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奥田晋平さん

新しい体を獲得する過程は、新しい言語を獲得する過程に似ている、と奥田さん。穏やかな雰囲気の奥にある好奇心と行動力に圧倒されつつ、足の存在感やバランス感覚の難しさなど、脊髄損傷後の身体の感覚について丁寧に言葉にしていただきました。 


奥田晋平さんプロフィール

1989年岐阜県生まれ。25歳の時に交通事故で脊髄損傷による下半身麻痺になり車椅子生活になる。上場グループ企業で管理職として勤めていたが退職し、現在は地元の企業で内務に従事しながらインクルーシブデザインの勉強中。

 

◎感覚はない、けどピクピクしてる足

伊藤 そのお仕事は今は退職されてるんですか?

 

奥田 今は、地元の先輩がやってる電気工事会社につとめています。ちっちゃい会社なので、その経理、人事、財務など、内部の事務をぜんぶやってます。

 

伊藤 なるほど。25歳で車いす生活になって、今年でちょうど10年になられたと…。

 

奥田 交通事故です。えっと、友達と山に遊びに…

 

伊藤 あっ、しんどかったら言わなくていいですよ!

 

奥田 大丈夫です。記憶ないんですよ、僕。又聞きの話なんで。軽トラで山に行ってて雨の日にスタックしちゃったんです。友達に「後ろから押すからサイドブレーキを下ろしてきて」って言ったら、サイド下ろした瞬間に車ががっと来たらしくて。前屈みたいな状態で車の下に入っちゃったんです。脊髄が伸びたって言われました。

 

伊藤 なるほど。それで目が覚めたら病院だったんですか?

 

奥田 そうです。

 

伊藤 気づいたときは事故から何日か経ってたんですかね?

 

奥田 2、3日経っていたっぽいですけど、でも目が覚めたときもがっつり鎮痛剤とかを入れられていたんで、結構ぼやぼやしていました。はっきり記憶があるのは2、3週間後ぐらいですかね。

 

伊藤 そんなにかかるものなんですね。えっと…上半身は、前と同じように動くそうですけど、下半身が感覚がないんですか?

 

奥田 おへそあたりから下はまったく感覚がないですね。

 

伊藤 それはもう目覚めた時からですか?

 

奥田 目覚めた時からですね。あんまりわからなかったですけどね(笑)。なんか、あまり追いついてなかった感じはありましたけど。

 

伊藤 おへそから下というのは、触った時の感覚はあるんですか?

 

奥田 触覚がないです。はっきり線があるわけじゃなくて、微妙なところはグラデーションっぽい感じで。

 

伊藤 じゃあ、今椅子に座ってるっていう感じも…。

 

奥田 えっと、ないはずなんですけど…(笑)。なんかあるって言い方はおかしいですけど…多分、そのいわゆる幻肢なんだと思うんです。触覚みたいなのがあるんじゃなくて、なんか「体重乗ってるな」みたいなのが、感覚としてあるっていうか。

 

伊藤 ということは、この椅子の座面の感覚じゃないんですね。

 

奥田 えっと…座ってるときのお尻の触覚みたいな感じではなくて、上半身の体重が腰のところ、お尻に乗ってるっていうような錯覚なのか…まあ錯覚なんだと思うんですけど。

 

伊藤 じゃあ、寝てる時とは確実に違うってことですね。

 

奥田 そうですね。なんか太ももがここに接してるような感じも、ゼロではない。でも触覚はないし…

 

伊藤 不思議ですね。それは車椅子になってからは変わらずですか?

 

奥田 変わらずだと思います。車椅子に乗り始めた頃は、別にあんまり考えてなかったですけど、リハビリとかを始めてからはそうですね。

 

伊藤 例えば車椅子にスマホとかが置いてあって、その上に座っちゃったりしたら、それは分かりますか?

