Research

わたなべあやさん

私の『どもる体』を読んでコンタクトを取ってくださった、わたなべあやさんにインタビューしました。わたなべさんは、重度難発系の吃音当事者。わたなべさん曰く、難発を回避する作業は「果汁たっぷりのゼリーをそーっとあける」のに似ている。まさにそのとおり、わたなべさんの語りは、ぷるぷると不定形に揺れる繊細な声と言葉で編み出されていきます。絵本作家でもあるわたなべさんの面白いところは、吃音を描いたキャラクターや、「声のマト」なる手作りツールなど、目に見える媒介物を使って、吃音とご自身の関係をさぐっているところ。いつかそんなWSをやってみたいです。


【わたなべあやさんプロフィール】

1978年、東京都生まれ。武蔵野美術短期大学グラフィックデザイン科卒業。大学在学中より絵本の創作をスタート。卒業後は絵本創作ワークショップで学ぶ。主な作品に『ごめんやさい』『おやすみやさい』(ひかりのくに)、『なっとうぼうや』(学研プラス)、『アイ・アイ・アイスクリーム・ショー!』(アリス館)など。

 

◎果汁たっぷりのゼリーをそーっとあける

伊藤 まずは『どもる体』を読んでくださり、そしてコンタクトをとってくださりありがとうございました。事前にインタビューの質問をお送りして、それに対するお返事をすぐにくださって、その内容にものすごく感激してしまいました。

 まず、あやさんの吃音の特徴について教えてください。事前インタビューでは、こんなふうに書いてくださっていました。

 

私の吃音は重度の難発です。小学3年生の終わり頃に吃音が出始めた頃は連発だったのですが、小学4年生になると人目を気にし始めて難発に変わりました。中学の時は一旦軽度の連発になりましたが、高校に入ってからは環境が変わったこともあり再び難発になりました。それから多少の変化はありましたが、ほぼ重度の難発の状態を保ってきました。

 

重度の難発とのことですが、いまは難発は頻度が多いという感じですか。それとも難発で音が出るまでの時間が長くかかる感じですか。

わたなべ 頻度が多いですね。短大を卒業したあとは、就職できずにデザイン事務所でアルバイトをしていました。そこで働いているときは、どもってはいけないという強い気持ちがあったので、難発もがんばって抑えていたんですけど、そこをやめて絵本作家になったあとは、自宅にいるので、そういった気持ちもなくなり、それ以降は難発です。

 

伊藤 きょうはお互いに初対面ですが、やはり難発が出やすいですか?

 

わたなべ あ、伊藤先生は話しやすいです。人によって違って話にくい人もいます。

 

伊藤 難発で体が緊張する感じはありますか。

 

わたなべ あります。首を中心として固まる感じですね。首から顎にかけてぐっと硬くなります。硬くなって、呼吸も苦しくなります。

 

伊藤 難発の人は「言い換え」をする人が多いと思いますが、言い換えはあまりしない派ですか?

 

わたなべ 言い換えをすることもあるけど、慎重派です。言い換えをしても、言い換えた言葉もどもる可能性があるので、意味がないんです。

 

伊藤 難発は準備すると出なくなるというイメージがあるのですが、かならずしもそうではないということでしょうか。

 

わたなべ 声をださなきゃということに精一杯で、そういうところまで頭が回らないという感じです。

 

伊藤 なるほど。あまり言い換えをしないから、難発中心なんですね。

 いただいた答えには、最近連発をするようになった、とありますね。

 

『どもる体』を読んでからは、連発を何とかしたいがために難発になっていたことを知りまして、吃音を何とか隠そう、取り繕おうという気持ちを小さくしていくことにしました。最近では連発で話すことが増えて、難発の息苦しさからは解放されつつあります。

 

わたなべ 『どもる体』を読んで、連発の進化系が難発だと知ったので、自分はよくしようと思ってこういう状態だけど、それは間違っていたんだなと思ったんですね。それで連発にもどしていきたいと思いました。

 

伊藤 なるほど。『どもる体』では、藤岡さんの例に言及しましたが、彼女は言い換えをしてしゃべっている状態から連発の状態にもどしたのですが、それは簡単ではなく、時間がかかったと語っています。

