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Y. I.さん

1年前に喉頭を摘出したY.I.さんにお話をうかがいました。事前にたくさんのメールをくださり、当日はそれをもとにタブレットを使って会話をしました。3時間くらい一緒に時間を過ごしたのですが、とても不思議かつ感激したのは、最初は気管孔からもれる空気の音にしか聞こえなかった「ヒュー」や「バフッ」が、だんだんIさんの声(「そう!」や「笑い声」)に聞こえてきたこと。その人の人柄やふるまいのパターンがわかると、それが声という形で感じられるんだと実感しました。ひとつひとつのIさんの言葉づかいがとても素敵で、事前と事後にいただいたメールもあわせて公開させていただくことにしました。じっくりお読みください。


Y.I.さんプロフィール

51才女性。食道がんで喉頭を摘出(2019年10月悪性告知、20年3月中旬国立がん研究センターにて手術)。従来の肉声を失い現在食道発声訓練をしながらタブレットの文字入力や筆談機、手話やジェスチャーで会話している。


2021/3/18のメール「肉声の無い日常の感覚」より

・肉声は出ない、というより見えない
分厚いガラスのせいで届かない感じ。
(夢の中では普通に喋れるだけに)
・言葉と感情表現に強弱や柔軟さが
出にくいもどかしさが。
・咄嗟に話し掛けられたら、会話に
置いていかれないかと常に緊張がある。
・喋れていた時の記憶に触れるのが
未だに辛い。(歌番組やCDからは
適度に距離を置いている)
・術前と術後、線引きされ別の世界を
生きている様で明日目が覚めたら
これは奇妙な夢でした…とならないか
未だに毎日夜眠る前に思う。
・声や言葉は今迄は空間に広がるものが
見せるものになり、視覚表現が大切に。
・手書き筆談=言葉や意識が輪郭を持つ


2021/3/19のメール「喉頭摘出後に出てきた考え」より

《声が無ければ見た目が全て》

・魂が入り動いている身体は
車を運転するのに似る(自身は無免許)
・動作の強弱、速さ、表情、服装など
が情報になる(舞台で言葉一切無く表現する踊り子さんを見ると特に感じる)
・喋れない身体はクラクションを
出せない車と同じに思う。
・伝える事に必死になり過ぎて
みっともなくなっていないか気になる。
自身の身体表現は外側から意識しないと
見られないので(走行する姿を車を含め
自分では見られないのと一緒)。


《術後の心身の接し方とこれから思う事》

・やはり辛く哀しい現実だと感じる。
でももう元には戻らない。
・抗がん剤で脱毛後はウイッグ使用、
脱毛中は髪が散らない様黒い不織布の
ケアキャップに黒いターバン巻。
髪質も変わり直毛→癖毛になる。
変化前の自分へのこだわりを無くせば
生きやすくなる。
・自分の髪の代わりにウイッグ、
みたいに無いものは外部から…の感じで
肉声を借りたり創り出したりして
理想の声を手に入れられないか。
・食道発声は単音発声言語向きらしい
○仏語独語 ✕中国語
日本語以外にも目を向けるのもあり?
・気管孔のある喉元を保護しての
服装やお洒落をする
・厳しさや課題をを可視化し、
どう扱うのかを探りたい。
・伝達方法を新しく作る中で
正解を求め過ぎないようにしたい。


2021/3/20のメール「悪性告知~心身を保つ背景」より

・風邪とも違う飲み込みが苦しくも
(19年8月)耳鼻科で異常が見つからず
食道外科で検査。同年10月中旬に
悪性告知。ショックはありながら
日常を停滞させたくない、落ち込みで
動けなくなりたくない思いが強かった。
告知日はその足で浅草ロック座へ。
感激で悲しみはかなり中和された。

・ドラッグストアで登録販売者だった
(〜20年3月中旬)時から(今は会話不可の
為同じ職場で品出しに職種替え)
薬の働きには訳がある様に不安や辛さは
何故なのか?と引きで見て負の感情に
呑み込まれない様にしていた。仕事も
手術入院前日迄出勤した。

・舞台(ストリップ)鑑賞、美術鑑賞が
主な趣味。薬効の案内の仕事の概念を
応用し、美と色香の魅力を囁くtwitterを
ほぼ毎日更新。考えを文字制限内に纏め
日々締切がある、名前と人格を持つ場所が他にある事で意識を整えられて現在も
大きな救いに。
結果的には文字入力に頼る予習にも。

