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渡部隆夫さん

渡部隆夫さんは40歳頃に見えにくくなり今は全盲。子供のころからさまざまな関心を広げ、天文、プログラミング、野球、スキー、音楽と本当に多趣味な方です。そしてそのそれぞれで培ったスキルが、渡部さんの中で結びつき、転用され、展開していくさまに圧倒されます。たとえば、天文を楽しむのに、仕事でも使っていた画像処理のスキルを駆使して、超新星の爆発を、光のスペクトルを分析することで感じると言います。「見る」は必ずしも目を前提としない。前提を拡張してくれるインタビューです。 


渡部隆夫さんプロフィール

1958年、東京生まれ。大手電機メーカー研究職。趣味は天文、音楽鑑賞、スキーなど。

 

◎画像処理のスキル

伊藤 白杖の先のパームチップがずいぶん使い込まれていますね。

 

渡部 あちこち一人で歩くためだと思います。以前、歩行訓練士の方に、ずいぶん歩いているね。白杖を見るとその人がどの程度歩いているか判るんだよと言われたことがあります。

 

伊藤 今は電器メーカーに勤務されているんですね。もともと工学系ということですか?

 

渡部 大学は工学部だったのですが物理系の理論の研究室だったので実験より数式の計算が多かったです。マスターをとってから会社の研究所に入って最初の頃は半導体の回路の設計をしていました。その後、会社の事業の変遷や私自身の興味などによって色々な研究に携わりました。

 

伊藤 会社に入ったのは何年ですか?

 

渡部 1983年です。去年定年になって、シニア社員になりました。

 

伊藤 いつ頃から眼が悪くなったのですか?

 

渡部 若い頃は近視だけで視力も視野も問題なかったのですが、会社に入って、14年近く経った40歳くらいから眼が悪くなり始めました。網膜色素変性症と言われました。

 

伊藤 見えなくなる過程は、急激な変化でしたか?

 

渡部 正確には覚えていませんが40台の内に視覚は役に立たなくなったと思います。今はほぼ全盲でかすかな光覚がある程度です。

この病気は人によって発症時期や進行速度が異なりますが、私の場合は発症は遅く、進行は速かったです。

 

伊藤 入社後に留学したり、仕事でプログラミングも活用しているとのことですが病気との関連はどのようなものでしたか?

 

渡部 88年から89年にかけて会社の費用でアメリカ東海岸のYale大学院のマスターコースに行かせてもらいました。その頃は視覚に問題はありませんでしたが、帰ってきて新しい半導体の研究を初めて、それが製品になって忙しかった97年頃に発症したので、ちょっと大変でした。

 

伊藤 プログラミングもそのころにやられていたんですか?

 

渡部 留学中に画像処理や今で言うAIの授業を受講したのでプログラミング力を鍛えられました。

でも初めてプログラミングを学んだのは1974年、高校1年のときでした。大学の附属高校で数学研究会と言う部活をやっていたときです。

数学研究会と云っても多摩川の河川敷で野球をやったりしていたのですが(笑)、熱心な先輩に誘われて大学が持っていた大型計算機でパンチカードを使ってプログラムを流してみたのが最初です。

 

伊藤 すごいですね。ずいぶん昔にプログラミングをもう知っていたんですね。

 

渡部 まだパソコンがないころです。ミニコンを借りて、文化祭でゲームをやったりしていました。ゲームっていっても、今の画面で動くようなものではなくて、紙テープが出てきて、そこに丸を書いて五目並べをしたりするようなものでした。

 

伊藤 お仕事でプログラミングを使うようになったのはいつごろですか?

 

渡部 半導体の設計では自分でプログラムを書く必要はありませんでした。それでも回路の動作のシミュレーションをするのに、一種のプログラムみたいな記述を書く必用があったのでプログラミングの経験は役に立ちましたが、仕事でプログラミングを本格的に使うようになったのは、眼が悪くなってからです。

スクリーンリーダを活用すれば目が見えなくてもプログラムを作成して、それを用いて色々なデータ処理を行うことが可能です。

40台の後半に貴重な画像などのデータを長期に保存する研究を開始しました。石英ガラスの中に強いレーザーでビットを書くと、耐熱性が高いので貴重な画像などを長期に保存できる可能性があるのです。

実験は目の見える人が担当し、私は記録するデータの作成や、データを記録した石英の画像からデータを読みだすためのプログラムを作成しました。

この他にも、バイオ関連のスペクトルデータの解析プログラムを作成したことがあります。

 

伊藤 見えなくなる過程で、お仕事の仕方は変わりましたか?

