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NYさん

脳梗塞から3年半経つNYさんにインタビューをしました。NYさんとの出会いはものすごい偶然。私がある喫茶店でインタビューをしていたところ、たまたま隣に座っていらして声をかけてくださったのでした。風が吹くと困ることや、言語障害の感覚など、私にとっては初めてのエピソードばかりでした。


NYさんプロフィール

女性。大学院に通いながら舞台翻訳家として活躍していたが、40代で脳梗塞を発症し、3年半経つ。右半身に麻痺が残る。

 

◎言語障害

NY 病気の後遺症があって、たまに言葉が出てこないことがあるんです。それに備えて、文章で書いてきました。

 

伊藤 わあ、ありがとうございます。

 

NY いまだに、自分の病気について分かっていない部分があって。知りたくないというか…。

 

伊藤 あまりフォーカスを当てたくない話は、適当にかわしてください。答えたい質問だけ答えてくだされば。

 

NY でも、私にとってこれはいい機会です。発症して3年半になりますが、病気について避けてきた部分があって、人に説明できなかったんです。脳梗塞は有名な病気なので、みなさん名前はご存じなんですが、どんな病気なのかと言われると、分からない。私も、自分はそんな病気じゃない、と封印していたんです。

 

伊藤 脳梗塞を発症する前は、どんなことをされていたんですか。

 

NY 舞台翻訳家といって、戯曲を英語から日本語に翻訳する仕事をしていました。主に仕事をしていたのは、文学座とか、俳優座とか、新劇系の劇団です。もともと好きだったのはミュージカルなんですが。いったん、関西の大学院に入りまして、研究をしていたんですが、その途中で仕事をするようになりました。ところが仕事が東京だったので、どっちつかずになってしまい、大学院のほうは退学しました。

 

伊藤 早い段階でお仕事を始められたんですね。

 

NY そのあと東京に移って15年くらい仕事をしたのですが、もうちょっとスキルアップして何か違うことができないかと思いまして、東京の大学院に入りました。入学して半年後に、脳梗塞を発症しました。夏学期の途中で倒れたので、単位を取っていないんです。それで半年休学するというのを繰り返して、また来月復学するんです。

 

伊藤 倒れたときはどのような状況でしたか。

 

NY 自宅のトイレにいるときに、突然体に違和感を発して、「あれ?あれ?なんか変」と思って、家族に電話をして「体が変なんだけど」と伝えて、「救急車を呼んだらどうか」と言われてそのうち2、3分で気を失いました。そのあと何も覚えていなくて、気がついたら病院のベッドに寝ていて何日も意識がなかったみたいです。

 

伊藤 本当に急だったんですんね。若いときだからまさかと思いますよね。でもぎりぎり救急車を呼べてよかったですね。目が覚めたあとはどのような状態でしたか。

 

NY 何がなんだか分からなくて。まず、言葉が出ないんです。

 

伊藤 言葉が出ないというのは、思い浮かぶけど発語できないということですか?それとも思い浮かぶこともできないということですか?

 

NY 思い浮かびはします。それが出てこないです。何が起こったのかが全くわからないので、私はなぜ声が出ないのか、私はなぜ動けないのか、という感じでした。

 

伊藤 言葉が思い浮かんでも出ないというのは、どんな感じですか。金縛りみたいな感じですか。

 

NY いや、脳から口のあいだにフィルターがかかっているような感じです。原因は分からないんですが、名前が言えないんです。私は誰なのっていう感じでした。

 

伊藤 「フィルターがある感じ」というのはどういう感じなんでしょうね。

 

NY もとの私は、パッと思って、パッと口に出るという感じだったんですが、発症後は、パッと思って、口まで距離があるという感じがするというか(笑)

 

伊藤 名前は忘れていたわけではない?