・ステージや芸術展示(アンティーク、
浮世絵、日本画、現代クリエイション)など今は可能な限り出掛けている。
あの頃は良かった、で記憶が固定する
のが本当に辛い。興味あるもので積極的に過去の上書きをする。舞台鑑賞では
曲の歌詞が自身の厳しい心境に重なる事もしばしば。それでも流す涙が踊り子
さんの美しい姿の情景に昇華されて
観終わった後には清々しさが。

・ストリップの舞台で男装や多様な
ファッションに接し、副作用で脱毛時の
ウイッグ着用や着られる服装の変化にも
余り慌てなかった。又劇場の空間を
ヒントにして日常でも気持ちに舞台裏や
暗転を作り辛い時には籠もる、心を
閉める、その場から離れる(液晶画面の
情報や報道を極力見ない)などして
気持ちを守っている。


2021/3/21のメール「抗がん剤副作用の話」より

19年12月下旬5日間 1回目抗がん剤投与
・年明けすぐ脱毛始まり驚く
 洗髪の洗面台や枕カバーが黒くなり
 入浴時以外ケアキャップ使用
 頭皮が痒い、齧れたりなどはなかった
20年 1月中旬同日間 2回目投与
・だるさ吐き気が出始め肌がどす黒く
 なる。爪も紫色っぽくなり、身体の
 あちこちが抜け落ち朽ちて行く
 自身が立ち枯れる植物にも思えた。
 治療を我慢すれば何とかなるかもと
 余り落ち込みは無かった。   
・1月下旬頃から塩味がしなくなる。
  2月初旬同日間 3回目投与
・頭皮に残る髪が2割程度に。
・甘さや香りも感じにくくなり、
 病院食が食べられない日も続く。
 (カップ麺やカロリーメイト類に頼る)
・次第に何を食べても味の無い
 澱粉質の塊の様にしか感じなくなる。
 食感もよく解らなくなる。
・巻き寿司(酢の味が程よい)は
 酷い時でも比較的平気だった。
 食べないと、という時は匂いや
 味の記憶と喉や歯や舌触りで
 食感を思い出して目の前のものに
 結び付け味わう。
・好きな食べ物は味覚障害の時には
 食べないでいた(美味しくない記憶に
 なると言われて)正解だった。
・初投与から約2ヶ月余りで頭髪、肌、
 爪に味がおかしくなり7、8年分
 一気に年取った感じが。
・入院時は体調不良の苦痛で長く、
 その間の退院後の仕事や生活は
 あっという間で短期間に両極端な
 時間の感覚があった。


2021/3/22のメール「食道発声、練習と現在」より

・食道入口部の粘膜を声帯代わりに
取り込んだ空気の逆流で振動させる。
=人為的なゲップに音を付ける。
・母音あいうえおから練習中。
"あ"も未だすんなりと出にくく、
3音以上の発声は息が続きにくい。
おはよう、こんにちは、ありがとう、を
身振りと一緒に発音しようとすると
おは、こん、あり、など出ても2音に。
・自分に音が聞こえているのが
(骨伝導)他の人には発声が殆ど認識
される迄になっていない。
(録音をしたら息を吐く音だけが多い)
患者会で指導する方は対面会話や
電話も普通に出来て、目指す姿。
(男性60代後半〜80代)
毎日10分以上は発声を練習。
喉やお腹に力が入り、集中して
続けると息が切れてしまう。 
・食道発声は自身には声を出す、
よりも声という意識の塊を吐き出す
感覚がある。


2021/3/22のメール「喉頭摘出後と気管孔」より

《気管孔について》
・普段はガーゼ状のエプロンを
首から掛けて保護。入浴時は
水が入らない様にタオルを首に巻く。
・開いた口と同様、粘膜〜肺に
直結しているので乾燥や冷風は辛い。
花粉症シーズンは少しムズムズ感。
なので冬は加湿に気を付けて夏でも
首回りもストールなどを巻く。
・術後は鼻の機能が落ちた(泣いた時
以外は殆ど鼻汁が出なくなり味覚に
支障ない程度に嗅覚が鈍くなった)分、痰が気管孔から出る。口から吐いていた
息もここから出る。痰が溜まり苦しく
なる時には強く息を吐いて痰を出す。
鼻水と似た様に乾燥している時には
色の濃く固めで、今の花粉症の時期は
水っぽくサラサラした痰が出ている。


