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さえさん

OriHimeパイロットのさえさんにインタビューしました。OriHimeとは、オリィ研究所が開発する分身ロボット。さえさんは、身体表現性障害を抱えているため、外的な光や音のような刺激や精神的なストレスにさらされると吐き気などの症状に見舞われてしまいます。そのため外出ができない時期が10年ほど続いていますが、1年半ほど前からOriHimeを使ってカフェや書店で仕事をするように。

さえさんによれば、OriHimeを使うとものすごくその場所に「いる」感じがするそう。これはテレビ電話やオンライン会議にはない感覚で、つまり「いる」とは「沈黙しててもいい」ということなのではないか。世界が一方でリモートに向けて加速し、他方で「身体性の喪失」が嘆かれる今、体の可能性、いるということの意味についてたくさんのヒントを与えてくれるインタビューでした。


 ◎グレーの中で生きていかなきゃいけない

伊藤 今は体調はいかがですか。

 

さえ 今は大丈夫です。午前中がわりと体調が悪くて、午後の遅めの時間から動けるようになります。

 

伊藤 よかったです。さいきんはどんな生活をされていますか。

 

さえ コロナの件があって、みなさん生活が変わったと思うんですが、私自身は、病気になってからは、外出がほとんどできない期間を10年くらい送ってきたので、生活はあまり変わっていません。逆に家で楽しめるコンテンツやオンラインツールがどんどん増えたので、家でできることが増えているかな、という感じです。

 

伊藤 なるほど。そのあたり、まさにうかがいたいと思っていたんです。私は体について研究していたんですが、コロナになってから、そこで体として捉えていたものがずいぶん限定されたものだったなと気づきました。現実に会ってやりとりする面白さも体ならではなのですが、でも現実に会わない体の可能性というものあって、そこを考えてみたいなと思ったんです。それで、さえさんに声をかけさせていただきました。

少し整理させていただくと、10年前に病気が見つかった、という感じだったんですね。

 

さえ そうですね。ふつうに大学を卒業して、会社員として3年くらい働いていたんですが、働いている最中に、症状が出始めました。無理して会社に行っていたんですが、私の場合は最終的に吐き気が症状として強くでてきて、さらにめまいも出てきてしまいました。それで、電車に乗れなくなってしまって。退職して治療を始めました。今は、「身体表現性障害」という診断がついていますが、そのころは消化器の症状が主だったので内科などの病院に通っていました。今は大学病院に通って、いろいろな科からアプローチしてもらっています。症状を消すというのは難しいと言われていて、薬などで症状を抑えながら日常生活を送れるように工夫しています。

 

伊藤 表現性障害についてよく知らないのですが、「表現」というのは、何を差して「表現」と言うのですか。

 

さえ 私の場合は、外的な光や音のような刺激や精神的なストレスが、本人はあまり自覚していないのに、体の症状として出るんです。刺激やストレスが、気分障害といった形で出る人もいると思うのですが、身体表現性障害の場合には、体の症状に直結して出てくるんです。

 

伊藤 なるほど。すると刺激やストレスそのもの以上に、それに対する体の反応が、日常生活の障害になってきますね。

 

さえ そうですね。症状の強い弱いの変化はありますが、基本的に二十四時間吐き気はしています。車酔いの状態がずっと続いている感じですね。なので、その状態から乗り物に乗ったり、遠出をしたりというのが難しくなるから、障害になるという感じですね。

 

伊藤 なるほど。めまいもあったら立ち上がれませんよね。

 

さえ めまいがでると動けませんね。

 

伊藤 診断されるまでに時間がかかったというお話でしたけれど、診断されてどうでしたか。納得感はありましたか。

 

さえ それまでは色々病名がついて治療しても効果がなかったんです。機能性のものだとずっと言われてきた。だからやっぱり病名がついて、治療ができるというのは安心感はありました。ただ、ストレス的な部分というのは、自分でも自覚がなかったので、「ああ、そっちだったんだ」と驚きました。