 

わたなべ 慎重にしないと難発になってしまうんです。自宅ではゆっくり話しても大丈夫な状況なので、自宅では慎重に連発しています。今はまだ緊張があるので、ちょっと早口になってしまっているんですけど、もっとゆっくりだと連発になります。

 

伊藤 慎重にすると連発になるというのが面白いですね。回答のなかでも、連発を「果汁たっぷりのゼリーの蓋を開ける感じ」と表現されていますね。

 

連発で話している時は、ゆったりと時間が流れていきます。

果汁たっぷりのゼリーの蓋を汁がこぼれないように、そーっと開けている時の時間感覚や慎重な感じに近いです。(私の場合は慎重に話さないと難発になってしまうので)

 

わたなべ こぼれないようにこぼれないように、と慎重にやると、連発になれます。体の扱い方を慎重にします。

 

伊藤 ということは、体がゼリーで、それを慎重に扱う感じですね。でも慎重にやろうとすると、力が入ってしまって、難発になるような気もするのですが…

 

わたなべ 逆に常に力が入っているから、慎重にすると、力が抜けますね。意識するとできます。本を読んでから、話しているうちに、こうかなと思ってやっていたらできるようになりました。

 

伊藤 体が果汁たっぷりのゼリーだというイメージは、体がぷるぷるした柔らかいものという感覚ですか。

 

わたなべ 蓋ですね。蓋が体で、ゼリーが吃音ということですね。吃音が飛び出さないように、ゆっくり開ける感じです。

 

伊藤 へえ〜おもしろい!いまはその実験中という感じなんですね。そのご家族と連発で話すときの連発は、どのような感じの連発なんですか。

 

わたなべ 長くはなくて、4−5回音が連なる感じだと思います。

 

伊藤 他の当事者の方にお話を聞くと、連発は「タガが外れている」とか「軽い感じ」とか、「慎重さ」や「丁寧さ」とはむしろ逆の表現をされる方が多かったのですが、やはりあやさんの場合は難発を避けることによってうまく連発でどもる、という感じですね。

 事前の回答で、小学校3年生のころは連発だったとありますが、これは覚えていますか?

 

わたなべ 覚えていないですね。担任の先生が母親にそのことを話していたのは覚えているのですが、そのあとの記憶は、小学校4年生のときに音読で難発になって苦しかった、ということです。

 

伊藤 連発それ自体の記憶はなくて、記憶は難発から始まっているということですね。

 

わたなべ そうですね。

 

伊藤 お母様の関わりはどのような感じだったんですか?

 

わたなべ 4年生でことばの教室に通ったのですが、暗い記憶しかなくて(笑)。母と電車とバスを乗り継いで二人で暗い部屋に入っていく、みたいな。週に一回とか、一ヶ月に数回とか通っていました。私はことばの教室に行っているということを知られたくなくて。でもそうすると別のクラスの子が「なんで?」と言い始めて、それで先生が説明したんです。それで同級生から「ことばの教室に行ってるんだって?」と言われるようになって、それが苦しかったです。

 

伊藤 吃音の現象そのものより、まわりに言われるのがつらかったということですね。

 それと耳のことも伺いたいんですが、今は右耳が全く聞こえない状態ですか?

 

わたなべ そうです。

 

伊藤 吃音とは関係ないのですよね?

わたなべ ないです。

 

伊藤 原因として関係なくても、「聞き取りにくいから余計しゃべりにくい」みたいに結果として関係してくることはありますか?