 

奥田 本当に何にも考えてなかったら気づかないと思います。 何も考えたら気づかないですけど、ふとしたことで、この辺の感覚があるところが、なんかいつもと違うみたいなのがあって、うん、こうやって手を入れたりすると「あれ何かあった」みたいなことはありますね。 骨盤の上下で皮膚が伸縮しているのを感じ取れれば分かるって感じです。

 

伊藤 なるほど。下半身に起こっている出来事でも、上半身まで影響しているっていうことですね。それが幻肢なんですかね。

 

奥田 足全体も、なんか、存在としては一致してるっていうか、感じ取ってるっていうか。足の下のところとかが、ここら辺にあるみたいなのは、視覚的に一致してるからだと思うんですけど、なんか足があるっていう感覚はあるんですよ。  

 

伊藤 ああ、そうなんですね。 床に足が落ちちゃっていたりすることってありますよね。そういうのも、感じますか?

 

奥田 ありますし、そういうのも上半身で感じとってるかも。

 

伊藤 上半身の「下半身を観察する力」が高まっているんですかね。

 

奥田 たぶんそうだと思います。家で、嫁に、座ってる時にテーブルの下で足をもちあげられたりすると、たまに分かる、っていうふうにはなるんですけど。

 

伊藤 面白いですね。視覚的に確認できる場所と、できない場所では感じ方に差があるんですかね。

 

奥田 なんていうんですかね…その「存在してる」みたいな感じは、 両方とも同じかもしれないです。視覚とずれてる、みたいなことがないですね。欠損している方とは違うのかなと思うんです。存在自体はしっかりあるっていうか。あとは足首とかが…これ何て言えばいいんですかね…動いてないんですけど、なんかピクピクしてる感じはあるんです。明らかに幻肢なんですけど、たぶん。

 

伊藤 ピクピクっていうのは、痙攣している感じですか?

 

奥田 痙攣してるっぽい感じの、何て言えばいいでしょうね…なんか映像とかがザザッてなる感じの動きをしてるみたいな感覚はあって。だけど、『記憶する体』に、幻肢の場合は、脳から指令を出してそのフィードバックが返ってこないから痛みが生じるっていう話があったじゃないですか。あれを読んで、確かに足首に意識を向けた時だけこれなるかも、と思いましたね。なにも考えていないときは来ないですね。

 

伊藤 なるほど、向こうから来るというより、こっちから探しにいくとピクピクするんですね。

 

奥田 意識したときに絶対になる、みたいな感じがありますね。

 

伊藤 なるほど。それは嫌な感じではないんですかね?

 

奥田 嫌な感じは別にないですね。あ、またなってるな、ぐらいです。足首だけで、ふくらはぎとかはないですね。明確な幻肢みたいなものは、入院したすぐとかはありましたね。足が…なんて表現したらいいんですかね。えっと、マットレスに隙間があって、そこに両足がずーって入り込んでいるようなイメージはありましたね。

 

伊藤 座っているような感じですか?

 

奥田 ベッドが2つ並んでいるときに、そのあいだに手を入れる感覚ってあるじゃないですか。あの感覚で足が入っていってる感じがあって。「伸ばしてほしい」って言っていたらしいです。

 

伊藤 物理的な足と幻肢の足が違うところにあった、ということですね。

 

奥田 そうですね。痛みとかはなかったですね。

 

伊藤 それが今はそのときほど明確じゃないっていうことですか?

 

奥田 今寝ていて、そういう感覚はないんです。ただ、すーっと力が抜けていくような感覚はあります。考え事をしていて寝れない時とかの、「あ、もうすぐ寝れるかも」みたいな瞬間のさーっと引いていくような感じが…

 

伊藤 えっ、足が先に寝ちゃうみたいなことですか?

 

奥田 足が先に寝ちゃうというより、合図みたいなような感じですかね。「もうすぐ寝れるよ」みたいな。力が抜ける、じゃないですけど、しびれが取れる、血の気が引いていくような感じですね。

 

伊藤 存在感みたいのがなくなるってことですか?

 

奥田 ご連絡してから観察もしてたんですけど、感覚というか、「足がある」っていう意識だけはあって。別にたたいていたい、とかは別にないんですけど、内側がしびれてるみたいな状態が、すーってなくなるみたいなのが、「もうすぐ寝られますよ」っていう感じでくる、みたいなのがあって。

 

伊藤 なんですかね…他に似た経験ってありますか?

