが流れていて、意志がある」っていうのは、本能の部分ということですね。
ゆらゆら そうです。
伊藤 面白いですね、その根源的な部分が逆に右手に集約されている、というのは。
ゆらゆら 動かなくても本能は動きたがってるっていうのは感じますね。
伊藤 24年かけて結構付き合い方が変わってきたっていうか、発見することがあったっていうことですね。
ゆらゆら 最初は、こう言ったら怒られるかもしれないですけど、ダメなやつみたいな感じでした。怪我して戦力外みたいな感じ。でも24年経っても、やっぱり本能で動きたがるのは右手っていうところで言うと、「結構やるじゃん」っていう感じで(笑)。人としてっていうか、細胞のエネルギーを感じますよね。
伊藤 はあ〜そうですか。
ゆらゆら ここまでなってもまだ動きたいのか君は!っていうような感じがします。
伊藤 それだけ時間が経っても…そうですね、すごいですね、すばらしいお話をありがとうございます。今後の予定などはありますか?
ゆらゆら 会社のグループで一体で何かできたらいいねっていう話とかも出てたりするので、 何かしたいなって思ってますね。 2月にサステナがテーマのフェスイベント開催されます。またそこで社内外のいろいろな方に浸透していったらいいなと思っていたりしているところです。
2025/10/27 @東京科学大学伊藤研究室にて