2021/3/25のメール「視覚言語情報との関わり」より

《視覚言語情報との関わりと調整》
・入力会話で相手を待たせない様に
可能な限り言葉の字数を少なく伝える
にはどうすれば?を常に考えている。
文字の大きさは頻繁に変えられず、
強調したい感情や事柄に絵文字を
入れたり!を付けたりでも伝えきれず
手書きにする事もある。
・文字を見る入力する機会が増え、
日常で無意識のうちに文字が目に
飛び込んで来るのに疲れた。
(スーパーやドラッグストアで棚の
商品パッケージの圧のある主張の声や
空間が騒がしく感じる。意識を落ち着け
たい時は無印良品の様なお店に行ったり
(無地の壁を見たりも)読みたい文字情報とそうでないものの振り分けをする。
・部屋でも目の高さにある本棚の本を、
見たい平表紙以外背表紙を裏にして
並べたら視界が心地良くなった
自分が解ればいいので。


2021/3/28のメール「肉声喪失の悲しみ辛さ」より

・声が無くなるリスクの了承か否かの
本格的な話は手術1週間前。翌日回答。
残り時間が無さ過ぎた。もう出来ない事
(泳ぐ、楽器を吹く、思い切り叫ぶ、
音声再生データ用に50音録音など)を
やっておけば良かった。身体の見える
部分が切断され無くなる様な心境。
一応声は挨拶やメッセージで残しても
術後は辛くて聞けていない。

・中学コーラス部、高校放送部に。
声を出すのが好きで朗読や電話対応を
褒められる事も。勉強や仕事で将来の
為に我慢したり頑張ったりの事の
多くが通用しなくなり虚しい。

・4歳頃から夢の中で連れ去られそうになり、周囲に助けを求めても声が出ない
情景や先の日常で起こる事を頻繁に
見ていた。(病院の待合室や出逢う人、ICUで目が覚める所も)術後は声の出ない
夢は全く見なくなり夢では喋れている。
何度も警告があったのに声を犠牲にして
守れなかった事は、不注意で親しい人を
死なせてしまった罪悪感はこういうものかと。償いになる様な事を生きている
うちにしなければいけないと。

・名前を呼べない、外で同じ事をするのにもエネルギーを使う、過去の良い記憶も今の状況と比べてしまい苦しいものになる事が多い。


・頑張る、乗り越えるなど意識に圧を
掛ける事は疲れるのでしない。辛さを
糧に、とかも自身には無理。違和感からの気付きでやれる事や具体的な事を地道にやりながら過ごす。

・過去を認識するから辛くなる。線引きの良い方法は無いか。(学生時代に容姿で
心身を脅かされるいじめを受け、その
記憶を切り離すのに20代〜30代大幅な
減量をして見た目を変え積極的になり
昔の嫌いな自分と離れられた)地続きの時間を象徴するものの書き換えをすれば
生き易いという体験をしたので考え中。


2021/3/29のメール「ろうの方との出逢いと再会」より

・社会人1年目、事務職の都内の職場で
ろうの方と一緒だった(1990~91年)。
女性で10歳位上。仕事の段取りも良く
食事や海外旅行、ミュージカルなども
楽しむお洒落な方で色々教えて頂く。
自身の斜め前の席でもありよくお喋りを
していて、筆談と簡単な手話(挨拶など)での会話が日常的になる入り口に。

・職場を変わり2年位手紙のやり取り後
連絡は自然消滅。何と2012年、
和装販売接客の仕事をしていた
川崎のテナント内で再会。
手話をする姿でもしや?と思い
声を掛けたらそうで、嬉しかった。
結婚されて小学校高学年のお子様と
ご一緒。自身の名札ですぐ気付いて
くれて思い出話や近況を紙での筆談。
明るく優しく、積極的に交流を
されて人生を進めてゆくこの方の事は
とても印象的で今でもよく思い浮かぶ。