 

NY 忘れていたと思います。名前っていう概念がないというか…。人に聞かれても分からないし、分かっても言い返せない…。

 

伊藤 「言えない」にもいくつかのパターンがあったんですね。思い浮かんでいても言えないというパターンと、そもそも思い浮かばないというパターン、それから人の質問の意味が分からないというパターンと。

 

NY はい。右半身に障害が残ったので、左の言語脳がやられたんですよね。それでも、言語に関しては、私は後遺症が少ない方だと言われます。もっと重くて「あの、あの、あの、」とか「えっと、えっと、えっと」とか言葉が詰まる人も多いです。

 言語障害といっても失語症と構音障害は違うらしいんですが、私の場合はその両方があるんだと思います。以前は、「スケート」と言おうとして「ス、ス、ス…」となってしまっていたんですが、これは構音障害です。あとは単語の並び方によって言いやすいものと言いにくいものがあります。「ワタナベさん」が言えませんでした。濁音が言いにくいです。「フィギュア」とかも言えなかったです。急性期の病院では「が・ぐ・ご」「ぎゃ・ぎゅ・ぎょ」などの濁音とか、「ぴゃ・ぴゅ・ぴょ」などの半濁音をよく練習していましたね。

 

伊藤 音の順番が関係するというのは吃音と似ていますね。吃音の方が、「かんださん」は言えるのに、「かたださん」は言いにくいと行っていました。「ん」は鼻から抜けるので楽なんだそうです。

 

NY それは分かります。「かんださん」は言いやすいです。

 

伊藤 吃音の場合は、言えないときに、体が緊張することが多いんですよね。体が硬くなってしまう。そういう緊張もありますか。

 

NY ありますね。吃音の方は先天的な場合が多いと思うのですが、脳梗塞だと、もとの自分と比較してしまうんですね。何でこんなふうになっちゃったんだろう、って「何で」っていう言葉がどんどん出てきてしまう。だから、他の人としゃべりたくなくなるんですね。言葉が変だと思われるじゃないかと思って、しゃべりたくないので、それでしゃべろうとすると緊張するんだと思います。

 

◎利き手交換

NY 回復期の病院に3ヶ月くらい入院していたんですが、そのときの言語の訓練の1つに、四コマ漫画を見て、それがどういう話か説明して、台詞を書くという練習がありました。台詞を書くというのは私の仕事だったのに、それもできなかったんです。四コマ漫画なのでオチがあるんですが、オチが分からなかったり、どこに焦点をあてて書いたらいいのか分からない。たとえば、風が吹いてきて帽子が飛んでいっちゃったというシーンは、かぶっていた男の人の表情を中心に書けばいいのか、帽子なのか、風なのか、が分からないんです。

 

伊藤 絵が理解できないということは、単純に言語の問題でもないということなんでしょうか?

 

NY 絵の概念も分からなかったです。何とか分かっても、利き手が右で、右が動かないので、字が書けないんです。

 

伊藤 それは純粋に利き手の問題ですか?思った言葉が出ないように、思った字が書けないということはなかったですか?

 

NY それもあります。「あ」も、左手で書いたことがないので、逆に書いてしまったりしていました。

 

伊藤 なるほど。最初はそういう状態で、今はどうですか。

 

NY 今は、汚いですけれど、何とか書いてはいます。ただ、数人、同じ世代の同じ病気の友達がいるんですけれど、右半身麻痺の人は字が書けない、パソコンも打てないと言っています。私は左手だけでパソコンを打っていますが、以前の5倍くらい時間がかかりますね。

 

伊藤 それは、かつての自分の左手よりも、不器用になっているということですか。

 

NY 左手そのものは、器用になっていると思います。ただ、パソコンに関しては、以前は両手で打っていて、文字を見なくても打てていたのですが、今は、たとえば「か」と打つにしても「K」と「A」がどこにあるのかが分からない。なので、目で探してやっと打つという感じです。

 

伊藤 コップを持ったりする動作はどうですか。

 