 

わたなべ それはあります。騒がしい場所にいくと聞き取りづらいので、余計話しにくかったりします。吃音のことは言えるんですけど、耳のことは言いづらくて、聞いてないけど「はい、はい」と返事をしてしまって疎遠になっていくということがあります。吃音はすぐに分かってしまうのでいいんですが、耳のことは言わなければ分からないし、なるべく普通に見られたいというのはあります。

 

◎制作に入ると言葉が出なくなる

伊藤 状況による吃音の出方の違いとして、インターホンの例をあげてくださいました。これ、面白いですね。

 

家のインターホンに出る時に、難発で呼吸困難になります。

それはインターホンの設置されている位置が高いことと、カメラが付いていることが原因ではないかと。位置が高いことで声を届けづらく、カメラがあることで相手が見えてしまい「人の目を気にするスイッチ」が私の中で押されてしまうからだと思います。

電話を掛けるときは吃音が出ます。

逆に掛かってきた電話に出るときは吃音は出にくいです。

緊張したり、大勢の前で話すときは吃音が出ます。

友人2人で話すときは出にくいですが、友人でも3人を超えると吃音が出ます。

(これらはすべてスイッチが押されているのだと思います)

あと『どもる体』にも書いてありました、「間合いがつかみにくい人」と話す時は吃音がよく出ます。のらりくらりと話される先生や、距離感が分からない家族や親戚も同じく分類されていたことが分かりました。

また、どうしてもすぐに話さなければならない状況の時は「あー」や「あのー」、「えー」などの言葉を最初に入れて、それを取っ掛かりにすると言葉を出しやすいです。

 

伊藤 カメラがあると「人の目を気にするスイッチ」が入ってしまうとありますが、よくよく考えると、来客の姿は見えているけれども、あやさんの姿は相手には見えていないわけですよね。見られているわけではないのに、人の目を気にするスイッチが入るんですね。

 

わたなべ 相手が見えないほうが気楽に話せるんですよね。見えていると、「あ、娘の同級生だ」とか分かってしまって、身構えてしまいます。インターホンでも、カメラがついていない方がマシです。

 

伊藤 顔が映っていることそのものというより、それが誰か分かってしまうことが影響するんですね。

 

わたなべ そうですね。でも映っている人が誰か分からなくても、「あ、怖い」と思ってしまいますね。

 

伊藤 だから電話では、かけるときは相手が誰だか分かっているから緊張するけど、逆にかかってきたときはインターホンでカメラがないような状態なので楽だ、ということですね。

 

わたなべ そうですね。あと、かかってきたときは相手に主導権があって、相手の質問に答えていけばいいので楽です。

 

伊藤 なるほど。でも電話に出るときには「〇〇です」と名乗らないといけないですよね。

 

わたなべ あ、飛ばしてます(笑)言わなくても大丈夫かな、と。アルバイト時代は頑張って言っていたんですが、ものすごく言いにくい会社名で(笑)。言いにくくて苦しんでいたら、まわりの人がとってくれたりしましたね。

 

伊藤 「わたなべ」は言いやすいですか?

 

わたなべ 「わたなべ」は旧姓なんですが、本姓よりはマシですね。

 

伊藤 スカイプはどうですか?

 

わたなべ 一度使ったことがありますが、ダメですね。お互いの顔が見えているので。

 

伊藤 案外電話が一番いいのかもしれないですね…今のようにリアルに対面しているときはどうですか?

 

わたなべ こういう状況のほうがいいです。

 

伊藤 映像で顔が見える場合との違いは何なんでしょうかね。

 

わたなべ 実際に対面して話しているときには、吃音でも話ができるんですけど、映像だと、私は見た目でただ苦しんでいる人になっちゃうんですよね。

 

伊藤 なるほど。対面していると、時間を共有しているような感覚になりますよね。いちばん緊張しない状況でも吃音が出ますか。

 

わたなべ 寝ていて、起きた直後だけは出ないです(笑)。ぼーっとなっているので。夢では難発でどもっています。首が緊張する感じがあります。独りで、説明の練習をしているようなときでも、吃音が出ます。あとは、家族に対して「吃音で話せない」ということは話せます。

 

伊藤 緊張しているときとしていないときで、出方の違いはありますか。

 

わたなべ 他の人からすると変わらないと思うんですが、緊張しているときのほうがより苦しいです。

 

伊藤 「友人2人で話すときは出にくいですが、友人でも3人を超えると吃音が出ます。(これらはすべてスイッチが押されているのだと思います)」とありますね。これはどういうスイッチが入ったんでしょうか。

 

わたなべ 「人の目を気にするスイッチ」だと思います。目の数が増えるほどだめですね。

 

伊藤 だんなさんが絵本にされている「るいちゃん」のような親しい友人がいてもだめですか?

