Research

倉澤奈津子さん竹腰美夏さん

 倉澤奈津子さんは、6年前に右肩から腕を切断した方。まだまだ謎の多い幻肢痛について、お話を伺いました。倉澤さんの幻肢の特徴は「体の中に入っている」こと。驚くのは、存在していないものについて話しているのに、質問すると迷いなく答えが返ってくること。上げたり下げたりすることもできるそうです。

インタビューを行ったのは、倉澤さんが最近ルームシェアを始めたお部屋のリビング。ルームシェアの相手は、若きデザイナー/リサーチャーの竹腰美夏さん。必然、リビングは義手開発のラボにもなります。単なるハイテク信奉とは違う、竹腰さんの技術観も興味深いです。


 倉澤奈津子さんプロフィール

Mission ARM Japan理事

2011年に骨肉腫で右腕を肩から切断。がん患者で作った「患者会上肢の会」を2014年にNPO法人化する。コミュニティ活動を軸に、自らの欲しい肩をつくるために「肩パッドプロジェクト」をプロデュースしている。

 

竹腰美夏さんプロフィール

デザイナー/リサーチャー

1992年北海道札幌市生まれ。2016年Misson ARM Japanに参加。「納得のいく身体をFabする」をテーマに、上肢障がいを持つ人のボディイメージや独自の身体性を考察し、義手・身体のデザインを行う。

 

特定非営利活動法人 Mission ARM Japan

2014年6月に設立。上肢身体障害者(児)を対象にコミュニティー活動を行い情報交換の場を提供し、そこで得られる情報を元に、義肢装具や障害者向けの商品を扱う専門業者などに企画提案、開発支援を行い、上肢身体障害者(児)のQOL(生活の質)を向上させ福祉の増進を図ることを目的としている。また、いまだ解明されていない幻肢痛などの後遺症の研究機関や、義肢装具の研究開発機関などと情報交換し、医療や保健の今後の発展に寄与することを目指している。

 

◎6年間の変化

伊藤 お二人はここで一緒に生活をされているんですよね。

 

竹腰 シェアハウスを初めて、1ヶ月半くらいになります。昨日も夜遅くまで話してましたね(笑)

 

伊藤 生活と開発を一緒にやるというスタイルにもとても興味を惹かれるのですが、まずはお一人ずつ、個別にお話を聞かせてください。

 倉澤さんは、いま右の肩から先を切断されて6年目ということですよね。

 

倉澤 はい、先週の金曜日で6年目が終わって7年目に入りました。

 

伊藤 7年というのは、長いですか?短いですか?

 

倉澤 病気(骨肉腫)であと5年と言われていたので、そこが目標でした。それを過ぎて、ここ1年くらいはおまけという感じもあり、変化してきたなという気がします。たとえば人前でご飯を食べるときに、以前は手を添えられなくて食べにくかったのですが、7年経つと習得して、小学校1年生というか、「わたし、上手に食べれてるな」と思えるようになってきました。もともと右利きだったのですが、今は左で食べれています。

 

伊藤 お話されていても、左手で自然に身振りが出ますね。

 

倉澤 もともと身振りをしながらしゃべるタイプだったんですが、両手じゃないからいやだなみたいな気持ちがあって、上を向かないでしゃべっていました。でも訴えたいことがしっかりしてきて、左手も動くようになり、生活に少し自信が持てるようになってきたかな、というのがあります。不安で不安でしょうがなかったのが、この1年でぐっと上がってきました。

 

伊藤 ご自宅を出てここで生活するようになったことも、自信がついたことと関係していますか。

 

倉澤 そうですね…Mission ARM Japanの活動を充実させたいというのと、活動の開発メンバーに女性がいなかったところに竹腰さんが入ってきて、住んでみたら、家族でも分かってもらえないようなことをすくいあげてくれるなと思いました。ここ一ヶ月くらい、自分のことをかなり言葉にできるようになってきました。結構厳しく、「それどういう意味?」みたいに言ってくるんですよ(笑)

 

竹腰 倉澤さん、よく主語がないんですよ(笑)

 