NY 右手は重さに弱いので、どうしても左中心になりますね。ただ、両手でしかできないことも案外あります。鼻がかめなかったりします(笑)。顔は何とか片手で洗っていますが、左半分はきれいで右半分はなんか変、という感じです。メイク、箸、歯磨き、ドライヤー、利き手交換にけっこう時間がかかりました。

 

伊藤 確かに利き手を交換するというのはものすごいジャンプですよね。それまでの経験の蓄積を捨てないといけないわけですから。

 

NY 言葉が違っているかもしれないですが、「暗黙知」みたいなもの、何も考えずにできていたことが、何もできなくなって、そのやり方すら忘れているんですよね。「健側(左側)が模範生だから、それをよく見て、工夫してやりなさい」とか言われるんですけど、工夫できたらこんな苦労していないです。

 

伊藤 右手の状態は、今はどんな状態ですか。

 

NY まず肩が動き始めて、肘、手首、と動作が降りていくんです。もともとは、固定された感じでどこも動かなかったんですが、今は、肩が上がって手が後ろまで行くようになってきました。

 

伊藤 3年半でだいぶ動くようになるんですね。リハビリのたまものなのでしょうか。

 

NY そうともいえますし、日常生活のなかで動かしているというのもあります。私の場合は、車いすダンスをやっているので、そのレッスンが効いているかなというのもあります。

 

伊藤 あとは、手首と指ですね。

 

NY 手首から先が一番遅いんです。

 

伊藤 手を触らせていただいていいですか…外から動かそうとしても動かない感じですが、人差し指は動きますね。

 

NY 時間によって、あるいは日によって違うんですが、これも前は動かなかったんです。まず親指が動くようになって、次に人差し指、と動き始めるそうです。今は中指までが少し動きます。ただ、指を曲げる方向には動くけれど、伸ばす方向には動かないんです。

 緊張すると、伸びなくなります。一番緊張するのが電車の乗り降りです。扉が開くとみんなが乗ってくるのが怖いんです。

 

伊藤 足の状態はどうですか。

 

NY 今はオルトップというくるぶしから先の装具をつけています。一番重い人だと、太ももから先までの金属製の装具を使うのですが、私は急性期にはひざ下のプラスチック製の装具をつけていて、1年半くらい前からこのくるぶしから下のものに変えました。これが一番軽いものです。これより軽いものだと、ゴムのサポーターになります。

 

伊藤 装具の役割は何ですか。

 

NY 装具がないと、床に面してまっすぐ歩けないんです。どうしてもつま先が下に垂れて、床に引っかかっちゃうんです。つま先が上がらないと、うまく振り出せないで歩けないんです。ただ、装具をつけるということは、足の裏の感覚がなくなるということなので、路面の情報を拾えなくなってしまう。目で見て情報を拾おうとすると下を向いてしまうので、人とぶつかってしまうんです。

 

伊藤 なるほど。電車に乗るときは、下にもギャップがあって、人も降りてきて、非常に神経を使いますね。

 

NY 電車とホームのあいだに差がある駅とそうでない駅があって、丸の内線や大江戸線だと差がないんですが、三田線とかJRだと結構差が広くて怖いです。私の場合は、扉のところに手をついて乗るんですが、そこに人が立っている場合もあって、怖いです。精神的な恐怖感があって、それで体がこわばって、うまくできないんです。

 

伊藤 痙攣するぐらいまで緊張することはありますか。

 

NY 私はないですが、友達はあるそうです。あと、体が痛いという人もいます。天気によって、あるいは疲れによって、体が痛いそうです。

 

◎風に弱い

伊藤 触覚などの感覚はどのような感じですか。

 

NY リハビリ業界では、よく「薄い」という言い方をします。

 

伊藤 「薄い」?