 

わたなべ だめですね。一人増えるとだめです。仲の良い人だったとしても、注目されるプレッシャーが苦手です。

 

伊藤 二人で話しているときのほうが、よりしゃべらなくちゃいけないプレッシャーが高くないですか?

 

わたなべ それはないです。

 

伊藤 そこも吃音の人のなかでも別れるポイントですね。人数が多いほうが、玉入れみたいで楽、という人もいるので。

あと、この「のらりくらりと話す先生」というのはどんな先生ですか?

 

わたなべ 大学のときの先生で、自分の言いたいことしか言わない感じの先生でした。何か行っても、自分の話題に持って行ってしまうんです。

 

伊藤 なるほど。「距離感がつかめない親戚」とは?

 

わたなべ 祖父の距離感が分からないんですよね。ちょっと変わった感じで、頭がいいんですけど、急に怒り出したり、話が通じなかったりするんです。

 

伊藤 「『あー』や『あのー』、『えー』などの言葉を最初に入れて、それを取っ掛かりにすると言葉を出しやすい」というのはフィラーですよね。

 

わたなべ 最初に音が出るためのとっかかりになりますね。でも使いすぎてしまうと、大丈夫なのに「あのー」とかつけてしまって、余計にどもって連発になことがあります。

 

伊藤 吃音むずかしい〜(笑)。まさに症状が工夫になってますね。

 

わななべ まさにです。ほかにも言いづらい状況として、制作をしている時期は一番吃音が重くなります。

 

伊藤 へー!面白いですね。

 

わたなべ 調べ物をしているときとか、キャラクターを考えているときはいいんですけど、ダミーを描き始めると、とたんに話せなくなってしまいます。集中すると体が丸まってしまうので、姿勢が悪いせいなのかもしれません。あとは、線を描くときに息を止めるんですよ。それも影響しているのかもしれません。

 

伊藤 息止めて描いてるんですか!そう考えて見るとすごいですね。息を止めないと、線がゆがんでしまうわけですね。作業自体は楽しい作業なんですよね?

わたなべ あ、苦しいです(笑)できあがったあとに良かった、と幸せな気持ちになる感じですね。

 

伊藤 わりと職人っぽい感じなんですね。体をほぐすために何かしていますか。

 

わたなべ 整骨院に行ったりはしています。マッサージを受けることもあります。そうすると出やすくなります。

 

◎声のマト ーー「波にノる」を視覚化すると

伊藤 ご家族との関わりについても事前に伺いました。

 

子どもたちは私が吃ることが当たり前と思っていて、気にする風でもなく、言葉が出てくるのを待っていてくれます。

夫も同じく静かに待っていてくれていたのですが、私が難発で言葉が出ない時はイライラしているのが伝わってきます。吃ることは良いけれど、早く話してほしいという感じですね。

 

わたなべ 夫と出会ったときは、吃音を隠しているつもりだったのですが、バレてたということをあとで知りました。バイトをしている時期だったので、どもらないようにしていたんです。

 

伊藤 なるほど。プロセスとしては、だんだんオープンになってきた感じですね。

 

わたなべ そうですね。もっとオープンにしたほうがいいと言われます(笑)

 

伊藤 旦那さんが描かれた絵本『るいちゃんのけっこんしき』は、あやさんが親友のるいちゃんの結婚式で飛び入りでスピーチをしたときのエピソード(*1)がもとになっているとうかがいました。このスピーチのとき、旦那さんはどのように関わられたのですか。

 

わたなべ 漫才みたいに、私が「あー」ってなっていたら、となりで「彼女は〇〇で…」と言ってくれる感じでした。

 

伊藤 漫才いいですね!スピーチしてみてどうでしたか。

 

わたなべ イメージと体の距離ってけっこうあるみたいで、私は前もって「できる」と思っていたんですが、できなかったんです。

 

伊藤 でも、まわりのリアクションも予想と違っていたんですよね。

 