 

伊藤 いま、ご自身の体ってどんなふうな存在ですか。体ってそもそも自分のものだけど自分のものじゃない、というところがあって、多かれ少なかれ思い通りにならないものだと思うんです。でもさえさんのように、原因を自覚していないストレスに対して体が大きく反応する場合、思い通りにならないことに対する向き合い方がどんなふうになるのかなと思いました。

 

さえ 3年くらい前に、症状がコントロールできなくなって、入院したことがあります。そのときに、今の病名に変わりました。私は健康なときも経験しているので、あのころに戻りたいという思いが強いですね。ままならないんですよね。自分の中で思い描いていた自分ができることと、今の体のギャップがありすぎて、元気になりたい、前のようになりたいという気持ちが、最初のころはとても強かったです。それを、目標にしてがんばってきました。でも、体のことにしても何にしても、白黒つけられたらすごく楽だけど、実際にはグレーの中で生きていかなきゃいけない。体も疾患をかかえて、その状況のなかで生きていかなくちゃいけない。そういった状態と常に向き合ったまま生きていく強さとかしなやかさが必要なのかなと最近は思います。

 

伊藤 グレーって本当にそうですね。ついつい白黒つけたくなっちゃうけれど、実際にはそれは何かを騙していたりとか、見逃していたりすることが多いですね。

 

さえ そうですね、うまく体の機嫌をとっている感じですね。

 

伊藤 面白いですね。機嫌をとる何かよいテクニックがあったりするんですか。

 

さえ 難しいですね。ひどくなっちゃうとどうしようもできなくなっちゃうんですけど、ひどいなりのリズムを掴むというのがすごく大事で、無理して環境にあわせるんじゃなくて、なるべく自分にあった環境を作っていく必要があります。仕事でも何ができて何ができないかを伝えておく。いまは、そういったこ声を聞いてもらえる場所で働いているので、自分の体と実験しながら働いているという感じですね。OriHimeを使って働くことじたいがまだ実験的なものだけど、自分の体とのつきあい方も実験で、OriHimeを使って自分なりの新しい働き方を実験させていただいているような感じです。

 

◎そこに「いる」感じ

伊藤 なるほど。OriHimeで働き始めたのはいつごろですか?

 

さえ 1年半前に日本財団のなかで期間限定で行われたのカフェで働かせてもらったのが最初です。場所を変えて、昨年の10月、今年の1月、計3回やらせてもらいました。あとは、実験的に、本屋さんでOriHimesで売り子をしました。道ゆく人にOriHimeで声をかけて売るという。

 

伊藤 すごい挑戦的ですね。売り子なんて難しそう(笑)。

 

さえ 売り子は楽しかったです。あとは、もともと学生時代にスターバックスでアルバイトをしていたので、そこでのご縁で、コーヒーテイスティングのお仕事をさせていただいたりしました。他にも、小学校の授業に参加させていただいたり、ちょっと変わったお仕事だと、今年の1月に渋谷のセルリアンタワーの中にある能楽堂で、市原悦子さんの追悼朗読会があったのですが、そこで朗読をさせていただきました。能楽堂は、お客様がチケットを買ってきてくださるところだったので、緊張しました。

 

伊藤 ものすごくいろいろな現場に行かれてますね。その中でも、いちばんさえさんに合ってる場所というとどこですか?