2021/3/30のメール「細い喉の呼吸と飲食」より

・いつも首元を軽く締められたり
溺れて気管に水が入った様な苦しさが
どこかあり、術後呼吸が気にならない
日は未だ一度も無い。寒さや強風で
傷が引きつる時は首に針金が入っている
様な感覚になる。
・日や時間によって喉奥が時折ひどく
キツくなる事が今でもある。
その時は口を軽く開けたり意識上で
緩めたりして(苦しさを和らげる薬は
無いので)やり過ごす。水面で口を
開け閉めする金魚にちょっと親近感。
・飲み込みは一口ずつ程度からを意識
しながらでないとむせ返り苦しくなり
"喉越し"を楽しめない。
・飲食後間も無い(1時間後位)時に、
うっかり下を向くと液体が口や鼻から
逆流してしまう。
・苦しい時の痰の排出は吐く息が
強くないと出来ないので、"シュー"と
いう音で驚かせてしまう事も。
・声帯を取った代わりに別のものが
取り付けられた様な違和感には今後も
なかなか慣れなそう。
・女性で同じ症状の人には未だ
出逢った事が無い。 


2021/3/31のメール「探り聞かせる言葉と声」より

・今のこの時、と少し先の感情と
それに当てる言葉を無意識に脳裏に
複数浮かべながら(いかに短くて的確な
ものはないか)いつも会話をするので、
たまに疲れそうになる。
・意味を持たない好きな言葉で例えば
"にょ!"がある。(ひょっこり出てくる、
動作に力を入れるよいしょ、的な感じ)
声は出なくなっても脳に聞かせたい、
認識させたい言葉や感情が常にあって
意識中の声を発している。
こういう時には口が自然に動いて食道の粘膜も震える。街猫や気に入っている
ぬいぐるみにも意識の声で話し掛けて
しまう事もしばしば。話し掛けたり
発したりしないと感情がどんどん
平たく鈍感になってゆくのではないかと
思ったりもする。


4/1 横浜のカフェにて初めてお会いする。

天井が高くて白い空間。床はフローリングで歩くとカツカツと音がひびく。エントランス、ギャラリー、とそのままカフェにつながるつくり。ガラス張りで外の車の往来や歩道橋が見える。

学生2人も同行。Iさんはギャラリーの奥で待ってくれていて、私たちを見つけるなり近寄ってきてくれる。Iさんはタブレットで、私と学生たちは声で会話。あらかじめ入力していた文字と、その場で入力した文字を見せてくれる。

「初めまして。素敵な機会を設けてくださりありがとうございます!今日はどうぞ宜しくお願いします❤️」

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私と学生たちはランチを、Iさんはグリーンスムージーを注文して席につく。が、すぐにIさんが苦しそうな様子に。

「座ってからですみませんが」

出入り口のそばで外気が入るため、苦しいとのことをジェスチャーで伝えてくれる。もう少し奥の席に移動する。

「喉元が食道再建で細くなり鼻の機能が気管孔に来たんです。痰や鼻汁?のかわりがたまるんです。気管孔は穴からすぐ粘膜に。なので風や乾燥は大敵でミストスプレーを持参(中は普通の水)。あとウィンプロンというものをつけています。喉にマスクをしている状態です。」

Iさんがタブレットに書き込んでいるあいだ、3人は「へー」「なるほど」とうなずきながら聞いている。Iさんはある程度テキストがたまると、机の上のものをどかして、タブレットをこちらに向けて見せてくれる。

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 (かしまさんによるメモ)

「術後初めての外来診察で電子カルテにちらっと切った部分も写真が見えましたが、正視できなくて泣きそうになりました。遠目からはキクラゲみたいでした。転移が心配なので声帯と片方の甲状腺をとりました。声がなくなるかも、の本格的なお話から1週間です。これを逃すと、科をまたいだ先生が集まるのがもっと先に、次は大型連休明けだと。伊藤さんに思いきってメールしたのが一年前のこの手術の日で、去年の今日は退院の日。なので最高の上書きができました。」

「そうだったんですか!それは嬉しいです。じゃあちょうど1歳なんですね。でも1歳には思えないですね。ものすごく濃い1年だったんじゃないですか。」

「実際、手術後すぐ、集中治療室で意識が戻って2日から3日は全身痺れがひどく、現実を見るのも怖く、目が開けられなかったです。痺れや痛みを訴えても薬がないらしく、とにかく力抜いて、深呼吸してくださいと言われて。その間病室が変わったりして落ち着きました。」