 

NY 左側は「濃い」、で右側は「薄い」。薄いので、触っているという感覚はあるんですが、ぶつけてアザがあるに分からなかったというのはよくあります。でも、蚊に刺されてかゆいというのは分かるんですよね(笑)。麻痺は、正座をしていたあとの感覚が、右側にいつもあるという感じです。

 

伊藤 正座して麻痺しているときって、自分の体だけどちょっと自分の体じゃない感じがあります。同じような感じはありますか。

 

NY あります。そんな感じです。

 

伊藤 こうやってお話しているときも、左手で右手を触っていらっしゃることが多いですね。自分の手に触っている感じとちょっと違いますか。

 

NY それも、なんかフィルターがかかっている感じですね。触っている、だけども、なんか薄い(笑)。

 

伊藤 その場合は、右手は薄いけど左手は濃いわけですよね。

 

NY ぱっと見は手があって、足があるんですが、中身は、軽くて薄い感じですね。筋肉も本当に衰えてますしね。なのに、鉛のように重いんですよね。矛盾しているんですが。

 

伊藤 素材が変わった感じですか?

 

NY (笑)そうですね。日によっても重さが変わります。体調なのか、天気なのか、季節のものなのか、はっきりしません。ただ、冬はやっぱり重いです。それはみなさん言います。天気で言うと、晴れていて、風がない日が一番いい日です。最近は春で強風なので大変です。風速10メートル以上だと、ちょっと転びそうになります。

 

伊藤 えっ、どうして風がそんなに関係するんですか。

 

NY 右側は風に弱いんですよね。風に流されちゃうというか…。

 

伊藤 ふだん、風が吹いてくると無意識に踏ん張って抵抗してるんでしょうかね。

 

NY そうだと思います。風が吹いていると、歯をくいしばる感じです。歯も噛み締めで痛いんです。全身が緊張します。なので、約束があっても、風が吹いているとキャンセルしていました。でも健常者の人からすると風で来られないの?っていう感じですよね。

 

伊藤 私も知りませんでした。年に何回くらいそういう日がありますか。

 

NY 回数は分かりませんが、風速が「やや強い風」とされている10メートル以上だと、私にとってはもう無理です。足が突っ張って、歩けなくなりますので、天気予報を毎日5回くらい見てます。とにかく風速を調べたいんです(笑)。 最近、「春二番」が吹いた日があって、たまたま出かけちゃったんです。木に捕まらないと立っていられなかったです。そのときは、はとバスのツアコンさんが助けてくださって、家まで、100メートルくらいでしたがつきそってくれました。そのくらいのことができなくなっちゃうんです。

 

伊藤 風というのが、そんなに全身運動を要求するものだとは、考えてもみませんでした。

 

NY 風っていうのは、本当に全身で向き合わないと、対抗できないと思います。前から来る風は見えるのでいいんですが、横や後ろが大変です。

 天気でいうと、まず雪はすべるので外に出られません。雨のときは、杖と傘を持たなければならないので、今までは避けてきたんですが、これから復学したら、そうも言っていられないので、梅雨に入ったらどうしようかと心配です。

 

伊藤 3年半のあいだに、体の状態がそうとう変化しましたね。

 

NY それもよく分からないんです。装具は短くなってるし、そういう意味では変わったのかなと思うんですが、何がどうなって変わったのかよく分からないんです。一人暮らしを始めて、住環境が悪くなったんで、それで悪化したんじゃないかなと思うんです。今までは自費でリハビリを受けていたのですが、それもできなくなったんで、なんとなく体が重かったり、できていたことができなくなったりしています。

 

伊藤 具体的にはどのようなことができなくなった感じがしますか。

 

NY 歩きですね。以前は、リハビリを最大で週に4回受けていたんです。そのころは普通に歩けていました。これだったらもとどおりになるかもしれないという希望を持っていたのですが、今はそう思えません。歩きのぶんまわしも、よくなる前の状態に戻ってしまいました。ただ、リハビリの先生に歩き方を見ていただくと、元に戻っていない、よくなっていると言われます。だから、客観的に見るのと、主観的に見るので、評価が違っているんだと思います。