 

渡部 はい。最初はまわりにもなかなか言えなかったのですけれど、全部一人でやるわけにもいかなくなって、上司に話したら、理解がある人でサポートをつけてくれました。

主に報告書やプレゼン、論文用の図面作成を手伝ってもらっています。スクリーンリーダを使えば、できないことではないのですが、能率が悪いし見かけも悪いので、助かっています。ほかにも旅費精算など社内の手続きを手伝ってもらっています。社内の各種手続きを行うイントラネットにはスクリーンリーダでは操作ができない部分があるためです。

 

伊藤 なるほど。事務作業でない部分、つまり研究の部分は、スクリーンリーダーを使いながら、でも内容自体は見えないことによってあまり変わらなかったですか?

 

渡部 いいえ。最初はサポートの人に実験を手伝ってもらうこともありましたが、見えないと実験をするのは効率的ではありません。

このため、プログラムを使った解析が中心になっていきました。

プログラムの作成はスクリーンリーダを使えば見えなくても可能です。

いまはプログラムも昔と違っていろいろ便利な関数があって、画像処理や画像ファイルへの書き出しが楽にできるんです。

 

伊藤 すみません、私プログラムに関して全く素人で分からないのですが、プログラムを書いてそれを画像に出力するというのは、どういうことですか。

 

渡部 たとえば、さっきお話したデータの長期保存に関する研究では、データを記録した石英ガラスの写真から記録された画像が正しく復元できるかを確かめる必要があります。

このためには、石英の写真を読み込んで、その写真からデータを検出して、さらにデータから画像を復元してモニタに表示するプログラムが必用です。

 

伊藤 なるほど。写真を読み込んだり、処理したり、画像を出力する訳ですね。

 

渡部 そうですね。先ほどお話した、もう一つのテーマであるスペクトルデータの解析では、読み込んだデータのノイズを除去したり、ピークと呼ばれる信号の強い場所を検出したり、色々なことがプログラムで可能です。

プログラムで処理した結果はグラフを書かなくてもスクリーンリーダで数値を聴けば判ります。

 

伊藤 そうしたスキルがご趣味の天文にも生きているということですね。

 

渡部 そうですね。天文でも画像やスペクトルは扱いますので共通点は多いです。ただ趣味とはいえ天文の方が昔からやっていたので、趣味のスキルが仕事にも活きていると言う方が正しいかも知れません。

 

伊藤 画像のデータをスクリーンリーダで聴くときは、かなり画像がイメージとして見えている感じがするのですか?

 

渡部 眼で景色が見えるように細かいところはもちろん分からないですけど、プログラムで小さな画像、つまり画素数の少ない画像に変換すれば、どのあたりが濃い、暗い、RGBに分けたときに色がどうなるかとか、そういったことはある程度は分かります。

 

伊藤 画像とプログラムの関係は、座標軸上の一つ一つの画素を規定していっている、というようなふうに理解すればよいですか?

 

渡部 はい。プログラムでは画像のデータは、行列、つまり数値で埋められた大きな表として扱われます。表を構成するセルの数値が、その場所の明るさに対応します。

カラー画像の場合はRGBつまり赤、緑、青各々についての3つの表があります。

画像が大きいと表のセルの数が膨大になるので単純にスクリーンリーダで聴いただけでは理解できませんが、

プログラムで工夫すれば大きな画像からも情報を引き出せます。

例えば、ピンポイント状のノイズを検出したければ周囲の数値に比べて特異的に大きな値や小さな値になっているところをプログラムで探せばよい訳です。

 

伊藤 なるほど。面白いですね。それでも目で見るのとは違うというのは、結局何の違いなんでしょうか。解像度の違いですか?

 

渡部 眼でみれば解像度の高い大きな画像でも一度に眺めるこことができますが、スクリーンリーダで巨大な表の数値を一つ一つ聴きながら細部の見え方を想像するのは困難です。

つまり、プログラムとスクリーンリーダでは、画像データを解析することはできても画像を鑑賞することは困難な訳です。研究なら鑑賞は要らないですから問題はありませんが。

ただ、解析結果から私が頭の中で想像したことを仲間に伝えると、それは違うと言われることはあります(笑)。ですから見える人との議論は欠かせません。

 

◎スペクトル分析で超新星の爆発を感じる

伊藤 天文への興味はいつからですか?

