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荒美有紀さん

盲ろうの荒美有紀さん(みゆさん)にインタビューをしました。見えない・聞こえない方にじっくりお話をするのは初めて。盲ろう的なかわいさの話など、女子ならでは視点から見えない・聞こえない体をとらえることができました。

私の声は、岡本武さんによる指点字通訳で伝えていただきました(みゆさんは直接声で語りかけてくれました)。指点字とは、盲ろう者の両手の指を、点字タイプライターの6つのキーに見立てて、翻訳者がそれを「押して」いくというやり方。指点字をしているときに、みゆさんが卒論のテーマでもある「星の王子さま」のハンドタオルの上に手を置いていたのが印象的でした。

コミュニケーションの手段は、他にも、手の平や肩などに文章を書き込むやり方もあります。体のあちこちをノートのように使って文字でやりとりするコミュニケーションは、これまでに出会ったことのない体のあり方でとても新鮮でした。

荒美有紀
1988年生まれ。明治学院大学文学部フランス文学科卒業。16歳のときに、「神経線維腫症2型」という身体中の神経に腫瘍ができてしまう難病を発症。以 後、聴覚、肢体、視覚に障害が現れる。現在は全盲、全聾に加え、手に障害があり、歩行にも困難が伴う。現在、東京盲ろう者友の会理事、全国盲ろう者協会の 発行する雑誌「コミュニカ」編集委員。


◎盲ろう的かわいさ

荒 私の声、出ていないですか?ちょっと風邪気味なんです。

 

伊藤 大丈夫です、よく聞こえます。

 みゆさんのご著書『手のひらから広がる未来 ヘレン・ケラーになった女子大生』を読ませていただきました。盲ろうのみゆさんならではのものの見方や工夫にについて知ることができたと当時に、タイトルにもある「女子大生」らしさ、つまり女子大生としての自然さもとても印象的でした。たとえば「かわいいもの」への興味について書かれていますが、盲ろうの状態になってから新たにかわいさを発見したものはありますか。

 

荒 盲ろうの友達に東北のお土産でもらったのですが、「ずんだ豆ちゃん」というストラップがかわいいなあと思います。ふわふわした素材でできた豆が三つさやに入っているのですが、豆を引っぱるとさやから出てくるんです。

 

伊藤 豆がさやから出てくるところがかわいいんですか?それとも丸い形や感触がかわいいんですか?

 

荒 うーん、飛び出す感じがかわいいです。

 

伊藤 へえ、面白い。飛び出すというのは、生きているという感じということですか?

 

荒 そうですね。ハムスターのような生き物が好きで、動物園のふれあい広場などで、抱いたりお腹に乗せたりするのが楽しいです。小さい頃から小型犬やうさぎを飼っていたので、動物には愛情がありますね。

 

伊藤 でも、このずんだ豆ちゃんのように本当は生きていないものでも、飛び出すという動きを通して、動物と似ていると感じられるのが面白いなと思いました。

 

荒 音に反応して動くぬいぐるみもかわいいなと思いますね。盲ろう的かわいさは、視覚的なかわいさではないですね。

 

伊藤 盲ろうの方同士では、かわいいと感じるものが共通していたりしますか。

 

荒 そうですね。ずんだ豆ちゃんをくれた友達は、盲ろうになってあきらめていたこと、たとえばおしゃれなども、できると教えてくれた方ですね。

盲ろうという同じような障害だけど、年代や性別、障害をおった時期によっても趣味やかわいいと感じるものは人それぞれ違うと思います。たとえば、私はねこあしのバスタブやテーブルもかわいいと思うけど、あるもうろうのおじさまはそういうものにまったく興味がないかたもいる。レギンスやトレンカなど、そういった類のものは すべて「ももひき」といったりします。それはその人がもうろうになる前の時代には、「ももひき」が主流だったから、新しくでてきたものに疎い、ということもあります。でも、基本的に、自分の手で触ることができて、頭の中のイメージにつながることができるものをかわいいと感じるのではないかと思います。

 

伊藤 なるほど。みゆさんはメイクもされていますね。自分でやるのですか?