 

伊藤 なぜその違いが生まれるんでしょうかね。なぜ、できているのにできていないと感じてしまうんでしょうか。

 

NY 目標が高いのかもしれません。これでいいや、とはどうしても思えません。自分ではまっすぐ歩けてると思っても、鏡とかガラスとかを見ると、まだこんな状態だったのかと思ってしまう。「こうじゃないはず」という思いがあります。こうありたいとう自分のイメージと、実際の状態が乖離しているんだと思います。本当の本当は療法士さんが言うようによくなっているのかもしれませんが。切断なさった方は、そこで止まっているのですが、この病気の場合は、ゆるやかに改善するんじゃないかと言われているので、どうしても希望を持ってしまうんです。

 

◎車いすダンス

伊藤 車いすダンスを始められたのはいつ頃ですか。

 

NY 発症後1年半たった頃なので、もう2年近くやっています。もともと社交ダンスを習っていたので、その車いすバージョンがあるとネットで知って興味を持ちました。もともとは装具をつけて踊れるダンスがないかと車いすダンスの連盟にメールをしたら、教室に来なさいと言われて車いすダンスをやってみないかと言われました。でもそのときの私にとっては、歩けるのに車いすに乗るというのは、下にさがるという感じで反発がありました。足で踊りたかったんです。なので、始めは装具をつけたまま踊っていたんですが、遅くて、音楽に合わせられない。それで同時に車いすダンスも始めました。競技会に出て、賞を取ったりして、これも手段だと思ってやれば楽しいかもと思うようになりました。

 あと、健常者のプロの競技ダンサーと踊っているので、ふだん動かしていない腕を開くような動きをすることになります。相手の手の動きが伝わって、だんだんこちらも動けるようになってきます。心身一体というか、やはり楽しくないと体もうまく動かないんです。仕事で追われていると、家にいても肘がくの字にまがってきてしまいます。

 

伊藤 ということはリハビリ的な効果もかなりありますか。

 

NY 大ありだと思います。病院のリハビリの主治医や個人でお願いしていた療法士さんに聞いても、車いすで踊っている人を見たことがないのでリハビリ効果があるかは分からないと言われるんですが、でも、動画を見て頂くと、やっていることは医療的なリハと一緒だと言われます。私が個人で受けていたリハビリは、ボバースアプローチというリハビリです。病院でやっていたリハビリだと、ストップウォッチを片手に「これを5回やってください」「これを3分やってください」と言われる感じで、流れ作業で、しかも評価をされるので、「これをやっても意味があるのかな」と思ってしまうような雰囲気でした。

 でもボバースアプローチでは3人がかりで腕や腰をもって、姿勢を正しい位置にもどそうとする動きをするんですね。それはとても効果がありました。

 

伊藤 社交ダンスとボバースアプローチは似ているところはありますか。

 

NY あるみたいです。大会の動画を療法士さんに見てもらったら、筋肉の使い方が似ていると言われました。

 

伊藤 自分から動くだけではなくて、人に動かしてもらうというのも大きいんですかね。

 

NY あると思います。よく「意識して動け」と言われるんですが、意識できないからできないのであって(笑)、「どう意識したらいいの?」となってしまう。でもダンスだと持ってもらって動かすので、やりやすいです。

 

伊藤 相手の体のことも分かる人でないと、ペアは組めませんね。曲にあわせる感覚はどうですか。最初は足で踊りたいと思っていらしたわけですが、車いすだと音楽に乗ることができますか。

 

NY 車いすダンスだと、むしろ早いんですよね。早くなってしまうという感じです。車いすダンスは、足を使っていないように見えるんですが、実際は足も使わないと、腰を使えません。30分で息切れしてしまいます。下半身に麻痺がある人はそれができないように思えるのですが、でも私は右足も疲れるんです。なので、麻痺がある方も使っているんだと思います。右足は装具を外して踊っています。