 

渡部 小学五年生のときからです。

 

伊藤 プログラムよりもさらに前なんですね(笑)

 

渡部 きっかけは渋谷にプラネタリウムがあって、そこに行ったことです。小さな望遠鏡を買ってもらって夜空を覘いていました。東京なのでまわりが明るく肉眼では天の川はもちろん星座もよく判りませんでしたが惑星や月はよく見えました。中学生になってからは学校の屋上に望遠鏡とプラネタリウムがあったので、クラブに入っていました。デジカメやスマホは無かったので、フィルムで撮って、現像したりしていました。

 

伊藤 かなり本格的ですね。天文のどんなところに興味を惹かれたのですか。

 

渡部 天文は様々な楽しみ方があるのが面白いんですよ。

ただ見るのも面白いですが、自分で機材を作ったり工夫したりすることもできます。

高校のときは、自分で鏡を磨くところから始めて木製の比較的大きな望遠鏡を作りました。

また、いろいろな変化を見ることも面白いです。

たとえば木星は約12年、土星は約30年で太陽のまわりを一周するので、それにつれて空に見える高さが変わります。流星群など突発的な現象もありますし日食や月食のようにずっと未来の正確な予報がされている現象もあります。

藝術的な天体写真を撮るのも楽しいですし、とにかく様々な楽しみ方のある趣味です。

 

伊藤 なるほど。いろいろな楽しみ方があるなかで、まずは機材を作るというところから入られたのですね。

 

渡部 最初は写真で、それから機材でした。

社会人になってからは知り合いの中学の先生が八ヶ岳に建てた観測所に仲間と御邪魔して写真を撮っていました。

 

伊藤 すごいですね。大学に入る前に、いろいろな機会をつかまえて、かなり研究的なことをされていたんですね。

 

渡部 研究じゃなくてあくまでアマチュアです。

 

伊藤 見えなくなってからはどうですか。天文の画像をプログラムを使って楽しんでいらっしゃるんですよね。お仕事で使っていたスキルが趣味でも生きて「見る」領域が拡張されていくのが面白いなと思っています。

 

渡部 そうですね。天体のスペクトルを仲間に撮ってもらって、それをパソコン上で解析すると、いろいろなことが分かります。

 

伊藤 ひとつの天体のスペクトルを撮るということですか?

 

渡部 そうです。星でもいいですし、遠い銀河や星団でもいいです。もちろん私達の機材ではプロの天文学者のようなことはできませんけれど、昔よりいろいろ機材が発達しているので、かなりのことが分かります。たとえば、宇宙は膨張しているので天体は遠いものほど速く遠ざかっています。

速く遠ざかると、ドップラー効果で光りの周波数が低くなって、赤く見えます。つまり遠い天体ほどスペクトルのピークが、赤い方にずれるんです。「レッドシフト」とか「赤方変位」とか言われる現象です。それが今では、天体によってはアマチュアの機材でもわかります。

眼が見えなくなって、構図を合わせられなくなったので鑑賞用の天体写真撮影は諦めて、今はスペクトルで楽しもうと思っています。

 

伊藤 面白いですね!光のスペクトルを通して、星の運動がわかるんですね。

 

渡部 そうです。プロのようなことはできなくても、スクリーンリーダーで光のピークがずれていることが分かれば、それは面白いですよね。あ、本当に動いているんだ、って。

 

伊藤 スペクトルをとるための画像は、ふつうの写真とは違うんですよね。

 

渡部 データも撮り方も違います。画像データは二次元の表ですが、スペクトルは一列のデータなのでスクリーンリーダで理解し易いです。

スペクトルは望遠鏡とカメラの間に分光器という機材を付けて撮影します。

アマチュア用の安価な分光器を観測所に置いておいて、仲間に使ってもらって、データだけもらっています。

 

伊藤 そういう楽しみ方があるんですね。視覚的ではないけれども、ものすごく遠いものが運動込みで見える、確認できるという実感がありますね。

 

渡部 はい。超新星爆発の残骸では、こちらに向かってくるものと、向こうに遠ざかっていくものと両方あるのでスペクトルのピークは赤い方だけではなく青い方にもずれます。

そのようなダイナミックな現象をスクリーンリーダの音声から感じられるというのは嬉しいですよね。

 

伊藤 本当ですね。遠い昔に爆発した星の名残りの動きが手元で、しかも三次元的に分かるわけですからね。

 

伊藤 天体に関して、もっとこういうことができたらいいなという分野はありますか?