わたなべ 爆笑されると思っていたんですよね、面白いスピーチだったので。でも言えないし、シーンとなってしまいました。

 

伊藤 でもみんなはそこで感動して泣いていたみたいですね。反応としては良かったのだと思うのですが、もとになったブログの文章(末尾)には「本当にこれでよかったのかな」という思いも綴られていますね。

 

わたなべ 自分のイメージにいかなかったし、恥をかかせてしまったような気がしてしまいました。完璧主義なところがあるんですよね、こんなに失敗してるのに(笑)

 

伊藤 この絵を見たらあやさんが完璧主義だということはよく分かります。

 旦那さんは協力的だけど、いらついているときもあるんですね。

 

わたなべ そうですね。私がまわりくどいところがあるので(笑)、そういうところを含めていらついているのかなと思います。

 

伊藤 「声のマト」というのは何ですか?

 

あと、歌うような感覚で気持ちよく話せたらいいなと思って、『声のマト』というものを考え作りました。歌う時の体感覚を身につける練習のための被り物なのですが、見た目がユニークなので、これを付けると家族が爆笑します。更に髪が乱れる為なかなか付けづらくて、未だに練習ができていません。

私の吃音や障害に対しては笑わないけれど、変な部分は大いに笑う家族です。

 

わたなべ あ、持ってきました。

 

伊藤 わ、本当にマトだ!

 

わたなべ つけていいですか?

 

伊藤 ぜひぜひ。ラジオの収録とかアフレコでマイクの前にある円盤みたいな感じですね。

 

わなたべ ちょうどいい位置が難しいんですよね。鼻の先くらい円があるとよくて、それに向かって話すんです。

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伊藤 (爆笑)いやー、すごいですね。吃音にツールでアプローチするという発想からして、ものすごく面白いです。

 

わたなべこれを思いつくまでに二つのことがありました。一つは、どもるときに下を向いてしまうんですね。吃音の方はけっこうそうだと思うんですが、それも話しづらさの要因になっているのかなと思ったんですね。あるときに、バスケットでシュートをするイメージが浮かんだんです。声を出すときも、バスケのシュートみたいな感じで出せばいいのかな、と。もう一つは歌う感覚ですね。よくリズムとか音程をつけると話しやすくなるっていいますよね。でもそれは普段はできないので、歌うときの体感覚を再現できたらいいなと思ったんです。歌うんときはおでこを意識するといいと言いますよね。おでこにレーザーが当たっている感覚というか。レーザーでおでこがロックされていて、声が安定して出てくる感じです。

 

伊藤 なるほど。確かに歌っているときは声が安定している感じがありますね。

 

わたなべ ちょうどベルトのところがおでこに当たるので、そこが意識されてロックされるといいなと。そして、口からマトに向かって、声の道を作るイメージです。そうすると話しやすくなるかな、と。『どもる体』のなかで波にノるという話がありましたが、それを視覚化した感じです。

 

伊藤 なるほど!家ではこれをつけて話をされるんですか?

 

わたなべ つけるんですけど、家族に爆笑されるんですよね(笑)今年2月くらいに開発したんですが、まだ練習ができていません。

 

伊藤 自分が話しやすくなるツールを作るワークショップとか、やってみたいですね。

 

わたなべ そうですね。楽しそうですね。

 

◎連発くんと難発くん

伊藤 これは私の最近の関心なのですが、連発のときと難発のとき、それぞれの時間感覚について知りたいなと思っています。多くの当事者は、難発のときは時間を長く、人によっては永遠に感じるということを口にされるからです。

 まずあやさんの場合は、連発の場合は果汁たっぷりゼリーをそっとあけるイメージがでてきました。それは時間としてはゆったりしているということですよね。「ゆっくり」ではなく「ゆったり」なんですね。

 

わたなべ そうですね。プールサイドにいるみたいな感じですね。まったり時間が流れていく感じです。

 

伊藤 早くはないんですね。まったりだと嫌な感じではないですね。プールサイドにいて、何してるんですか(笑)?