 

さえ 10年くらい働けなかったので、どんな仕事も楽しいです。家族やお医者さんとしか話さない生活をずっと続けてきたので、外の人とお話できたり、少しでも社会に参加できているだけですごく嬉しくて、そこからやりたいことを見つけられるといいね、と言ってもらっています。なので、いま探している最中です。

 

伊藤 いいですね。いい付き合いかたですね。

たとえば分身ロボットカフェでは、何人かの人と一緒に働くという形だったと思うのですが、具体的にどんなお仕事を担当されていましたか。

 

さえ 小さい23センチのOriHimeと、大きい120センチのOriHime-Dがあります。大きいOriHimeは可動式なので、受けた注文をお客様にお運びします。小さいOriHimeは主にテーブルでお客様の接客を担当します。そういう分担があるなかで、だれがどっちのOriHimeということは決まってないので、シフトの時間ごとに機体を入れ替わっていくという感じです。

 

伊藤 機体を入れ替わっていくってすごいですね(笑)

 

さえ 働いている途中に具合が悪くなったら、また別の誰かが一瞬でそこに入るという感じです。去年の10月のカフェのときに大きな台風が来て、東京も浸水して大変だった日がありました。あのときも、生身のスタッフさんはみんな店舗に来られないけれど、私たちは全員出勤できる状態でした。お店はお休みだったんですけど、そういうときは体で行かなきゃいけないのは不便だねってみんなで話していました(笑)

 

伊藤 体、不便ですね(笑)。OriHimeを使う場合も、「出勤してそこにいる」という感覚はあるんですか。

 

さえ そうですね。ありますね。初めてのときは緊張しすぎちゃって、OriHimeに入った瞬間に、電車に乗って吐き気が強くなるときのようなパニック障害のような状態になってしまいました。そのくらい「行っている感じ」は強いんだと思います。テレビ電話ではそういった症状はでないので。

 

伊藤 いまOriHimeに「入る」っておっしゃいましたけど、入る感じなんですね。

 

さえ そうですね。みんな「入る」とか、ガンダム好きな人は「搭乗する」とか言ってます(笑)。

 

伊藤 一般には「パイロットさん」っていう言い方がされていて、パイロットといってもいろいろあるからどういう感じなんだろうと思っていました。「入る」っていうことは、OriHimeが体の延長という感じなんでしょうか?

 

さえ 遠くから自分の体を動かしているみたいな感じはすごくします。

 

伊藤 なるほど。それって…カフェでお仕事をするときなどは、現地に物理的に行かれたことはないわけですよね。映像を通して現地の様子を見ていて、お客さんと目があったりもするのかな…?

 

さえ 目はあいます。OriHimeのおでこのところにカメラがついているし、首も自分で動かせるので、お客様の目を見たりします。「目をあわせて会話してくれてうれしかった」ってお客様に言われると、すごく不思議な感じはします。向こうの方もそう思ってくれていたんだなって。

 

伊藤 すごいですね。ドキドキしますね(笑)。入っている側は強く目があっていることを感じそうだけど、お客様も感じるというのが面白いですね。ということは、お客様も、これは物体としてのロボットではなくて、中に人がいる、心がある、と感じているということなんですかね。

 

さえ そうですね。よく言われるのは、テレビ電話とかZoomとかとそれほど変わらないだろうと思って来たけれど、体験してみないとわからない違いがある、ということです。面白かったのは、接客そっちのけで、同じくらいの年齢の主婦の方たちと3人で話し込んじゃったんですけど、帰るときに、「ファミレスでふつうに友達と話しているみたいだった」っておっしゃって(笑)。なので、そこにいて、一緒にお茶をしているような気分になっていただいたんだと思って、不思議な感覚です。

 

伊藤 面白いですね〜。なんでですかね。

 

さえ テレビ電話とかだと、用事があるときに切らなくちゃいけなかったりとか、用件ありきでお話しするけれど、OriHimeって話さなくても、そこに置いておいてもらって、相槌打っているだけでもいいんですよね。テレビ電話と違って、そのまま存在をそこに置いてもらっていると感じます。

 

伊藤 なるほど。そこに存在しているということと、コミュニケーションをしているということは、実は結構違うことですよね。

 

さえ 違いますね。空間の共有みたいなのがそこにはあるのかなと思います。

 