 

奥田 あんまりないですね。ずっと頭が足を意識しているのかもしれないですね。

 

伊藤 ああ、なるほど。常にモニタリングしてるみたいな感じですか?

 

奥田 うーん、いるよねって確認しているのか…分かんないですけど。脳みそが「寝るよ」ってスイッチ入って、足をそんなに意識しなくてよくなる、みたいな感じですかね。

 

伊藤 なるほど〜

 

奥田 寝られないときは、「それが来ないかな」ってずっと待っていて、しばらくすると「あ、来た来た来た」ってなる。

 

 伊藤 足は、基本的には、足からの発信で何かを言ってくるっていうよりは、全身で起こっていくことに巻き込まれているという順番なんですかね。

 

奥田 その上下関係で言うと、そのニュアンの方が確かに合ってるかもしれませんね。足から何か来る、みたいなのはあまりないかもしれません。

 

◎内臓の気まぐれ 

伊藤 内臓はどうですか?

 

奥田 内臓のほうが気になりますね。排せつの障害があるんで、膀胱炎によくなったりします。あとは、摘便もするんで、当初はあまりコントロールがうまくいかなかったりしましたね。まあ、だいぶなくなったんですけど。もう、本当に研究してるみたいな感じです。何を、どれくらい飲んだ時に、何時間後にどうなるか、を飲みながら研究しています。コーヒー飲んだら2時間後にこれぐらい出るんだ、とか。そういうのを病院とかで勝手に試して。必要回数以上に尿をさせてくれないんで、自分でトイレ行ってやって、みたいなとかをしてました。やってるうちにだんだん感覚的に、これぐらい飲んだし、これぐらい運動してるし、これぐらい暑いし、これぐらい寒いし、とかで、これぐらいの時間にトイレに行った方がいいんだな、と分かるようになりましたね。結構時間を縛られてる感じはあります。

 

伊藤 よく盲導犬を連れてる友達が、盲導犬の膀胱に入っている尿の量を意識してるって言っていて、自分の用事に合わせて、どのタイミングでトイレに連れていくかを考えているって言ってたんです。ちょっと似てる感じですかね。

 

奥田 近いかもしれないですね。

 

伊藤 今日は暑いですけど、暑いと間隔はあくんですか?

 

奥田 間隔は一定にしていて。もちろん用事があったりお店行って絶対にトイレ行けないとかはあるんで、そのときは開けたりしますけど、基本的には一定で、そこに向けてどれぐらい飲むか調整してる、みたいな感じです。

 

伊藤 なるほど。となると結構逆算していくような時間感覚になりますね。

 

奥田 そうですね、「寝落ちする」とかがなくなりましたね。寝る前にトイレを出したいんで、どんだけ眠くても、あと2時間も起きてないといけない、みたいな。たとえば9時にトイレをしてて、その後10時半とかに家帰ってきてるけど、この9時から10時半の間に飲み物を飲んだりとかしてるんで…

 

伊藤 あっ、なるほど。尿になるのを待つっていうことですね。

 

奥田 そうです。あと1時間半時間潰さないといけない、ってなる。

 

伊藤 なるほど。食べ物も影響しますか?

 

奥田 食べ物はそんなに影響しないですけど、下すのはやっぱ怖いんでカキとかを食べる機会は減りましたね。

 

伊藤 便を出すにはお薬を使っているんですか?

 

奥田 ぼくは、前日に、朝晩、漢方を飲んでいます。飲むと動いてくれるっぽいんですけど、動いて、直腸まで来たのを次の日の夜に摘便しています。

 

伊藤 前日の朝と夜に飲んで、その次の日24時間後ですね。

 

奥田 いろいろ試された(って言い方は悪いんですけど)、坐薬を飲んだりしても、だいぶラグがあって。すぐ来るとかはなくて。そういう体質なのかわかんないですね。

 

伊藤 腸が動いてることは感じますか?