「前もっていただいたメールにも、夢の中ではしゃべれているとありましたね。この現実に帰りたくない、というか。病院も今年はコロナで大変でしたよね。ゴールデンウィークは一番大変なときだったんじゃないですか。」

「入院中に院内で感染が出てニュースになりました。2階上で、イタリア帰りの面会患者家族からだそう。」

「それはたまらないですね。自分のことを1週間で決めて、それで集中したいのに、世界中を巻き込むパンデミックの影響が自分のすぐそこに迫っている。すごいストレスだったんじゃないでしょうか。」

「こんな状況で病院から外界に出るのが怖かったです。呼吸も今より全く安定していなくて、呼吸がうまくいかず、血の気が引いて視界が黒くなるのを初めて体験しました。不安とかも大きな要因ですね。」

「つねにハアハアしているような感じですか?」

「はい」

「発声のまえにまず呼吸の練習が必要ですよね。」

あの、事前のメールのやりとりで、この1年間本当にいろいろなことをやられていて、1日もじっとしている日がなかったのではないかと思います。で、ちょっとびっくりしたのが、趣味でストリップを見に行かれるんですね。」

(バフッという空気音。あとから笑っているということだと分かった。)

「どういうきっかけでストリップにハマるようになったんですか?」

「メディアに多数出ている女性の美しさに違和感があったんです。それで、リアルな表現に触れたい気持ちから、グラビアアイドルから転身された方のストリップ転向で足が向きました。彼女さんと同じステージに出ていた踊り子さんで、キャリアが凄く表現が素晴らしい方に衝撃を受けて鑑賞が続いている。一番敬愛する方でこの世界では現役でのレジェンド。」

「ストリップの女性のほうがリアル、というのはどういうことですか?

「体温を感じるんですよね。」

「抗がん剤で、去年の春はウィッグをかぶっていました。あれはステージがすごくヒントになりました。髪質が全く変わりました。太くなった。美容師さんに聞いたら抗がん剤経験者は皆さん癖が強くなるそう。」

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「食道発声に関してなのですが、事前のメールで、食道発声は「声を出す、よりも声という意識の塊を吐き出す感覚がある」と書かれていますよね。この「意識の塊」というのはどういう感覚なのですか?」

「食道発声はお腹に空気を留めて1回止めて粘膜を震わせて吐き出す。お腹にためて「話すぞ」と意識して出すので、文字通り意識を吐き出す感覚です。」

かしま「生クリームを袋からちょっとずつ絞り出すような感じですか?」

(空気がヒューともれる音)「そうです。」
「コーラスの腹筋の要領に近いですね。まだあいうえお、や、あかさたな〜がやっと出る感じでおはよう、も頭2音のおは、が出ても後ろは未だ出きらない。単音ごとに出し切ると息切れするので一息の中に5単語以上音があるのが本当は理想です。食道発声を初めて見知った時は正直、凄い"芸や技"だと思いました。電話が出来て歌も唄える人がいるので。

よこい「以前、大学の授業で尺八を習ったときに、先生に言われたとおりにやってるのになかなかうまく息を続けられなくて難しかったのを思い出しました」

「よく分かる感覚で、空気圧を加えて音、声を出そうとするのに出せない、習う方と同じように姿勢や吐き方をしているつもりなのに、はよくあります」

「なるほど。あの、すみません、さっきからタブレットに入力するときに右手を「電話してね」みたいな感じで、左右に振るのはなぜですか?」

「(えっと…)これは考えるときの癖ですね。手術前にはなかったものです」 

「おもしろいですね!Iさん自身にとっては考えるための動作なのかもしれないけれど、まわりの人からするとIさんの体の状態が外にもれ出てくる感じです。ろうの方も手話で独り言を言いますが、それにちょっと似ているなと思いました」

「事前のメールにも、「にょ!」という自分にかける掛け声が生まれたと書かれていましたよね。声って人に何かを伝える道具だと考えられがちだけど、それだけじゃなくて、自分にはたらきかけるものでもあるんですよね。自分に声をかけることによって、思い通りにならない体や心の状態を整えることができます。そのことに気づかされました。」