伊藤 厳しいですね(笑) 

   体の状態も、この6年間で変化はありましたか。

 

倉澤 最初は、支給された装具の右肩が重くて、体がゆがんでいたかもしれません。自分で分からないなりに作った装具をつけても、しんどくてしょうがなかったんです。痛いというわけではないんですが、なんか落ち着かない。それが、いろいろ研究して、肩パッドを開発していった結果、なんとなく体が嫌がらなくなって、自分の芯が真ん中に来た感じがします。それで体が楽になりました。

 

伊藤 最初は傾いていたんですね。

 

倉澤 みんなに言われましたね。首や背中も痛くて、長時間出かけていることがしんどかったです。今は大丈夫になりました。

 筋肉のつき方も変わって、右の背筋が、背骨の横のところで盛り上がってきました。全然違いますね。背筋が腕の代わりのようになっているような気がしますね。それから肋骨の一本一本も、右のほうがしっかりしてきました。切断していない左の方が、筋力がついてムキムキになるとお医者さんには言われていたんですが、それよりも切断した右の方がしっかりしてきました。それから足も変わりました。それだけ踏ん張っているのか、足の裏の角質が硬くなるところも変わってきました。なんで右側ばっかりなんだろう、という感じですが。

 

伊藤 リサーチのなかで、左右のバランスが変わるタイプの障害に出会うことがしばしばあります。片方聞こえない、片方見えない、といったタイプです。体が左右対称でなくなると、バランスのとり方や空間の感じ方も左右対称でなくなってきますね。

 

倉澤 夜に肩パッドをつけないでウォーキングに行くことが多いのですが、この前のゴールデンウィークに、1、2歩出たら走りたくてしょうがなくなったんです。前はきっと右側をどうするか、ということを考えていたんですが、重心が真ん中に来て、前に出たくてしょうがなくなった。それで足が前に勝手に出るようになった。走る用の靴ではなかったので、次の日から足首が痛くて痛くてしょうがなかったんですが(笑)、二日目も三日目も、走ろうという気持ちになりました。今はストップがかかってウォーキングも禁止になってしまっているんですが(笑)

 

伊藤 面白いですね!左右という軸で気にしていたのが、前後の軸が出てきたんですね。前へ前へって。

 

倉澤 前向きになっている自分に拍車がかかるみたいな感じで、走りながら自分でも嬉しくて嬉しくて仕方なかったです。

 

伊藤 「重心」と「衝動」って深く関係していると思うのですが、意識する方向が変わってきたんですね。

 

倉澤 そうですね。むしろ無意識に、「いやだ、つかれた」と下向いて丸くなっていたのが、なくなってきたように思うんです。研究している肩パッドのせいかもしれません。接地面が少ないので、体が自由に動かせる、ひねれるようになってきたんです。いきなりそうだったら曲がった体になっていたかもしれないんですが、段階を経て、5年目、6年目でこういうふうに軸ができて軽くなったのがよかったのかなと思っています。

 

◎胴の中に埋まっている幻肢

伊藤 とらえ方としては、肩と腕というのは別ものという感じですか。

 

倉澤 別ですね…。肩は、ないと洋服が落ちてしまって気になります。だから、肩パッドがあると、やるべきことに集中できる。今着けている肩パッドは首回りからパッドが少し見えてしまってもデザイン的に大丈夫なので、それほど気になりません。腕は、義手があるとどこにいっちゃったかなというのが逆に気になってしまいます。

 

伊藤 なるほど。肩パッドは、でも、自分の肩だという感覚とは違いますよね。どんな感じでしょうか。

 

倉澤 幻肢痛で、腕の存在は感じていて、それが肩までつながっている感じはあります。だから、ここに肩があるという感じはします。触ると感じないだけで、視覚効果で、肩パッドの肩を自分の肩だと意識していると思います。肩はもともとそんなに動くパーツじゃないので、感覚とか操作性があまり問題にならないのかもしれません。

 

伊藤 確かに肩は、とても役に立っているけど、意識的に使う場所ではないですね。これがない状態、というのはイメージしにくいです。

 