 

奥田 えっと、感じます。下痢の腹痛みたいなのとはまた違って、ここら辺にいまいるわ、とか、かたいのが動いているな、とかはすごく敏感になったかもしれないです。

 

伊藤 感度が前より上がってるってことですかね。便は多分食べ物にもよりますよね。

 

奥田 結局2日に一回、決まった時間に行っているんで、便が少ないっていうか、食べたものが結構あとに出る感じがありますね。週に3回しかトイレ行かないので、なんか月曜日に食べたのが、日曜日ぐらいに出るとか、そういうのもあるかもしれないです。 

 

伊藤 事故の前は普通にトイレ行きたいと感じて、それから行くっていう、そういう順番だと思うんですけど、今は逆にコントロールされていますよね。それってどういう感覚なんでしょうか。

 

奥田 そうですね。尿意も便意もないです。出した後のスッキリ感もないですね。

 

伊藤 となると、仕事が1個はある、みたいな感じですかね。

 

奥田 (笑)ほんとそんな感じですね。例えば全然行けなくても膀胱パンパン、みたいなのとかは何となく腹痛っぽかったりして、そういう時は「ああ出せたわ」っていう安心感がありますね。でも普段は別にすっきりした、とかはないですね。業務ですね。ルーティンワークっていうか。

 

伊藤 作業じたいにかかる時間も以前とは違いますか?

 

奥田 導尿は、物品セットしたりするのに5分〜10分かかったりするし、摘便は早くても1時間はかかりますね。

 

伊藤 1時間は結構大変ですね。

 

奥田 そうですね。「この曜日は出かけない」とか、そういう感じになってきます。選択肢はいろいろあって、人工肛門にするというやりかたもあるんですけど、それはそれで面倒そうだなと考えてしまいます。

 

伊藤 でも事前にいただいたメールには、内臓のほうが愛着があるって書かれてましたよね。

 

奥田 わかんないからだと思うんです。すごく飲んだのに全然出ないとか、逆に、朝9時にトイレして、12時まで一滴も飲んでないのに12時にめちゃくちゃ出る、みたいなことがある。一概にその飲んだから出るというわけでもないんですよね。もちろんリンクする部分が多いんですけど、想定外に動きすることも結構多くて。 わからない、つかめない、みたいなことが多いですね。 

 

伊藤 何か大事に扱うっていう感じですか?

 

奥田 大事に…というか気をずっと使う感じですね。病気に直結しちゃうし。ただ別に毎回言うこと聞いてくれるわけではないから、「なんなん?」ってなる(笑)。

 

伊藤 そうすると、生活の中でやっぱ内臓時間みたいなのが結構プライオリティが高くなってきますね。足っていうよりも内臓のほうが時間割作ってる感じですかね。

 

奥田 やだなぁって感じは内臓のほうが多いですね。逆らえないですね、気まぐれで動いてくるから。なんとなく再現性があればいいんですけど、全然再現性のない動きとかをたまにしてくるから…読めない。足はぶつけたら分かるし、なんとかなるんです。見ればわかるので。折れたりしたらさすがにわからないと思うんですけど、ぶつけたりしたのであれば分かりますよね。そんなに想定外の動きが大きくないですね。

 

伊藤 なるほど、内臓の方がちょっと会話が難しい感じですね。 

 

奥田 全然話が通じないです(笑)事故の前は、本当に何も考えずに生活してたなぁと思いますね。日常でやることが増えたし、気にしないといけないことが増えましたね。行動制御される云々みたいなところで、引っ掛かったとかはあまりなくて、どっちかっていうと、時間的な縛りで体が変わったっていう感じですかね。

 

伊藤 どこかに行けない、というより時間がしばられる感じですね。

 

奥田 すごく規則正しく生活しないといけない。そういう変わり方をした感じはありますね。

 

◎新しい言語をマスターする

伊藤 リハビリは結構やられたんですか?