 

渡部 ゆくゆくは、プログラムとスクリーンリーダで望遠鏡を制御して自分でスペクトルのデータが取れるようにできればいいなと思っていますが、そこまではまだ道が遠いですね。

 

伊藤 自動的に、撮る対象にオートフォーカスしてくれるんですね。

 

渡部 そうです。今でもアマチュア用の自動導入望遠鏡というのがあって、自動で導入はできるんですけど、それをやるためには、最初にいくつかの明るい星に望遠鏡を向けるという初期設定が必用です。

それが見えないと難しいのでなるべく簡単な解決法を考える必要があります。

天文雑誌を朗読してもらって、そこから機材の情報を得たりしています。ボランティアの団体がたくさんあって、朗読をしてもらっています。多摩市の「繭」という朗読グループにお願いしています。

 今日、一応雑誌を持ってきたんです。

 

伊藤 ありがとうございます。『天文ガイド』(2019年7月号)ですね。これ、月刊ですよね。164頁あって、全部読むのはかなり大変だと思うのですが…

 

渡部 広告はもちろん抜きで、記事もいくつか飛ばしてもらっています。私以外にお二人、視覚障害の読者がいます。各自で雑誌を購入した上で私と一緒に朗読を以来しています。(…朗読の音声を聞く…)録音時間は7時間6分ですね(笑)。もちろん複数の人にやってもらっているんですが。柔らかい記事から硬い記事までいろいろあります。天体写真のコーナーもあって、読者の投稿写真が載っています。そのキャプションを聞けば、機材は何を使ったかとかどこでいつ撮ったかが分かるので、何となくどんな写真か想像がつきます。マニアックですけど(笑)。

 

伊藤 雑誌を見ると、機材のディスクリプションがものすごく長いですね(笑)

 

渡部 読者の天体写真の最優秀賞は、春の大曲線が水面に映っているのを魚眼レンズで撮ったものだったと思いますが、そういうのも日付と時刻で、だいたいどんな星が見えているかが想像できます。

 

伊藤 なるほど。日付と時刻が分かれば、星空がイメージできるんですね。

 

渡部 私自身は東京育ちであまり見えなかったこともあり、星座にそれほど詳しいわけではないのですが、それでも春夏秋冬のそれぞれの時間にどんな星座が見えるかは何となくイメージがわきます。

 

伊藤 かみのけ座、りょうけん座…この「ろくぶんぎ座」って何ですか?

 

渡部 「ろくぶんぎ(六分儀)」っていうのは測量の機械です。ギリシャ時代の伝統的な星座ではなく比較的新しい星座です。

日本から見えない南の空には八聞儀座と言うのもあるんですよ。

北半球から見える星座にはギリシャ神話に基づいた古いものが多いですが、大公開時代以降になるまで南の空の星座は決まっていませんでした。コンパスだとか八聞儀だとか、カメレオンなど当時用いられていた機械や南半球の動物の名前がいろいろついていますが、余り情緒のないのが多いです(笑)。

 

伊藤 へえ、同じ夜空でも方角によってタイムラグがあるんですね。知りませんでした。

 

渡部 中世の暗黒時代には科学はアラビアで発展してのちにヨーロッパに逆輸入されたので星の名前にはアラビア語起源のものが多いんです。例えば白鳥座の「デネブ」は、アラビア語で「尾っぽ」という意味だそうです。

 

伊藤 なるほど!タイムラグだけでなく地域差も星空に重なっているわけですね。面白い。

見えない人で天文ファンの人と会うこともありますか?