 

わたなべ デッキチェアに寝そべってます(笑)リゾートにいる感じですね。

 

伊藤 眺めている感じですね。

 

わたなべ そうですね。夏の暑い日に、入らずにプールを眺めている感じです。

 

伊藤 面白いですね。ゼリーもそうだけれど、水のイメージが一貫していますね。今回もプールが吃音という感じですか。

 

わたなべ そうですね。そうかもしれないですね。連発している自分を俯瞰している感じなのかもしれないですね。しゃべれるようになると、通常の時間になります。

 

伊藤 リゾートから帰ってくる感じですね(笑)

 難発のときは時間が永遠に感じると書かれていて、リゾートじゃなさそうですね。ますね。

 

難発で話している時は、その時間が永遠に感じます。

時間が止まっているような、みんなとは同じ空間にいないような、不思議な感じです。小学生の頃は一日がとても長くて、永遠に子どものままなのではないかと錯覚した、途方もなく感じたあの時間感覚に近いです。

 

わたなべ 難発のときは、別次元に行ってしまった感じですね。

 

伊藤 そのときも、吃音に対して水のイメージはありますか。

 

わたなべ こっちは空間ですね。空間のほうが浮かびます。みんなと同じ空間に

いるのに、自分だけが別次元にいるような感じがします。

 

伊藤 見えないバリアみたいなものがある感じですか?

 

わたなべ 遮断されてしまっている感じはします。

 

伊藤 それを「永遠」と感じるのは何ででしょうか。

 

わたなべ 漫画とかでよく時間を止めて自分だけ動けるという設定がありますよね。そんなイメージですね。時間が流れなくなる感じですかね。

 

伊藤 なるほど。漫画だとまわりの人が止まっていて自分だけ動けるという感じですが、その逆になっているということですね。

「小学生の頃は一日がとても長くて、永遠に子どものままなのではないか」というのはどういう感覚ですか。退屈な感じですか。

 

わたなべ 絶望している感じですね。こどものころ、吃音でこの先自分はだめなんじゃないかという絶望感があったので、そのときの感じですね。

 

伊藤 さいごに図々しくも吃音をキャラクターにするとしたら、という質問を投げさせてもらいました。

 

これはまさに伊藤先生にお話しようと思っていたことです。

以前、伊藤伸二さんのワークショップに参加した時に、吃音を嫌なものと思うのではなくて、「吃音くん」みたいに親しく思うといい、ということをおっしゃっていた記憶があります。その時は、2頭身のぽよぽよした人型で不透明の青いスライムみたいなキャラクターしか浮かばなくて、なんとなく親しく思えませんでした。それから時を経て、『どもる体』を読んだ時にそのキャラクターが再び出てきて、今度はポケモンのようなカッコ良くて可愛いキャラクターがうっすらと浮かびました。しかも「連発くん」と「難発くん」の2種類いまして、「難発くん」は連発くんの進化形で、さらにシャープで強そうなキャラクターです。自分の中での吃音への理解度が、そのままキャラクターを描けるイメージ力に繋がっているのかもしれません。

 

伊藤 伊藤伸二さんのワークショップに参加されていたんですね。

 

わたなべ もう十年以上前で、東京で開催されているワークショップに参加しました。ホテルでやった泊まりがけのものでした。演劇はなく、お互いにじっくり話すような内容でした。

 

伊藤 そのときにはスライムみたいなキャラクターしか浮かばなかったということですが、でもポヨポヨ感はありますね(笑)

 最近の新キャラで「連発くん」と「難発くん」が出てきたんですね。

 

わたなべ 描いてきてみました。

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伊藤 かわいい!面白い!