 

奥田 脚は当然筋肉がなくなるんですけど、上半身もずっとベットの上なんでなくなってしまって。脚を伸ばした状態の座位から、お尻を浮かそうとして一ミリも浮かなかったですね。体幹が効いてないので、前後左右に倒れるのが怖いんですよね。パターンといっちゃうんで。最終的には、足を伸ばした状態から、体を前に倒して手で体重をささえてお尻を上にあげて直立できるまでになりましたね。

 

伊藤 えっそれってすごく体が柔らかくないとできないですね。

 

奥田 最初の病院の人に、がっとやられましたね。前屈倒れれないと結構生活がしんどいと思います。足先に手が届かないときついです。股関節をバキバキやりましたね(笑)。

 

伊藤 まずは柔軟体操なんですね。筋肉をつける、じゃないんですね。

 

奥田 前屈して足の爪とか切ってます(笑)

 

伊藤 膝を曲げることは難しいんですか?

 

奥田 いや、曲げられます。曲げて持ってくることも可能です。でも、持ってないと伸びちゃうんで、片手が塞がっちゃうんですよね。

 

伊藤 なるほど。それだと作業しにくいですね。逆に足との距離が近づく感じですね。

 リハビリに関しては、まず体をやわらかくして、そこから筋肉をつけていく形になりますか?

 

奥田 そうですね。筋肉をつけて、床から台に乗れるように練習します。床に足を伸ばして座っている状態から、一気に勢いで車椅子とかに乗られるようになります。装具をつけて歩く練習もしました。

 

伊藤 感覚がなくて歩くのって、怖くないですか?

 

奥田 怖いといえば怖いですね。でも慣れましたね。骨のために体重を乗せる動きもしていましたね。

 

伊藤 生活のなかで、足を道具として使うことはありますか? 体重を支えたり、松葉杖代わりにしたり、など。

 

奥田 体重を支えるのはやってくれるんですよ。一応やってくれます。車椅子とベットの行き来などで移乗するときに曲がった状態で一回足に乗る。一回足に乗るっていう表現が正しいか分かんないですけど‥

 

伊藤 足そのものは重いですか?

 

奥田 足重いです。めちゃくちゃ重いです。こんなに重いの?という感じです。

 

伊藤 もともとスポーツはやられていたんですか?

 

奥田 昔はずっとバスケットやってました。

 

伊藤 そのときのバスケの何かのスキルが、今の生活に生きているっていうことはありますか?

 

奥田 なるほど…車椅子をこぐときの手首の使い方に影響しているかもしれないですね。あとは視野の使い方ですね。歩いている人を見ていて、これぐらいのスピードで今進んでいるから、どうやって避けていこうかな、みたいな。

 

伊藤 それはだいぶバスケっぽいですね(笑)

 

奥田 足音がないから、気づかれないこと結構多いんです。前歩いてる人も気付かないし、背がないから、横から急に出てくるような感じになっちゃう。だから危険予測みたいなことは結構するかもしれないですね。

 

伊藤 家の中でも車椅子を使っていますか?

 

奥田 家の中でも車いすです。

 

伊藤 じゃあ移動に机や壁を使うこともあるのでは?

 

奥田  ああ、ありますあります。めんどくさくて、角を曲がるときとかに壁を触ってくるっと曲がりますね。壁とかがいっぱいあったほうが楽ですね。引っ張ったほうが楽ですね。地形の傾きをすごく感じるんですよね。たとえば、地形が左に傾いてるから、右だけ漕がないといけないようなときがあって、そういうのがけっこうしんどくて。そういうときは漕ぐ動きよりも引っ張ったほうが楽ですね。飲み物を持っているときとかも、片方しか漕げないので、壁を使いますね。いつも触るところが黒くなります(笑)

 

伊藤 手がもう一本欲しいと思いますか?

 

奥田 めっちゃ思います。二本欲しいですね。

 

伊藤 電動車いすは検討しなかったんですか?