 

荒 そうですね。骨格を触りながらやります。

 

伊藤 アイラインを引くのは難しくないですか?私はできないです(笑)

 

荒 (笑)慣れるとできますよ。女性として、すっぴんで出かけるのはちょっと問題かなと思ってやっています。見る側にもいい印象を持ってもらえるように気をつけています。

 私が盲ろうになったときに、盲ろうの友達から教えてもらったのはいろんなことがあるけれど、その中でもオシャレや写真についてが私には驚きでした。写真はもちろん自分では見えないけれど、写真のまわりにその写真の人物やシチュエーションなどを点字で書いて、自分が思い出せるようにするというやりかたをするんです。まわりの人たちが写真をみた反応を楽しむという、写真の楽しみ方をします。

 

◎指点字

伊藤 いま、岡本さんが指点字で私の話すことをみゆさんに伝えてくれていますが、指点字によるコミュニケーションってどういう感じなんですか。ふつうの会話と同じなのか、それとも違うのか。難しい質問ですが。

 

荒 そうですね…指点字の通訳歴が長い人にやってもらうと、本当にしゃべっているみたいな感じがします。ポイントは何ですかね…。

 

岡本 リズム?

 

荒 会話だけではなくて、視覚的な情報もたくさん伝えてもらえると、相手がどういうふうに反応しているかも分かるんです。そうすると、人と会っている臨場感が伝わりますね。

 

伊藤 それはたとえば、私がとまどいながら返事をしたとか、反論するように言ったとか、顔では納得したように言っているけど実はそうではない感じとか、そういう細かいニュアンスも指点字で伝えることができる、ということですか?

 

荒 通訳さんを通して、見たり聞いたりしていますね。写真を撮るときに何かを隠したのを私た知っていて、「何で知ってるの?」と戸惑われたりします。

 

伊藤 私がしゃべっている内容は、間接話法と直接話法、どちらで翻訳されているんですか?つまり、私が言った言葉が一語一句そのまま伝わっているのか、それとも「こういう内容のことを伊藤さんが言っています」と要約的に伝わっているのか。

 

荒 間接話法だと、人としゃべっている感じがしないので、直接話法で伝えてもらっています。伊藤先生の頭文字「い」をまず打ってもらって、そのあとにスラッシュを入れて、そのあとに発言内容をそのまま打ってもらっています。

 

伊藤 その方法だと3人以上で会話をしていても混乱しないですね。

 

荒 そうですね。

指点字は話言葉ですが、指で会話を読んでいるのと同じです。つまり、なにもしなくても耳から情報が入ってくるわけではないので、まず指点字を読みとるの に頭を使い、労力がかかります。くわえて、会話にも頭を使う必要がありますが、私の場合は疲れてくるとゆび点字を読むだけでいっぱいいっぱいになるので、 会話の中身に頭を使うことができなくなってくる。だから、自分の発言をあとでゆっくり思い出すとはずかしいときが多いです。

よく「指点字は演劇などに使われるシナリオを読んでいるかんじだ」と言われます。シナリオには、発言者や行動が明記してありますよね。たとえば何かのセリフには、「怒ったかんじで」とか。指点字もそういったようなしくみです。

 

伊藤 なるほど。シナリオと言われると分かりやすいですが、情報を統合しなければならないので、確かに労力を使いそうです。

よく講演をされていますが、そのときは、自分の声で話されるんですか。

 

荒 そうですね。

 

伊藤 みゆさんにとって声を出すというのはどういうことですか?自分に聞こえていない状態で声を出すのは、怖かったり不安だったりするのではないかと想像するのですが…

 

荒 声が出せるのは、自分の考えを伝えることができるので便利です。怖いというふうにはあまり感じないです。

 

伊藤 岡本さんとは、見えていた頃からの知り合いなんですか?

 

荒 いえ、盲ろうになって復学したときに、点字のサークルで知り合いました。だから、指点字で伝えてくれる内容や、まわりの人の話から、岡本さんがどんな人か想像しています。同じ場所にいても、通訳の人によって説明することが違います。先生の本で、同じ美術作品を見ても人によって見方が違うという話がありましたが、盲ろうの人にとっての世界の見方も同じで、いろいろな人の感じ方を集めて、頭の中にイメージを作っていく感じです。小説の主人公のイメージも、本を読んでいくうちにだんだんできあがっていきますが、それと同じです。

 

伊藤 面白いですね。そのときのイメージは視覚的なものですか?

 

荒 うーん…最初は周りの人の反応を大切にしますが、それらを自分で触ったりしているうちに頭の中にイメージや地図ができあがっていきます。目で見える道ではなく、自分が通ったり触ったりした道で地図ができていきます。その地図を頭の中で理解できるようになると、一人でも歩けます。

 

伊藤 自宅から駅までを一人で歩くこともあるのですか?