 

わたなべ 初期のスライムは、友達になれない感じなんですよね。今回のキャラクターは亀とピーナッツをあわせたものです。分析すると、亀みたいに隠れたいんだと思います。ピーナッツは食べ物だからというのと、硬い甲羅みたいなもので覆われているからですね。難発くんは連発くんが進化したものです。

 

伊藤 スライムのときとだいぶ変わりましたね。こういうふうに吃音をビジュアルで描いてみるというのはどういう感覚ですか。見たときに「自分だ」という感じがありましたか。

 

わたなべ 友達になれそうだなと思いました。前のスライムは話が通じそうな感じです。難発くんまでいっちゃうと硬くて親しくなれなそうですが、連発くんだと親しくなれそうです。

 

伊藤 連発くんは丁寧に扱うと、親しくなれる感じなんですね。

(2018/9/5 東工大伊藤研究室にて)

 

 

(*1)『るいちゃんのけっこんしき』は、わたなべあやさんの2007年頃のブログの記事がもとになっています。その記事を、わたなべさんの許可を得て転載します。

『ボクサー』

「るいちゃんのけっこんしき」の元になったエピソードです。

 

『ボクサー』

 

今日は夫婦で友人の結婚式に行ってきました。 

 

彼女と私は小学校からのおつき合いで、 

いわゆる幼馴染みです(^_^) 

子供の頃から彼女は美人で活発でクラスの人気者、 

内気な私をいつも守ってくれるナイトのような存在でした。 

 

そんな幼馴染みである彼女が、この度結婚式をすると聞いて、 

私の脳裏にはある疑問が沸き上がりました。 

 

「…私って、披露宴のスピーチはしなくていいのかなぁ??」と。 

 

じつは私の披露宴では彼女にスピーチをしてもらっているんです。 

 

そういえば、以前彼女にスピーチをお願いした時に、 

「私の披露宴では○○(私)にスピーチは頼まないから安心してね」 

と言われたことを思い出しました。 

彼女は私が極度のあがり性で吃ってしまうことが分かっているので 

そうしたことを配慮して頼まなかったんだと察しました。 

 

でも、…これじゃあダメだぁ~(>_<)/ 

スピーチして彼女におめでとうの気持ちを伝えなきゃ!!! 

 

と、当日の今日やっと決心がついて、夫も一緒ということもあって、 

思いきって飛び入りでスピーチしちゃいました。 

 

式場に向かう電車の中で、何度も原稿を書き直し、 

夫にも添削してもらい「これは絶対爆笑のスピーチだよ!」 

と夫から太鼓判をもらいました。 

 

司会者の方と急きょ打ち合わせをして 

新婦の友人には内緒で、最後のスピーチにいれてもらいました。 

 

けれど順番が近づくにつれ、 

私の緊張は極度に高まり食事も喉を通らないほど。 

横で夫が変なギャグを言って来るのですが、全然笑えません。 

緊張を解すために、ワインを飲んでみましたが、 

クラクラするばかりで効果なし。 

 

 

 

そして、いよいよ私の出番になって・・・・・・ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失敗してしまいました~~~~(;_;) 

 

自分で申し出ておきながら、 

吃りまくって、まともにスピーチができませんでした。。。。 

途中、隣に居てもらった夫に何度もフォローしてもらいましたが、 

爆笑どころか会場が静まり返ってしまいました。 

 

友人に恩返しがしたかったのに、 

逆に恥をかかせてしまったのではないかと 

悲しい気持ちになりました。 

 

けれど、私のスピーチが終わった後、 

友人を見ると、彼女は泣いていました。 

隣の夫の目にも涙が。。。 

 

 

帰りの電車の中で夫がその時の様子を話してくれました。 

(私は緊張のあまり周りが見えていなかったので^^;) 

 

「みんな 始めはこの人、緊張して話せないんだと思ったんだよ。 

けれど途中から、本当に話せない人なんだって気づいて・・・。 

それなのに自分からスピーチを申し出て、 

そこまでしてこの人はおめでとうを伝えたかったんだ!! 

ってことが分かったから、しんみりしてしまったんだよ。」 

 

それからもう一言。 

 

「君はボクサーのようだったよ。何度打たれても起き上がってくる。」 

 

ボクサーかぁ。。。 

うーん、ボクサー… 

本当に失敗してしまったんだけど、 

これで良かったのかなぁ??? どうなんだろう(>_<) 

そんな思いが未だにグルグル頭の中を廻っています。 

しばらくはこんな状態が続くのかなぁ。 

 

 

今回は久々の長文になってしまいました^^; 

ここまで読んで下さったみなさん、本当にありがとうございます。