倉澤 ショルダーバックを肩パッドをした右の肩にかけるのですが、落ちたときに気がつかないんです。肩に感覚があれば、落ちそうになった段階で直すと思うのですが、気が付かずつるんと落ちてしまう。あ、感じないままなんだよねって。

 

伊藤 なるほど。実は落ちないように肩がフォローしているわけですね。

 両肩に力を上に引き上げると、どんな感じですか。

 

倉澤 あ、やっぱり自分の肩を感じていますね。幻肢を感じている、ということなのですが。触らなければ、自分は肩がないという意識がないですね。

 

伊藤 肩甲骨はありますか。

 

倉澤 肩甲骨離断という形なので、肩甲骨はないです、鎖骨も半分までです。肩の筋肉は残っています。だから、幻肢を上げるということで、肩も上がる感じがするんです。

 

伊藤 なるほど。今、幻肢が上がっているんですね。

 

倉澤 上がっています。ただ、なぜか腕を前に出すことができないんです。後ろには肘を引くことができるんですが、なぜか前には行かない。腕を後ろに引こうとすると、肩甲骨を寄せている感じがあります。高さは、肩より上には行かないです。ただ、手の部分が、体から出ないんです。日によって手の位置が違うことがあります。

 

伊藤 手が体の中にあるんですか!しかも日によって位置が変わるんですね。

 

倉澤 胴の中のところにいますね。毎朝目がさめると、手の位置を確認して、その位置を楽しむ感じです。あ、今日はここにいる、みたいな。雨の時や台風が来ているときなどはビリビリして痛いのですが、日頃は、今日はここだな、と確認しています。

 メンタルというより、疲れや気候の影響が大きくて、痛みの度合いが高くなります。そうすると、何をやっても痛みが勝っちゃう感じで、しゃべっていても集中できない時があります。痛みが主張してきます。可動域はあまり変わらないような気がします。

 あとは首の骨を触ると、メーターが上がるみたいな感じでピッと幻肢が痛みます。持病の頚椎ヘルニアの影響もあるかもしれません。

 

伊藤 なるほど。その幻肢の手には、指はあるのですか。

 

倉澤 あります。ただ、三つに分かれています。「親指」「人差し指と中指」「薬指と小指」の三つです。

 

伊藤 はっきり三つだと分かるんですね。

 

倉澤 分かります。いつも痛くて痺れているのは、「薬指と小指」です。全体的に、外側が痺れています。親指を自分でおかしな方向に曲げて痛がらせているみたいな感じです。誰かが指を持って動かしているのではなく、自分で親指を動かして「いや、違う、その方向は行かないんだけど…」みたいな感じです。

 

伊藤 自分で動かせるんですね。

 

倉澤 自分で動かすというより、指が変な方向になっちゃって、「誰がやってるの?痛いからやめて〜」という感じです。

 人差し指と中指は存在感として感じています。ぼわーんとした太い感じです。2本だけが大きくて、自分の意思で動かすことはできないです。腫れていて動かない感じ。正座したときの痺れのような感じです。

 

伊藤 どうして、「指3本」ではなくて「親指/人差し指と中指/薬指と小指」と指がくっついたものだと分かるんですか?

 

倉澤 動かせないからです。二本が離れられないという感じがあります。

 

伊藤 動くかどうかが重要なんですね。

 拍手のような両手を使うイメージは持てますか。

 

倉澤 たいていは手が体の中に埋まっているので、何かを一緒にやるというのは難しいですね。

 

伊藤 なるほど。胴の中に入っているというのは不思議ですね。

 

倉澤 三角巾で吊っている感じですね。手術前の一ヶ月、折れて抜けないように、ずっと三角巾で吊っていたんです。痛くてこの状態で生活していたので、最後の記憶なのかなと思ったりします。

 

伊藤 なるほど。でも三角巾で吊っていたのと、体の中っていうのは、似ているけれどちょっと違いますよね。ポケットに手を入れている感じに近いんでしょうか。

 

倉澤 埋まっているのかな…自分のボディを感じてみると、あ、やっぱり埋まってますね。

 