 

渡部 三鷹の国立天文台がバリアフリーの天文の集まりを開いてくれています。国立天文台の臼田-佐藤功美子さんや、京大の嶺重慎さんがバリアフリーに、熱心に動いて取り組まれているようです。視覚障害だけでなく、聴覚障害や車椅子の方もいらしていました。国立天文台は、見学のための点字なども工夫されています。

 まだお会いしたことはないのですが、南アフリカに、全盲の天文学者がいるんですよね。ワンダさんという方で、私のようなアマチュアではなくプロで研究されている方です(ワンダ・ディアス・メルセド)。その方はスペクトルを音の高低で聞いているようです。私も試したことがあるのですが、私の場合、音だと分からないこともないけれど、数値の方が分かりやすいです。

 

◎皮むきは自分でやってね

伊藤 話題が前後してしまいますが、メールで、見えないことを人に伝えるのが難しいときがあると書かれていましたね。

 

渡部 そうですね。職場でも外でもそういうことがありますね。たとえば駅で、階段が近いのにエレベータの方に案内されそうになる。エレベータだとホームとの間が狭いところを通らなければならないことを知っているので、いつもの階段のほうがよかったりします。あと職場でいまロービジョンの研究を手伝っていますが、どうやって音を使って生活しているのかといったことを的確に伝えるのは難しいなと思っています。

 

伊藤 渡部さん自身は、街を歩かれるときは、音にかなり注意していますか。

 

渡部 そうですね。音と、白杖から伝わる感触、足の裏の感触ですね。白杖の音の反響も大事ですね。ソナーも使っています。

 

伊藤 パームソナーを日常的に使っている方に実は初めてお会いしました。超音波で対象までの距離をはかって、近いと本体が振動するんですよね。

 

渡部 私はリュックを背負って、左手に白杖、右手にソナーというスタイルが多いですね。

ソナーは、障害物検知という意味もありますが、ドアが開いているかどうかも確認できます。よく使う駅のホームにコンビニのような売店があって、そこはドアが開けっ放しなんです。レジの音がすると、ここがお店だなと分かるんですが、足拭きマットを確認しつつ、念のためソナーを使っておけば、ここが入り口だなと分かります。ソナーをわざと壁に当てていけば、それまで反応していたのが、入り口のところでは反響がなくなって震えなくなるのでドアが開いていることが判ります。あとはバスに乗るとき並んでいる人を検知したり、混んでいる電車内での移動でも重宝します。

 

伊藤 視覚障害者用のツールもいろいろありますね。いちばん便利だなと感じるツールは何ですか?

 

渡部 ツールは玉石混交で、一見すごそうなのでも全然使われていなかったりしますね。一番便利なのは、やっぱり白杖ですね。

 

伊藤 やっぱり白杖なんですね(笑)。

 

渡部 白杖は偉大な発明です(笑)。白杖なかったら歩けないですからね。白杖と、私は読めませんが点字が二大発明じゃないですかね。それから最近はスクリーンリーダーですね。

最近は歩いていても何かしら声をかけてもらえるので、知らないところでも一人で出かけていきますね。音楽を聴くのが好きなのですが、以前、仕事が終わってから一人でサントリーホールに行って当日券を買って聴いたこともあります(笑)。

 

伊藤 当日券とはすごいですね(笑)。クラシックですか?

 

渡部 ジャズも聴きますが、クラシックが多いですね。ピアノやヴァイオリンの音が好きです。

 

伊藤 外出はどんどんされている感じですね。

 

渡部 外出は気兼ねなくしています。家でも障害者扱いされていなくて(笑)、朝起きると、家内が朝食用のパンと牛乳とリンゴをテーブルの上に置いておいてくれているんですが、リンゴは小さい包丁と一緒に置いてあります。4分の1には切ってあるけれど、「皮むきは自分でやってね」って(笑)。家内はそれだけ準備するとまた寝ちゃうんです(笑)。だから一人で準備して着替えて、それで朝食をとって、髭をそって、玄関まで行ったら、家内を呼んで鍵だけ閉めてもらう(笑)。

 

伊藤 でも、そのほうがいいですよね(笑)

 

渡部 まあ、そうですね、慣れましたね(笑)。ワイシャツは手の感触で見分けたり、虹色リーダーで色を確認したりしています。

 

伊藤 盲人スキーもやられているんですよね。

 

渡部 最近は忙しくて行けていないんですが、湯沢のほうでスキーをやらせてくれるところがあって、何回か行きました。先ほどお話した高校のときの部活の数学研究会の先輩立がスキーに連れて行ってくれたのが最初です。