 

荒 盲ろうだと、まわりの危険に気づくことができないので、信号や踏切を渡らなければいけない場所があると行けないですね。でも慣れている道だと行ってしまう盲ろうの方もいます。

 

◎かばんで花火を「聞く」

伊藤 手の使い方について教えてください。ご著書の中で、ビーズ手芸をやるときに爪を使う、と書いてありました。ふだん、自分の爪を道具として意識したことがなかったので新鮮でした。

 

荒 爪は鍵穴の方向など、穴の形をチェックするのに便利です。指の腹だと穴の中まで入らないけれど、爪だと中まで入るので分かりやすいです。見えなくなってから、爪を使うようになりました。

 

伊藤 ものの形を手で把握するのは難しくないですか。

 

荒 難しいです(笑)。先生の本の中で、「四本脚の椅子」と「三本脚の椅子」の比喩がありましたよね。私の場合は、四本脚の椅子に座っていたらいきなり二本脚になった感じだったので、まだ視覚を使わないで把握するという状態に脳を作り替えている途中なんだと思います。

 

伊藤 いま、盲ろうの状態になって5年目ですよね。だんだんこの世界に慣れてきた、という実感はありますか。

 

荒 やっぱり、触って把握することには慣れてきた感じがありますね。まわりがどういうふうに動いているかは、最初は全部知りたいと思っていたんですが、全部知っても自分で処理しきれないこともあるので、理解できるぐらいの情報を得られればいいなと思うようになりました。

 

伊藤 人に伝えられる情報ではなく、自分で直接知覚する情報にはどのようなものがありますか。

 

荒 家にいると一人で歩いたりもしているのですが、家族が帰ってくると分かりますね。空気の流れが変わります。人が歩いていると空気が違うんですよね。今いる部屋の窓が開いているかどうかも感じます。床の振動に対しても敏感になりましたね。人がやってくるのが分かります。

 

伊藤 電化製品の振動も感じますか?

 

荒 掃除機や電子レンジの振動は感じますね。電子レンジやルーターは、直接触って、電源が入っているかを確認します。触ると、機械が振動だけでなく、熱も感じます。電源をつけてもランプがついたことが分からないので、何秒押し続けるかを覚えています。

 

伊藤 熱や振動でオンとオフを感じるというのは面白いですね。花火の振動は感じますか?

 

荒 花火はカバンが揺れるんですよ。膝の上にカバンを乗せているときにカバンが揺れて、何だろうと思って人に聞いたら、花火だと分かりました。

 

伊藤 カバンが耳の代わりをしているわけですね。カバンで花火を感じるなんて想像もしたことなかったです(笑)。

 

荒 (笑)。

 

◎手のひらも肩もノート

伊藤 今は指点字で通訳していただいていますが、研究室に来るまでの間は、岡本さんが、車いすを押しながらみゆさんの手のひらや肩にずっと文字を書き続けていましたね。建物や植え込みなどキャンパスの様子を言葉で伝えていたのだと思いますが、そのときの書く速度があまりに速くて、とても驚きました。あんなに速く書いても分かるものなんですね。

 

荒 岡本さんは癖字なんですよ(笑)。たとえば「お」の一画目との二画目がつながっていたり、いろいろなところをくっつけて書くので、良くわからないときがあります(笑)。速く書くためにそうしているんだろうなと思っていますが。

 

伊藤 その人の字の癖まで感じるんですね。

 

荒 そうですね。あとはその人が何を重視しているかですね。岡本さんは速さを重視してるんだと思うんですが、私が読めるかどうかを気にしてゆっくり丁寧に書く人もいます。そういう、相手が考えていることを想像したりしています。

 

岡本 ある程度間違っていても読んでくれるから、速い方がいいかなと(笑)

 

伊藤 (笑)子供のころ、遊びで背中に字を書いてもらって何と書いたか当てる、ということをやっていました。だけど、私はほとんど当たったことがないんですよね(笑)

 

荒 私は背中でも読めますね。

 

伊藤 洋服を着ていても分かるんですね。手のひらだけでなく、体じゅうがノートのような感じですね。お二人が全身で会話をしているようでした。

 

荒 皿洗いしていて手が埋まっているときは肩や背中に書いてもらいますね。訓練は特にしていないのですが、目が見えなくなって触覚が敏感になったのかもしれません。生まれつき目が見えない方の場合は、字の形を知らない方もいるので書いても分からないようです。

 不思議なのは、左肩はふつうに読めるのですが、右肩に書かれると鏡文字みたいに感じられるんです。右だと読みにくいんです。私が左利きであることが関係しているのかもしれません。手のひらだと右でも左でも大丈夫なんですが。

 

伊藤 へえ、不思議ですね。右肩に書かれた場合は、頭の中で変換しないといけないんですね。向きはどうですか?手のひらに書く場合、指先が上向きの場合と手首が上向きの場合では違いますか?