伊藤 (笑)確信を持って分かるのが面白いですよね。

 

倉澤 同じような幻肢の人で、体の中に入っている日と前に出ている日がある人がいるんですが、私は前に出ないですね。

 いま、話をしていて幻肢を意識しているので、肩凝りというか、肩まで主張していますね。幻肢が1.3倍くらいに大きくなっていますね。

 

伊藤 意識すると大きさが変わるんですね。

 

倉澤 そうなんです。ときどきハルクみたいに大きくなって、体をはみ出るんじゃないかと感じます。弾けて肉片が飛ぶんじゃないかというくらい腫れたりすることもあります。前はよくそういうことがありましたが、今は減りましたね。

 

伊藤 それは辛そうですね。

 

倉澤 ときどき唸ってうずくまることがありますね。「大丈夫ですか?どうしたらいいですか?」って声かけてもらうんですが、幻肢なのでどうしようもなくて(笑)。

 

伊藤 たとえば5分くらいじっとしていると治まったりするものなのですか?

 

倉澤 痛みの逃し方みたいなのがあるんですよね。脳が痛さにびっくりしているので、「落ち着いて、落ち着いて」となだめて慣れさせる感じですね。

 

伊藤 となると、幻肢の形じたいは、6年間であまり変わっていない感じでしょうか。

 

倉澤 そうですね。形は変わっていないのですが、痛みの感じ方の説明ができるようになりました。最初は慣れていなかったので、「今日は痛みが大きい」「小さい」という表現しかできなかったんですが、幻肢痛の仲間と話すようになって、私の場合は幻肢はこうなっている、と言葉にしたり痛みを数値化できるようになったんです。

 

伊藤 足を切断した人と話すこともありますか。

 

倉澤 ひとりだけ、知り合いでいますが、手を切断した方が仲間には多いですね。高齢者の場合には、消えている時間と痛い時間があるようですが、30代—50代くらいの人は、常に痛くて悩んでいらっしゃるようです。

 

◎義手をつけたら

伊藤 これから幻肢がなくなったらどうですか?この前、手の記憶をなくすようで寂しいとおっしゃっていましたが。

 

倉澤 いま義手を作る手続きをしています。それができたら視覚効果で幻肢はなくなっていくのかなと思います。自分の中での手の感覚がなくなり、触ったときも感覚がなくてただの物体になったときに、どういう感じなのかな、と思います。喪失感みたいなものがあるのか、それとも見た目の手ができてうれしくなるのか。複雑になるかもしれない。

 

竹腰 かつての手のように操作できないと、幻肢が消えないんじゃないかなと思うんですよね。

 

倉澤 肘から先を切断した人で、幻肢痛がひどいという人は、電動義手をつけて自分の意思で動かすと、感覚がなくても、脳はだまされてくれるのかなと思います。肘から上を切断した人は、電動義手があまり使えないので、脳をだませないのかなと思います。それができたらいいとも思いますが、複雑です。

 

伊藤 体を内側から感じるのか、外側から感じるのか、というのは面白い問題ですね。以前、二分脊椎症の方にインタビューをしたときに、下半身は感覚がないので純粋に外側からのみ感じていて、上半身とずれがあるという話がでました。ただ、下半身をケガしているのに目で見て気がつくと、痛みのようなものを感じることがあるようで、上半身の内側からの経験が、下半身の現象を理解するときに使われているのかもしれない、と。

 

倉澤 面白いですね。それを聞いたら早く義手をつけてみたくなりました(笑)。

 

竹腰 倉澤さんの場合は、最初親指が変な方向に曲がっている義手をつけておくといいかもしれないですね。それを見て、痛いのは当然だと思ってから、直していく。

 

倉澤 幻肢を形にしてそれを動かすということはやってみたくて、とりあえず体の中から出したいんですが、うまくいかなくて、どうにも頑固なんですよね。

 

伊藤 体の中に入っているというのは、そもそも見えないので視覚効果を使いにくいですね。

 

倉澤 いきなり義手をつけると、右腕が二本あるような感じになると思います。最初は曲げて体についた状態にしておいて、そこから少しずつ前に出していくといいのかな、と思います。