高校一年のときにスキーを覚えて、それ以来、独身の頃は毎年行っていました。

盲人スキーは、ヘルメットと「盲人」と書かれたゼッケンを安全のためにつけてやります。

上手な人が先にすべって、こちらを向いてマイクで「こっちこっち」って言ってくれるので、その声を追いかけるんです。

 

伊藤 恐怖心は出ませんか。

 

渡部 最初はおっかなびっくりでしたけど、見えていた時にある程度やっていたし、パラリンピックの選手のようにスピードを出すわけではないので、ふつうにみんなが遊んでいる緩斜面なら滑れます。最初は怖かったけれど、だんだん思い出してきました。あと、今の板は昔と違って曲がりやすいんです。大げさに言うとおしゃもじのような格好をしていて、ちょっと前が太いので、体重をかけると自然に曲がってくれるんです。昔より操作しやすいですね。リフトに上がって、滑って降りてくるというのができたときは嬉しかったですね。

 

伊藤 斜面の予測ができないわけですよね。

 

渡部 そうですね。でもリフトを降りて斜面の上部に立てば、傾きに沿って体がひっぱられるので、足裏やストックの感触と併せて斜面の方向や斜度は判ります。

こぶがあったりするとびっくりしますけどね。ふだん、私は走ったりしないので、風を切るということができたのは気持ちよかったですね。

 

伊藤 なるほど。本当に多趣味でいろいろなことに深く入り込んでいらっしゃいますね。

 

渡部 視覚障害者にはいろいろなことをしている人がいます。スケートをするという人にお会いしたことがあります。ソナーと白杖を持って滑るらしいです。私には怖くてできません。

 

◎白杖を使えるようになるまで

伊藤 情報収集はどのようにしていらっしゃいますか?

 

渡部 デイジー図書、サピエを使っています。あとはタートルの会やメーリングリストですね。府中の視覚障害者のメーリングリストにも入っていますし、馬場村塾や視覚障害者向けの料理教室に参加することもあります。全部出ていたらきりがないくらい情報収集のきっかけがありますね。

 

伊藤 なるほど。見えない方とのつながりもかなりいろいろありそうですね。

 

渡部 はい。見えなくなって最初は、カミングアウトもできなくて、見えない人とのつながりがなかったんです。インターネットで調べたら、国際的なメル友の会があって、網膜色素変性(RP)の人のサイトを見つけたんです。そこで海外の人と、つなたい英語でやりとりをしたのが最初でした。

 

伊藤 どんなことについてやりとりしたんですか?

 

渡部 生活のことや雑談的なこととかいろいろですね。外国の人も白杖を持つのに抵抗があるんだな、ということを知ったりしました。

 私は白杖が最初は使えなくて、最初は足が悪い人の杖を使ったりしていました。一番最初はヘレンケーラの会で折りたたみの白杖を通販で買ったんです。それを初めて使ったのは、実は外国に行ったときでした。フランスとスイスの国境の、CERNがあるあたりに学会で話をするために出張したときに、まだ弱視だったんですが、杖を持っていったんです。98年か99年だと思います。フライトの関係で最後の1日が余って、観光する暇があったので、たぶんレマン湖だったと思いますが、そこに行ったときに初めて白杖を出しました。出したら結構みんな親切にしてくれるんですよね。湖岸を歩いていたら、この先に行くと湖に落ちるから危ない、と教えてくれました。堤防の上をずっと歩いていきたかったんですけど、止められました(笑)。

 

伊藤 やっぱり海外だから使えた、というのがあったんですね。

 

渡部 そうです。知っている人いないですしね。帰り、駅まで電車でもどってきて、そこで現金がないことに気づいてトラベラーズチェックを換金したいと思っていたら、外国人の女の人が換金するところまで連れて行ってくれました。

 

伊藤 なるほど。白杖を通じて、人にサポートしてもらうというのも初めて経験されたわけですね。

 

渡部 そうです。そのときは弱視でまだ中心視野があったんですが、その女の人が声をかけてくれたときに、ちょうどすぐ近くに日本人の若い女の子が二人いたんですけど、私の白杖を見てぎょっとしていましたけどね(笑)たぶん、ちょっと声をかけにくかったんでしょうね。

 

伊藤 それがきっかけで日本でも白杖を使えるようになったのですか?