伊藤 面白いですね。Zoomで話していると、コミュニケーションをとらなきゃいけないプレッシャーみたいなものがありますよね。

 

さえ そうですよね。話さなきゃ、とか沈黙が、とか(笑)

 

伊藤 Zoomで沈黙はきついものがありますね。OriHimeのように「いる」ができると、沈黙することができるというのはいいですね。

 

さえ たまに相槌打つだけでもいいんですよね。

 

◎関係がフラットになる

伊藤 身振り手振りのジェスチャーは、ボタンで操作されているんだと思うんですけど、あれはもう反射的にリアクションできる感じなのか、それとも選んで入力するという感じなんですか。

 

さえ 事前にいただいた質問に「身振り手振りのようなものか、絵文字的なものか」と書いていらしたのがすごくおもしろかったです。OriHimeの視点じたいは、見たい方向に画面をクリックするだけで動いてくれるんですけど、手の動きは、「両手をあげる」「パチパチ」とか画面の右側に選択式でボタンがあって、それを選んでアクションするんですね。絵文字っていう感じではなくて、自分自身の身振り手振りとの動作と連動している感じがすごく近いです。初めの頃は慣れていなくて、会話に合わせて大袈裟にジェスチャーボタンを使うようにしていたんですが、ジェスチャーで動くことよりも、OriHimeを使ったコミュニケーションが基本になるので、じっと目を見て話を聞いたり、適切なタイミングで頷いたり、相手の話を聞いてるよ、という感じを明確にするような仕方で今は使っています。

人によってジェスチャーボタンの使い方に癖があるみたいで、長く入っていると、誰が入っていると言われなくても、「ああ、あれは〇〇さんが入ってるな」と分かるようになります(笑)

 

伊藤 へえ〜癖があるんですね!

 

さえ 「こうすれば可愛く見えるよ」って情報をシェアしてくれるパイロットさんとか、あとはいかに時差なく自然に動いているように見えるかとか、みなさん個性的にOriHimeのジェスチャーを使っています。あとは、ふだん手が動かない方だと、OriHimeで手を振ったりできることが嬉しいとおっしゃっている方もいます。

 

伊藤 面白いですね。そんなに人によって違うんですね。

 

さえ 私は結構落ち着きがなくて、ちょこちょこ動いちゃって「あ、さえちゃんだね」と言われたりします(笑)。嬉しいと手をパタパタしちゃいます。

 

伊藤 となると、もはや「入力」という感じではないですね。

 

さえ そうですね。直感的に選択していますね。

 

伊藤 操作自体はスマホでされているんですか?

 

さえ スマホとiPadでやるときと、ノートパソコンでクリックしながらやるときがあります。どれでも自然に操作することができます。

 あと、いい年してるのでもうあんまり「かわいい」とか言われないんですけど、OriHimeに入ると、結構「かわいい」と言われるんですよね(笑)。分身なので、私の年齢で着たらアウトだなっていうような服も着せてもらえます。この前はメイド服を着ました(笑)。そういう冒険ができるのも好きです。

 

伊藤 すっごい拡張してますね(笑)。面白いですね。その自分をさらに超えちゃう感じって、バーチャルな空間のなかでキャラクターを作って人と交流したりするようなやり方もあると思うんですが、そういったことはやられたことはありますか。

 

さえ いま流行っている「あつまれどうぶつの森」はやっています。でもバーチャルな世界なので、その物語の世界のキャラクターであって、アバターっていうのとはまた少し違うかなと思います。

 

伊藤 あつもりで「かわいいね」って言われても自分が言われた気にはならないですもんね(笑)

 

さえ そうですね。OriHimeで言われるほうが、なんか気分がいいです(笑)

 

伊藤 お話をうかがっていると、お客さんとのコミュニケーション以前に、そこに「入っている」ということじたいが、とっても面白いですね。

 