にょ!、は小動物が出た!のような感じ。よいしょ!よりも圧が緩めの動作音の声掛けの感覚。同伴犬って呼んでる、気持ちを落ち着かせるために持っている小さい犬の人形があるのですが、それがひょこり出てくるような感覚です。この仔は抗がん剤闘病に手術入院の時から傍らに居てくれて支えになっています。

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「なるほど。めちゃくちゃ面白いですね。肉声はなくても声はあるわけですね。そしてこの同伴犬のワンちゃん自体も、Iさんの心の状態をととのえるためのものでですね。」

「事前のメールで、肉声を失ったことで、視覚の分量が増えた、と書かれていましたよね。文字を見たり入力したりする機会が増えたことで、無意識のうちに文字が目に飛び込んで来るようになり、それに疲れてしまう、と。これも意外な変化でした。」

「電車に乗っていて路線図とかが目に入ってきてしまって疲れます。そういうときは無地の壁を見るようにしています。エスカレーターに乗っているときも横の無地の壁を見ています。視覚情報がたまると、初期化したくなるんです。」

「テキストの入力自体はストレスはないですか?声でしゃべるときは、自分で言ったことに触発されて次に言うことを思いついたりしますが、そういう生まれてくる感じ、ライブ感みたいなものはタブレットでもありますか?」

「あまり変わらないと思います。ただ、今は言葉を見てもらって相手の方の動作を止めてしまうので、何かをしながらおしゃべりができたらいいなと思います。あと副作用で髪や味がなくなって、生活を続けるのに、今の自分の記憶や替えで過ごしたりしていたので、声も食道発声の他に理想に近い声を創れたりもてたりできたらいいなと。」

「確かに、何かをしながら話せるというのは、声の力ですね。時間を共有することができますね。」

「でもこうやってIさんと時間を過ごしていると、とても不思議なのですが、Iさんの声がだんだん聞こえてくるような気がしてくるんです。私はそのことにさっきから感動しています。最初は「ヒュー」という空気がもれる音にしか聞こえなかったものが、「そう」と言っているように聞こえてきたり、「バフッ」という圧のある音が、笑い声に聞こえてきたり。こんなことがあるんですね。長い時間を共にすると、タブレットをこちらを見せてくれるときの見せ方にIさんの人柄を感じたり、こういうときにこういう表情をする、というパターンが見えてくるので、ひとつひとつの動作や空気音が意味を持ち始め、だんだん「言語」ができてくる気がします。それが声として聞こえてくるような感覚になっているんだと思います。この経験は本当にすばらしいものですね。」

「ちなみに、Iさんのもともとの声はどんな声だったんですか」

「声質でいうと清水ミチコさんとか吉田羊さんですね。」

「あ、意外と低い声だったんですね。勝手に高い声を想像していました。まあ、私が聞いたと思ったIさんの声はもちろん私が作ったイメージなんですよね。ということを突きつけられた感じがします(笑)」


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2021/4/2のメール「喉の意識と振り返り」より

あの後の気付いた事をお伝えします。
・普段の話し方やトーンは
NHKキャスターの井上あさひさんに
近いと思います。(清水ミチコさんの
声質とキャラからは中森明菜さん、
矢野顕子さん、薬師丸ひろ子さんらが
好きで声が出しやすく唄い方をよく
真似ていました)
・カシマさんの書き取って下さった
伸びやかでユニークな曲線と情景の
雰囲気が"にょ〜ん"とした感じで
とても面白くて素敵です。
数名の方と対面で3時間近く
お喋りするのは初めてで術前よりも
"肌で聞き耳を立てて"いました。
"喉から手が出る"の言葉に近い
気管孔から"意識の声の手"を伸ばして
言葉を伝えようとする感覚だった事に
カシマさんの絵を思い出す中で
気付きました。
文字入力する右手と喉元からの意識の
声の手とさながら二足歩行で会話を
歩く感じです。
・ヨコイさんとのお話から唄う事や
吹く事の意識の工夫が自身の声の
出し方とも繫がり、食道発声も楽器
演奏法の習得に近いかなと思いました。
・マスクをするのをすっかり忘れた
状態で(失礼しました!)口が
覆われていない事や自然に動いていた
事もあり音声ミュートでも声が届いて
喋れていた様に思い、皆様との和やかな
雰囲気の中ならではの感じ方でした。