 

伊藤 麻痺がある足も使っているんですね。

 

NY 重いので、切断したほうがいいんじゃないか、義足のほうがいいんじゃないかと思うときもあるんですが、実は仕事をしてるんです。友達で、バランスをくずして麻痺手を骨折した人がいるんですが、骨折して初めて使っていたことが分かったと言っていました。私も今は、買い物のときでもカゴをかけて重さをささえることができます。それは、右腕が曲がるようになったからできるようになったのであって、以前は、腕がまっすぐに伸びたまま動かなかったので、片手でカゴを持つことはできませんでした。

 

伊藤 右手を使う練習は意識的にしていますか。

 

NY しています。親指と人差し指に何かを挟んでもつことはできますが、はずせないんです。はずすというのは難しい動作で、みなさんそうです。以前は、離そうと思ってもどうしてもできなかったんですが、最近は意識すると離せるようになってきました。「意識して」と「工夫して」はものすごく言われる言葉なんですが、意識するってどういうことなのか、これを持つのにどう工夫したらいいのか、困ってしまうんですよね。

 

伊藤 考えて使っていなかったものを意識するとか工夫するとか言われても、よほどダンサーのように筋肉の動きなどに敏感な人でなければ、難しいですよね。たいていの人は、自分の今の体の状態のことなど把握していないし、できないですよね。鏡を見て驚くというのも分かる気がします。

 

NY はい。それに意識してばかりいると疲れてしまいます。だから、「トイレに行ったら意識をする」というふうに区分けをしてやります。最近は、左手で何でもできるようになってきたので、もうこれでいいやとも思います。

 ダンサーが体に対する意識が高いというのを、私にあてはめると、言葉に対する意識が高いので、言葉の治りが早かったです。それは一理ある、と療法士さんが言っていました。

 

伊藤 なるほど。面白いですね。人によって、意識してやっている機能が違っていて、それが治り方に関係してくるのかもしれませんね。いまこうやってお話していて、言葉の問題を感じることは全くありません。3年半でここまで回復されたというのはそうとう早いのではないですか。

 

NY 以前は、抽象的な言葉が苦手で、言い換えることもできませんでした。でも今は、言いたい言葉が出てこないときに、ぱっと別の言葉に言い換えられるようになったんです。

 

伊藤 言い換えというのは、外国語を話すときの感覚に近いですか。

 

NY そうです。そうだと思います。外国語に関して言うと、まず母国語が回復して、それから外国語が回復していきます。私はもともと英語が仕事だったんですが、好きだったのは中国語だったんです。中国語は、漢字なので、文字を見ると思い出しやすいです。

 急性期は時間の感覚もなかったんです。数字の概念が分からないし、時計を見ても分からない。それは今では治ってきました。でも計算ができないです。簡単な計算でもびっくりするくらいできないんです。いま2017年で3年半前に発症した、じゃあ発症したのは何年かと言われると、計算機で計算しないと分かりません。

 

伊藤 なるほど。数えることはできるんですか。

 

NY 数えることはできます。もともと暗算が得意で、たとえばドーナツを10個くらい買って、合計金額を計算することができたんです。でも今は108円と136円を足すことでも分からなくなっているので…。

 

伊藤 たとえば、ボタンがこっちに3個、あっちに4個あって、それを足す、というふうに具体物に紐づければ計算することはできますか?

 

NY それはできます。物があるとできます。

 

伊藤 ワーキングメモリーの問題でしょうかね。

 

NY 計算ができないというのはなかなか人に言えなくて。相手がゆっくり話したり、哀れみの目で見られるのでつらいです。うつ病は、脳梗塞の典型的な二次障害です。再発の問題もありますしね。私は一人で暮らしていて、自分で何でもやらなくはならないので、そうも言っていられないという感じですが。

 (2017/3/10 @駅ナカの喫茶店にて)