さえ OriHimeに入ると、みんな見た目が同じなんですよね。体で接しないお付き合いをみんなでするので、ふつうに会社員で働いていた頃よりも、関係性がすごくフラットなんです。生身だと、男だからとか女だからとか、年齢が上だから下だからとか、障害があるからないからとか、そういったことがあると思うんですけど、OriHimeに入っている間は、会社に行っていろんな人と生身で接するより、フラットなんです。

 私は体の機能じたいは動くので、普通に生活していると、肢体不自由だったり車椅子で生活している人をお手伝いする機会のほうが多いんですけど、OriHimeだと、身体が動かしにくい方に私が助けてもらうことの方が圧倒的に多くて、いままでできるとかできないとか思っていたことの価値観がひっくり返ったというか。

 

伊藤 関係が変わるってすごく重要ですよね。あることについてはこの人が詳しいから助けて、別のことについてはこちらの人が詳しいから助けてっていうふうに、場面に応じて関係が自然に揺らぐことがすごく大切だなと思います。固定されてしまうとつらいですよね。

 

さえ そうですね。何というか、すごく楽です。あとは驚いたのは、文字だけでやりとりしていたのに、信頼関係が築けたことです。職場の仲間と、実際に顔を合わせてZoomでお話したのって、日本財団のカフェが終わって1年以上してからなんですよね。それまではオンラインの文字とOriHimeでのやりとりだけだったんですが、それでも仲間意識が芽生えたんです。それは初めてのことだったので、すごくびっくりしたし、面白かったです。

 

伊藤 面白いですね。見た目を知らないまま一緒に仕事をしていたということですよね。

 

さえ そうですね。プロフィールの写真とかは見せていただいているんですけど、実際にお会いしてはいないですね。

 

伊藤 言われてみると、確かに生身の体があると、その見た目によって無意識のうちに何らかの上下関係を作ってしまったり、たぶんこうだろうと決めつけてしまったり、そういう部分がありそうですね。

 

さえ OriHimeだとそういうフィルターが最初からなくて、それはとても良いところだなと思います。

 

伊藤 信頼ってどんな感じですか。仲間意識みたいなものですか。

 

さえ はい。仲間という感じが強いです。仕事での助け合いはもちろんなんですけど、そのあと交流が生まれて、会ったことないのにOriHimeで一緒に旅行に連れていってもらったりとか、外国のお客様が多いので英語ができるようになりたいねということで、Zoomで英会話を教えてもらったりしています。

 

伊藤 どこかに旅行にいくときというのは、本体を誰かが連れていくわけですよね。それで、連れていかれた先で、まわりの景色を見たりお互いに会話をしたりするという感じなのでしょうか。

 

さえ そうですね。「厳島神社にいるから入って」って言われて、入るみたいな感じです。

 

伊藤 「厳島神社にいるから入って」っていうフレーズのパンチ力がすごいですね(笑)

 

さえ 昨年末にはエストニアとフィンランドに行きました。インターンの子が旅行に行ったので、OriHimeで連れて行ってもらいました。ベッドの中からでも入れる(笑)。ずうずうしくお土産屋さんにも連れて行ってもらって、あとで送ってもらったりしました。生身と同じっていうとちょっと違うけど、でもすごく「行った感じ」がありました。たぶん知らない人にOriHimeを持たれて海外とかをただ歩かれたらそういう感じはしないと思います。そのインターンの子やパイロットの仲間たちと、わいわい話しながら街を探索したり、誰かと一緒にしたっていう気持ちが、「行った」っていう感じにつながっているのかなと思います。

 

伊藤 なるほど。「一緒感」みたいなものが大事っていうことですね。面白い。自分もいろいろやってみたくなりますね。

 

さえ 健康な人にも使ってみていただきたいとすごく思います。

 

◎OriHimeの写真を自分だと思う

伊藤 入った瞬間は、「入った!」という感じがあるんですか。

 