 

伊藤 ふつう、リハビリではそういったことを丁寧にやっていくものなんですか。

 

倉澤 当時ミラーセラピーという治療法の情報が出始めたばかりだったので、あまりよくわからずにやった記憶がありますが、丁寧にはやりません。切った直後からきちんとリハビリをやっていけば、幻肢痛も改善されるのかなと思うのですが、メカニズムが解明されていないので、リハビリの方法も確立されてないようです。

 

伊藤 ただ、義手がついたとしても、動作はすでに左手だけでできているわけですよね。

 

倉澤 両手で何かをしていた、という記憶はもうあまりないですね。たとえばクリアファイルに書類を入れる、というときに、両手がなくてもどかしいとは感じないです。何かをしようとしたときに「手が出る」という感覚がないというか。左手でやってできないというイライラはあっても、右手何してるの、という感じはないですね。片手でどうしようか、という発想になる。病院にいたときから、その切り替えはあった気がします。

 

竹腰 義手がついたらじゃまかもしれないですね。

 

倉澤 義手は文鎮がわりかな。紙をおさえてくれたりする、便利な物という感じになるんじゃないでしょうか。

 

伊藤 動作をしようと思ったときの準備が変わってきてるんですね。

 

倉澤 肩からないと義手は重く感じてしまって使うという意識がいかないのかもしれないですね。この前気がついたんですが、私は脇の下がないんですよね。脇の下が残っている方だと、いろいろ使えるです。脇があればはさむことができるので。

 

伊藤 あごと肩で挟むのはどうですか。

 

倉澤 左の肩で電話を挟みますね。仕事に復帰しようと思ったときに、電話しながらメモが書けるように練習しました。

 

竹腰 電話ができるお仕事モードの義手があったらいいかもしれない(笑)

 

倉澤 欲しいな。作って!(笑)

 

◎パラメータじゃないニーズ

伊藤 いま、義手のデザインとしては他にどんなアイディアがあるんですか。

 

竹腰 いろいろアイディアを出してます。一番優先順位が高いのは、すごく軽い義手を作っている人がいるので、それをつけられるようにするための肩パッドです。いまの義手はこんな感じの付け方になっています(写真)。

 

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伊藤 肩パッドの中は空洞なんですね。

 

竹腰 いまはもうちょっと肉厚にしています。壁に押し付けてつけるので、積層しているところが避けてきちゃうんです。

 

倉澤 いまつけているものは、ぎゅっと触ると、筋肉感というか、より自分の肩に近い感じがします。

 

伊藤 こうやって見ると、肩ってとても微妙な形をしてますね。内側がちょっとへこんでいたりしますね。

 

倉澤 最初は布製のものを使っていたので、へこみがうまくでなくて、肩の形の細部まで再現できていなかったのですが、今使っているものは、左の肩をスキャンして、そのデータを反転させて3Dプリンターで作っているので、自分なんですよね。

 義肢装具士さんが義手を作ってもらっていたときは、石膏で型をとって、壁に紙を貼ってシルエットをとっていくような作り方でした。肩を壁に押し付けているので、緊張した状態の肩ができあがってしまう。そうすると、一息入れようとしてはーっと力を抜いたとしても、右肩が前に丸まらないんですよ。常に肩のつくりものを意識していました。3Dプリンターで作ったものは、肩甲骨のほうまであって、柔らかい素材なので一緒に動いてくれるように思います。肩を丸めて休めています。

 

伊藤 竹腰さんは、これまでに何個作っているんですか。

 

竹腰 6個くらいです。最初は、HACKberryの腕の長さを調節できるアプリを作ろうと思っていたんです。HACKberryのソースコードや基板、3Dデータはオープンソースになっているんですが、断端の長さは人によって違うので、容易に腕部分の3Dデータの長さが調節可能になれば良いと考えた訳です。それより前、学部のときにはプロダクトデザインを専攻していて、3Dプリンターでギブスをつくる研究をしていました。パラメトリックにギプスの大きさを変えられるようなシステムを試作しました。でも、学内でやっていて、実際のところはどうなんだろうと思っていたんです。それで人づてにMission ARM Japanの義肢装具士さんを紹介してもらって、初めてMission ARM Japanの2016年4月の定例会に参加しました。そうしたらこの団体としての雰囲気に惹かれてしまって、ここで何か活動したいな、と思うようになりました。