 

奥田 うーん、やっぱり電動にすると1人で遠出できないんですよね。車に乗せられないし、重いし、バッテリーめんどくさいし。たまに見たりもするんですけどね。

 

伊藤 そうやって体が変化していくときのその移行期間が、外国語を学ぶような感覚って書かれていましたね。

 

奥田 ほんとうにそんな感じですね。こうやったら褥瘡できるよね、といったことを上半身の感覚があるところで想像するじゃないですか。たとえば肘ついたときに痛いから、この感じで、おしりの褥瘡多分できるよね、といったことを想像できるっていうのが、なんか英語に近い外国語っぽいなと思っていて。単語とか、センテンスとか文法の作り方とかが英語とすごく似てるけど、まじで何言っているのかわからない、みたいな外国語を勉強するときの感じと似ているな、と。

 

伊藤 「これを踏まえて次」っていう手がかりやステップはあるけど、未知っていうことですね。

 

奥田 そうですね。似たようなのが出てきたときに、「ああ、そういうことね」って理解できる部分もあれば、なんでこうなったんだ、と理解にとまどうこともあるし。

 

伊藤 そもそもが、法則を発見していくって感じなんですかね。

 

奥田 それはずっと多分そうですね。この単語は、こういう意味だよねっていうのが理解できたら、違う単語と組み合わせて、やっと点と線がつながる、みたいな。

 

伊藤 そういうのはノートを取ったりとかしてましたか?

 

奥田 全部記憶、感覚ですね。だから火傷しちゃったり失敗するんですけど(笑)、経験値を積んでる感じですね。

 

伊藤 今はその言語は結構もうマスターしている感じですか?

 

奥田 比較的マスターできてる気はしてるんですけど、でも1年半ぐらい前から、ダイエット目的でパーソナルジムに行き始めたんですけど、そこで筋肉や関節の使い方を教えてもらってくると、「今まで力技で結構やってたけど、もっと楽に動けるかも」っていうことが出てきたりするし、内臓もやっぱり、安定してない時とかは季節とかによってあったりするし。日常会話はできるけど、英語のマスタークラスで、政治的な言葉を勉強してるみたいな感じですね(笑)。

 

伊藤 パーソナルジムに行くと、解剖学的にいろいろ説明してくれるんですかね。

 

奥田 トレーナーなので、そういう話よりは、どうやって肩甲骨使って重さを支えるかとか、腹筋も半分は効いてるんで、どうやって使うかとか。腹筋は、半分は効いてないし、使わなくていいやって思ってたんですけど、使ったらいろんなことできるなと発見がありました。

 

◎頭でバランスをとってる

伊藤 腹筋が使えるとできることが増えますか?

 

奥田 左右のブレみたいなものが、あんまりなくなってきたかもしれないですね。バランスが取れるようになった感じですね。

 

伊藤 左右に倒れちゃう話は、リハビリでもありましたが、けっこう大きい課題なんでしょうか?

 

奥田 ずっとバランスボールに乗ってるみたいな感じなんです。体幹が効いてくれば大丈夫なんですけど。足伸ばしてバランスボール乗ってる状態ですね。

 

伊藤 あ、そうなんですね。それは大変ですね。今、椅子に座っている時もですか?

 

奥田 今はほとんど背もたれに体重をかけてます。

 

伊藤 背もたれがなかったら揺れてきちゃいますか?

 

奥田 揺れますし、後ろにパタンと倒れると思います。

 

伊藤 ああ、そうですか、全然分かってなかったです。

 

奥田 体幹のところはやっぱり伝わらなくて。ラーメン屋とかの固定の椅子とかあるじゃないですか、あれに乗るのがめっちゃ怖いです。支えがどこにもないんです。ずっとテーブル持ってます。芯がないです。ブレブレですね。

 

伊藤 ブレてしまうのは、足の重さがあるからということですか?

 

奥田 単純にお腹から下がバランス取ろうとしてないんです。赤ちゃんが最初バタンって倒れるのと同じかなと思います。

 

伊藤 そうすると、上半身って下半身の上に乗ってるっていうイメージですか?

 

奥田 ああ、乗ってる感じです。不安定な状態でポンって乗ってますね。最初は円錐が円錐が乗ってるみたいだったんですが、だんだんこの接点が広くなってきた感じですね。たぶん頭の動きでバランスを取っていると思います。顔を下に向けたら体が前に行っちゃうんで。ちょっと前に行ってるなと思ったら顔を上げたり、後ろに行ってるなと思ったら下げたりして、それでもダメなら手をつきますね。リハビリの時にそういう感覚だよみたいなのを言われて、あんまり理解できなかったですけど、だんだんできるようになりましたね。左右はまだ体の伸縮でバランスとれるんですが、前後は難しいですね。車に乗ってても曲がるときの遠心力に耐えられないですね。体だけ助手席のほうに行っちゃったりします(笑)

伊藤 肩こりませんか?