さえ ありますね。入ってログインすると、音とか映像が一気に流れてくる感じで、「その場に行った」という感じがすごくします。ZoomよりもOriHimeのほうが緊張するので、「その場にいる感」が強いんだと思います。

 

伊藤 その緊張感って面白いですね。行った感と緊張感ってつながっていそうですね。仕事じゃなくても緊張感があるということですよね。

 

さえ もともと10年くらいほとんど外の人と話していなかったので、人と話すのが苦手で、会議とかだと、たくさんの人がテーブルを囲んでいらっしゃるなかに、ポーンとOriHimeで入ったときに、「まわりに人がいて緊張するので抜けます」って言って抜けちゃったこともあります。何なのでしょうね、あれは(笑)

 

伊藤 やっぱり対人的なものなんですかね。

 

さえ 何なんだろう。テレビ電話とかだと、自分の顔も見えるので、その場に一緒にいる感じはないんですよね。でもOriHimeだと、その場に本当にいる感じがするので。

 

伊藤 面白いですね。「いる」って何なんですかね。全員が分身で会議をするときと、自分だけ分身でまわりがリアルという場合では、感覚としては変わらないですか。

 

さえ 変わらないですね。

 

伊藤 なるほど。OriHimeに近い経験って他になかなかないですよね。

 

さえ そうですね。初めてのことだらけで、どう説明できるんだろうっていつもすごく考えているんですけど、お客さんにも「体験してみてください」と言っていますね。

 

伊藤 VRは体験されたことはありますか?

 

さえ ないですね…。お客様でVRの開発をしている方がいて、OriHimeと相性がいいんじゃないかっておっしゃっていましたね。あとはVTuberっぽいねとも言われますね。

 

伊藤 VRって「行った感」はあるけど、「いる」っていう感じがいつもあるわけではないんですよね。自分が単なる目になってそこに行っているという感じで、それこそ緊張しない。

 

さえ OriHimeはあんまりバーチャルという感じはしないんですよね。OriHimeが写っている写真とかを見ると、これはわたしだって思うんですよ(笑)これたぶんわたしが入っている空気だ、ってなる。あと写真をとるときに、OriHimeだから気にしなくていいはずなのに、カメラの前で笑ったり、キメ顔してみたり、しちゃう、そのくらい親和性があります。

 

伊藤 可能性がめちゃくちゃ広がってますね〜。

 

さえ 初めはロボット見たさで来てくれるお客様が多かったんですけど、いまはいらしてくださったお客様が、「OriHimeでこんなことできるよね」「うちの事業所で何かできないかな」って自分たちがやっていることと結びつけて考えてくださる方が増えてきた感じがします。いろいろな方の知見をお借りして広まっていったらいいなと思っています。

 

伊藤 以前の朗読会のときはどんな感じだったんですか。

 

さえ オーディションを2回を受けて、女優の方に稽古をしてもらって、本番を迎えました。OriHimeだと表情が出せないので、そこは生身より難しいなと思いました。ひとりずつ作品が割り当てられていて、ひとり持ち時間10分くらいで、照明とBGMにあわせて朗読するという形でした。音声のラグとかもあるので、長くOriHimeを使っていないと、なかなかBGMに音声を合わせたりするのは難しいと思います。

 

伊藤 なるほど。でもずっと乗ってると、そのラグも折り込んで操作できるようになるんですね。自分がしゃべっている声が少し遅れて相手に届いている感じが分かるんですね。

 

さえ そういうのは分かりますね。あとはネット環境が悪いところだと相手の唇を読むみたいな感じになっちゃいますね。

 

伊藤 そういうラグみたいなことが起こると、入っている感じが冷めちゃうのかなと思ったんですけど、そうでもないんですね。それも含めて乗っていく、入っていくという感じというか。

 