 当事者の人と話しているうちに、その人にとって欲しい義手や身体は人によって違うんだな、それは数値では表せないものなんだな、ということに気づきました。それで、ひとつひとつ、小さな欲求にしぼって、それをFabって、いっぱいいっぱい作るようになりました。たとえば立食パーティーのときに皿を乗せられる義手(写真)とかを作りました。パラメータじゃないニーズに移っていったんです。

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伊藤 なるほど。パラメータじゃないニーズ、すばらしいですね。

 

竹腰 純粋なエンジニアではなく、デザイン工学を学んできた人間なので、ニーズを聞いてある程度形にして考えていく、ということができるのが自分のいいところかなと思っています。機能を突き詰める方向のエンジニアリングもあると思うんですが、もうちょっと微妙な論点を形にしていくというのも結構難しくて、私はそこをやる人です。

 

伊藤 そうですね。エンジニアは機能的な精度をあげていく方向を目指しがちですが、それがニーズにあっているかどうかは別問題ですよね。

 

竹腰 HACKberry自体も大好きで、作ったエンジニアの方も尊敬しているんですが、「おまえはアンチHACKberryだ」と言われます(笑)。それは否定ではなくて、プロセスの違いなんです。今作られている電動義手が目指すのは、リアルな手の機能だと思うんです。リアルな手の機能はいっぱいあって、それを全部実現するのはこれから何年もかかると思うんですが、私はそのうちひとつでもいいから、「立食パーティー用の手」とか「ファッション用の肩」とかいった機能を、まず形にしていきました。HACKberry的なやり方がダメだというのではなくて、別のやり方でとりくんだだけです。いずれは一致するかもしれないなと思っています。

 

伊藤 この前のHaptic Design Meetup vol.2のプレゼンでも、実際に使う本人もニーズが分かっているわけではないから、形にしてみると、具体的なシチュエーションがイメージされて、ニーズが掘り出されてくるという話をされていましたね。

 

竹腰 前もっていただいていた、「身体と技術の望ましい関係は?」という質問に対する答えは、「選択肢がある」ということなのかなと思います。たとえば倉澤さんだったら、最初は布の肩パッドを使っていたところに、私が「3Dプリンターで作った肩パッドもありますよ」とチラつかせた(笑)。そうやって技術について情報提供したことによって始まったプロジェクトでした。手術の直後は、義手を作るのにどの長さにするか、くらいしか選択肢がなかったのに、だんだん増えていきました。選択肢が多いほうが豊かになると思います。選択することを繰り返し、どんどん試作して形にすることによって、ニーズも具体的になっていきます。

 

伊藤 選択肢って、往々にして自分で気づけないところにありますよね。人から言われて「あ、そういうやり方もあるんだ」って。

 

竹腰 選択肢を広げるためにも、当事者も積極的に調べることも大事だよねっていう話を倉澤さんとしていて、「患者力」と呼んでます(笑)

 

倉澤 無知で、もらったものを「いらない」と言って押入れにしまうのではなくて、「なぜそれがいらないのか」ということをちゃんと言えるようにならないと、欲しいものにたどり着けないんですよね。自分でもいろいろ勉強して、いろんなことを聞いたから、ここまで来れたのかなと思っています。

 

伊藤 竹腰さんにとって倉澤さんはどんな存在ですか。

 

竹腰 障害、という感じではなくて、倉澤さんは倉澤さん、倉澤さんのシェイプはこれ、という感じです。倉澤さんの引力に引き寄せられたところもあります。引力で引き寄せられた人がたまたま肩がなかったという感じ(笑)。こういう、永遠のテーマをもっている人のそばにいたら、私はそのテーマにそってものづくりをすれば、何か面白いことが起きるなという感じがあります。

 

2017年8月8日@2人のシェアハウス兼ラボにて