 

奥田 こりますね(笑)。上着を脱ぐ時が大変です。両手使えない状態が何よりも怖いんですよね。脱ごうとしている姿勢でバランス取れないんで…。片手でやってある程度いったら後ろから引っ張る感じですね。下を着替えるときは、ベッド上で寝ている状態でやります。T シャツを着る時に、完全に手がふさがった状態で後ろに倒れて、「これベッドのふちに当たったら死ぬな」と諦めたことありますね(笑)

 

伊藤 なるほど…でもこれまでに本当に大きな怪我はなく来ているんですか?

 

奥田 火傷くらいですね。ファンヒーターの前で何も考えずにYouTubeを見ていたら、足の甲に水膨れがでていましたね。

 

伊藤 痛そう…あ、痛くはないですね(笑)。でも組織は壊れているわけですもんね。

 

奥田 グロい映画を見ているような感覚ですね。「ひどい」ということが感覚で測れないので、感覚ないからこそ怖いですね。

 

伊藤 新しく始めたことはありますか?車椅子バスケは?

 

奥田 あんなにガンガンぶつかるのは想像できないで怖いですね…。でもやらない一番の理由は、もともとバスケットをやってたから、モヤモヤしそうだなと思って。勝手が違うので、思ったようにできなくてモヤモヤしそです。

 

伊藤 スポーツ以外だとどうですか?

 

奥田 めっちゃ本を読むようになりました。もともと営業をやっていたときも、当然知識はいるんですけど、まだ足で稼げるんです。やったらやっただけ結果が返ってくる感じでした。でも今は、CPUだけで戦わないといけない。 

 

伊藤 なるほど。

 

奥田 そういう状態になったときに、これは勉強しないとダメかもな、と思いました。体が動かないなら頭を鍛えないとちょっとやばいな、と。哲学の本とかも、何言ってるか全然わかんないけど読んだりしますし、単純に興味あるものだけ読んだりもするし。

 

伊藤 旅行も行かれるんですか?

 

奥田 けっこう行きますね。新婚旅行に行っていなかったんで、ドイツとオランダに行ってきました。飛行機はトイレが大変でしたね。揺れるし、寝れないし。

 

伊藤 ヨーロッパだと道も石畳だしなかなか大変ですよね。

 

奥田 そうですね、平気で駅のエレベーター壊れているし(笑)

 

伊藤 (笑)あの、すみません、初対面でこんなこと言うのも失礼かもしれないんですが、奥田さんってあまり怒ったりしない方なのかなという印象なのですが…。

 

奥田 怒ることはあまりないですね。しょうがないよね、って思ってましたね。街の中で怒ることは…そんなにないですね。30歳を過ぎて落ち着いてきたからかもしれないですが。

 

伊藤 なるほど。

 

奥田 しょうがないって思っちゃだめだよね、という思いもあって。そういう事業をできたらいいよね、という話を友達としたりしています。インクルーシブデザインや啓蒙活動をしていかないとまずいよね、とは思います。デザインする人にどう視点獲得してもらうかを考えたいですね。

車椅子も、四輪になっているのが邪魔なんですよね。小さな前輪はバランス用なんですけど、これがなかったら段差も超えられるんですよね。二輪でバランスとれたらすごくいいですね。

あと、自動で車に乗ってくれる車椅子とかあったりするんですけど、別にそんなことしてほしいわけではなくて(笑)。自分が車に乗って、そのあと車いすを乗せるっていう時間が嫌なんですよね。自分で乗せるのが嫌なわけじゃない。車椅子に座った状態で車に乗れるとか、そういうふうにしてほしい。

 

2025/6/17 東京科学大学大岡山キャンパスにて