さえ ふつうに生活していても人の声がききとりにくいことなどはあるので、そういうのとあまり変わらないと思います。ただ、本当に電波が悪くて、OriHimeがシャットダウンしちゃうと、残されるのが沈黙と何も映らないパソコンだけなんですよね。OriHimeって「心の車椅子」とか「どこでもドア」とか呼ばれていたりするんですが、一気にこっちのひとりの部屋に帰されちゃった感じで、すごく寂しいです。

 

伊藤 なるほど。そういうこともまれにあるんですね。

 

さえ そうですね。自分のタイミングで抜けますと言って抜けた場合でも、抜けた瞬間に帰ってきてしまうので、ちょっと寂しいです。急に我に帰るみたいな感じですね。

 

伊藤 ということは、入っているときはそうとう集中していますね。終わってぐったりしませんか?

 

さえ かなり集中しています。ぐったりします(笑)。なので、働ける時間も私はかなり限られていて、1日に多くて3−4時間、連続で働くのは2時間と決めてもらっています。

 

伊藤 ふつうのカフェとはちがって、お客さんとじっくり話す時間が多いわけですもんね。お客さんは、ふだん生身だったら話せないようなことを話しちゃったりしそうですが、そんなこともありますか?

 

さえ 1月は渋谷のWIRED CAFEという実店舗で、店舗の店員さんと一緒に働けるかという実証実験を3週間くらいしました。そのときにお話してくれたお客さんで、ちょっとした悩みとかを話して下さる方もいて、こちらの表情とか顔が見えないので、逆にふだん話さないようなことが出てくるという方がいました。ほかにも対面恐怖症でカウンセリングとかに行けない方でも、OriHimeだったら話せるのかもしれません。逆に、顔が見えないから緊張するという方もやっぱりいました。「ロボット見知り」って言ってましたね(笑)。

 

伊藤 人の反応もいろいろで面白いですね。わたしはPepper君みたいなやつだと、妙に演じちゃうんですよね。応答がそれほどスムーズでないので、こちらがサービス精神を発揮しちゃう(笑)

 

さえ Peeper君を密かにライバル視していた時期もあります(笑)。渋谷に同時期にPepperカフェっていうのがあったらしくて。AIにはAIの気楽さとか癒しがあるんだと思います。Pepper君と暮らしている人もいますしね。

 

伊藤 OriHimeで共同生活とかやってみたいですか?

 

さえ それもこの前お客様と話題になりました。独身だと将来孤独死が怖いと言っていたんですよね。私も家族はいますけどほとんど一人で過ごしているので、その気持ちはよく分かります。将来的にはOriHimeでシェアハウスとか、OriHime結婚とかOriHime合コンとかができるんじゃないかな、と。自由に入れるOriHimeがシェアハウスにあって、生身の人もいて、あまり区別しないで生活してみたいな、とは思いますね。

 

伊藤 なるほど。何かほかにこれをやってみたいということはありますか。

 

さえ やってみたいことは山ほどあります。ツアーコンダクターとかやってみたいですね(笑)。図書館や美術館での案内とか。理想だなと思っているのは、公共施設や病院、学校や老人ホームとか、一家に一台とか、あちこちにOriHimeがあって、体に関係なくみんな行き来できるような状態です。OriHimeと人間がふつうにあたりまえにある、みたいな感じになったらいいな、と。あと今は公的なカフェしかやっていないんですけど、町内の公民館のお茶を飲んだりするスペースとかに置いてもらって、暇を持て余している人とかと話せたらいいなと思います。べつに中に入る人が障害者でなくてもいいので、そういう風景が当たり前になるといいなと思います。

 

伊藤 本体があちこちにある、ということがすごく重要になってくるわけですね。それさえあれば、あるところには行けるということですもんね。

 

さえ そうですね。公衆電話みたいにあちこちに置いてほしいです(笑)。OriHimeで働ける仕事の幅が広がればいいなと思います。外に出られない人も、ふつうの人と同じように働けたらいいなと強く思います。

(2020年6月9日Zoomにて)