 

渡部 すぐにではなかったです。最初は、歩行訓練の人に訓練してもらったときで、まずその人に「そんな白杖じゃだめだ」と言われました(笑)。折りたたみでちゃちかったんですよね。ふにゃふにゃしているもので、感触が伝わらない。もっとちゃんとした杖を買いなさいと言われて、いまでもそのときに紹介してもらったお店で買っています。

 

伊藤 なるほど。となると日常的に白杖を使うようになったのは99年ころからですかね。

 

渡部 もうちょっと後ですね。99年は足の悪い人の杖で、2001年になってもおそらく使っていなかったと思います。

はっきり覚えていないですが、たぶん会社に病気のことを相談した後に日常的に白杖を使うようになったように思います。

足の悪い人の杖を使っていたので周りもある程度知っていたと思いますが、白杖を使い出すには勇気が要ります。

会社に話したときには、障害があるからといってキャリアアップで不利になることはしないと言われました。いま考えると当たり前のことですけれど、気が楽になりましたね。先ほどお話したサポートもつけてくれました。

スクリーンリーダの訓練は仕事を続けたまま週に1回、午後に半日年休を撮って四ッ谷の訓練センターに通いました。

大分後のことですが、社内の若い視覚障害者からの要望があり、障害者とバリアフリー関連の仕事をしている人のための社内のメーリングリストを立ち上げました。

全部で50名ほどが参加していて視覚障害の人も10人くらいいると思います。

 

伊藤 コミュニティは大事ですよね。アメリカの西海岸にArduinoを使って電子工作をする視覚障害者の集まりがあって、あのネットワークが日本にも来たら面白いなと思っています。

 

渡部 へえ、それは面白そうですね。

幼い頃から全盲の人に教わったこともありますね。たとえば信号を渡るときは、エンジンの音を頼りに青になったのを確認して、白杖を先に出して渡ることをアピールし、横断歩道のペンキを足の裏で確認しながら渡ります。

 

伊藤 なるほど。ペンキを確認しないと、横断歩道の幅からはずれちゃうんですね。

 

渡部 そうです。あとは自分でやっていた訓練ですが、計算を頭の中でやるということをしていました。仕事がら文献や人のプレゼンには数値が沢山出てきます。単位もミクロン、ナノ、メガ、ギガといった単位がいっぱい出てくるんですね。

図が見えないのでその場で計算できないと、実感が浮かばないんです。紙に書ける人はいいけど、私は頭のなかで計算しないといけない。それで、4つの数字を適当に思い浮かべて、それを二つずつに分けて、加減乗除をする、というのを通勤のバスの中でやっていました。

 

伊藤 短期記憶をものすごく使いそうですね。

 

渡部 そう、短期記憶の引き出しがいくつかないと、足し算や引き算はまだしも、掛け算や割り算は難しいですね。割り算は小数第二位までやって、最後の桁は四捨五入する、というのを自分に課していました。そうすると、工夫がいるわけですね。たとえば4、9、3、7を思い浮かべるとしますよね。49×37を頭の中で計算するときに、49は50―1で、50は100の半分なわけですよね。だから37×100÷2―37を計算すればいいんですよね。

筆算と同じことを頭の中で行うだけじゃ面白くないんで、工夫をするんです。それは自分にとってはいい訓練になったと思っています。プログラムを書く上でも、短期記憶がいるんです。プログラムは何千行になったりするので、短期記憶は大事ですね。

 

伊藤 サンフランシスコのライトハウスに行った時にも、編み物のクラスがありました。見ていると、編み物の技術を身につけることが目的なのではなくて、計算力や忍耐力をつけることが目的なんです。編み物ってゲージの数を計算しなくちゃいけないし、毛糸がからまることもある。途中で「やだっ!」って怒って帰っちゃう人もいましたね(笑)

 

渡部 私、イヤホンなどのコードが絡まったのを解くの好きですよ(笑)果物の皮を剥くのも好きです。桃も向けますし、マンゴーも三枚おろしします(笑)

 

伊藤 すごいですね!ニット向きかもしれないですね。

 

渡部 まだ料理は習い始めですけど、そういうのもできなくちゃいけないと思っています。知り合いの視覚障害者に、信じられないことに、転職して今は企業の外回りをやっている人がいます。

 

伊藤 ひゃー

 

(2019/9/20 伊藤研究室にて)