 

荒 向きは360度どちら方向でも大丈夫です。

 

伊藤 すごいですね。頭の中で自在に文字を回転できるんですね。

 

荒 自分から見てまっすぐの方が読みやすいですが、いろいろな人とコミュニケーションできるように、自分の体が変化しているのかなと思います。カフェに行くと、対面に座らないといけない場合がありますが、それでもおしゃべりできるようになっています。

 

伊藤 そうとうもう脳が変化している感じですね。

 

荒 年齢も関係しているかもしれません。年配の方だと読みにくいようです。私も点字を覚えるのは大変でした。仕組みはすぐに覚えられたのですが、つぶつぶを感じるのが難しくて、「もう触るのがヤだ!」ってなっていました。小さいころから点字を読んでいる人は、斜め読みもできるそうですが。

 

伊藤 点字を打つこともあるんですか?

 

荒 紙に打つことは少ないです。ただブレイルセンスはとても便利で卒論もこれで書きました。ブレイルセンスはノートパソコンのようなものなので、外出先でパソコンがなくてもルーターがあればどこでもメールができます。他にもブレイルセンスには辞書やスケジュール帳、インターネット、読書などの機能もあります。私はブレイルセンスでツイッターやフェイスブックなどをしています。卓上パソコンはあまり使っていませんね。

 

◎  モンスター

荒 盲ろうになって、自分の心の声、魂の声とすごく向き合うようになったなと思います。他によそ見することができないので、深く自分と向き合いますね。

 

伊藤 ご著書の中で、ご自分のことや病気のことを「モンスター」と表現されています。これはどういう意味ですか。

 

荒 自分の感情がモンスターだなと思っています。感情が暴れるんです。まわりが自分のことをどう考えているかが気になってしまうんですよね。障害を持ってみると、可哀想だと思われるのがすごく嫌で、他人のやさしさもその裏側にある気持ちを考えてしまって、素直に甘えられないんです。

 おしゃべりの話題も、最近はどんな芸能人がよくテレビに出ているとか、どんな服やメイクが流行っているとか、恋バナとか、以前していたのと同じような話をしたいのですが、なかなかしてくれません。

 

伊藤 こういう話していいの?と本人に聞けばいいのですが、聞く前に力んでしまうことが多いですよね。

 

荒 それが寂しいですね。障害というとひとくくりにされてしまうんですよね。

 

伊藤 子供のころから、教育のなかで「障害のある人は大変だ」ということを何度も教わってきて、ふつうに接してはいけないという力みが身についてしまっているような気がします。障害のある方はもちろん大変なんだけど、自分と違う体を持っているからこそ、いろいろなことを発見させてくれたり、変化をもたらしてくれる存在でもあるように思います。

 

荒 そうですね。目的に達する方法が違うだけで、あまり「何かをしてあげなきゃ」と思わないで欲しいなと思います。

 盲ろうの人ついて知ってもらうためには、いろいろな人と関わりを増やすことが大事だと思って、講演をしています。盲ろうで本を出している人といえば東大の福島智先生ですが、福島先生はおしゃれには関心がないので(笑)、私とはだいぶ違います。

 

伊藤 「おしゃれ」や「かわいい」という言葉が出てくること自体が新鮮ですもんね。

 

荒 障害者向けの商品はおしゃれよりも機能性重視なんです。たとえば、視覚障害者向けに、小銭の種類によって分類できる仕切りつきの財布があるのですが、それも黒や茶色しかありません。なので、私はかばんやさんに頼んで自分で作ってもらいました。

 

伊藤 そう思っている障害者は多いのではないかと思います。みゆさん、デザイナーに向いていそうですね(笑)

 

荒 そういうことができたらいいなと思っています。洋服も、上下セットで合うものが分かるようになって売っていたらいいなと思います。

 

2015年8月18日 伊藤研究室にて

指点字通訳:岡本武さん