初の女性へのインタビュー。盲導犬との関わり、ファッション、音楽のこと、電車の感じ方など、お話をうかがうことができました。とくに記憶の話は面白かったです。たとえば人の顔を思い出すとき、見える人だって完全に視覚的なイメージと同じものを思い出しているわけではない。見えない人の場合は…。
Mさんプロフィール
1970年生まれ。網膜色素変性症による失明のため企業を退職。リハビリ後、盲学校音楽科を経て音楽大学ピアノ科入学。在学中からアイメイト(盲導犬)と歩き始める。現在学校、公民館、施設等で盲導犬の啓蒙講演、演奏活動を行う傍ら、パソコン教室、点字教室で講師を務める。「アイメイト音楽家クラブ」メンバー、「視覚障碍者とつくる美術鑑賞ワークショップ」ナビゲーター。
Mさん×伊藤亜紗
2015/5/21@東京工業大学伊藤研究室
見えなくなるまで
伊藤 Mさんの今の見え方はどのような感じですか。
Mさん ぼんやりと明るいか暗いかがわかる程度です。輪郭は分かりません。網膜色素変性症という進行性の病気なので、気がつくと段階が進んでいる感じです。同じ病気でも、生まれつき見えない人もいれば、50代、60代になって発症する人もいます。私はもともと夜盲症で見えにくかったんですが、普通学級に通っていて、19才で就職するときに病院で検査したところ、この病気が分かり、これから失明しますよ、と言われました。就職してからどんどん悪くなって、25才のときに墨字を読むのをやめて点字に切り替えました。まだ見えてはいたんですが、視野が残っていて中心が見えないという状態だったので、歩くことはできても字が読めませんでした。
伊藤 25才で点字を勉強するのは大変だったのではないですか?
Mさん そうですね。ぎりぎり身につく年齢だったかなと思います。ただ、やはり生まれつき見えない人に比べると、読むのは遅いですね。いまは、杉並区で一般の方に点字を教える仕事をしています。点字を打つ音はリズミカルでいいですよ。
伊藤 点字は打つときと読むときで左右が反転しますよね。
Mさん 私は、読む方をイメージして、それを頭の中でひっくり返して打っています。でも見えている人はそれがちょっと難しいようですね。だから読む方の一覧表と打つ方の一覧表を別々に覚えるやり方になります。私はもともと読む方だけをずっとやっていたからできるのかなと思います。日本点字図書館に通って、もともと読んだ事があってストーリーの分かっている本を点字で読みながら練習しました。40代のいま、同じことをやれと言われたらなかなか大変だと思いますが。
伊藤 見えなくなることに備えて、点字以外に準備したことはありますか。
Mさん 会社を辞めて、現在は若松河田にある東京都視覚障害者生活支援センターに入所しました。4ヶ月間、そこで点字と歩行とADL(activities of daily living)という、アイロンや裁縫、料理などの日常生活をする上での工夫を教わりました。たとえば、まな板に包丁を置くときには柄をまな板の外に出さない、とか、当たり前なんだけどなるほどなと思うことがありました。他にもポットからお湯を出すときには、下にお盆を敷くといい、とか。今は一人暮らしをしているので、そこで教えられたことはいきていますね。ま、こぼしてもいいかと思ってお盆はもう敷いてませんが(笑)。料理は、煮物など切って煮込んでおくものが多いですね。
伊藤 急に見えなくなるのではなく、だんだん見えなくなった場合には、対応が違いますよね。
Mさん 気持ちの上でも、行動の上でも、準備はできますよね。
伊藤 でも「まだ見えている」と思ってしまうと、見える世界を引きずってしまう、見ようとしてがんばりすぎてしまう、ということがあるのではないですか。
Mさん 確かに、まだ少し見えているとき、見えづらい状態のときは、とても疲れましたね。見なきゃいけないと思って歩くと、とても神経を使います。
盲導犬の存在
伊藤 そこから切り替えて、見えない世界に入ったきっかけは何だったんですか。
Mさん すぱっとではなく、何段階かで入っていった感じです。最初は、会社を辞めて墨字を見なくなったことです。第二段階は、29才で盲導犬を持つようになったことでしょうか。会社を辞めたあと、盲学校の音楽科に入り、さらに自分の好きなことをしようと思って、28才で音大のピアノ科を受験し、合格しました。盲学校は寮だったので、移動の苦労は少なかったのですが、大学に入って自宅から通学するのも大変だし、キャンパス内での教室移動も大変でした。視野も残っていたので、最初は杖をついて歩いていたんですが、ピアノも練習しなきゃいけないし、歩くのに注意しなきゃいけないしですごく疲れちゃったんですね。それで盲導犬と歩くようになりました。それで見ることをやめた感じがします。
伊藤 なるほど、盲導犬が来たことで、細かい注意をしなくてよくなったわけですね。
Mさん 杖は、ぶつかったときによける感じなので、常に気をつけてなきゃ行けない。だけど盲導犬の場合は、事前に見てよけてくれるから、こちらは何があったのかも分からないまま歩けます。気をつけなくてよくなったんです。
伊藤 盲導犬がいるのといないのでは全然違うんですね。盲導犬がMさんの目になるわけですね。
Mさん 全然違います。変な話、酔っぱらっていても、犬と一緒だと「疲れたから連れて行って」と任せられます(笑)。半分寝ていても、足さえ動いていれば大丈夫。
伊藤 盲導犬に「乗ってる」ような感じですね(笑)。目であり、かつ乗り物ですね。
Mさん スムーズに行かないときもありますが、助かっていますね。
伊藤 スムーズに行かないのはどういうときですか。
Mさん たとえば、さっきのようにトイレの心配をしなくちゃいけなかったり、暑いときは健康を考えなくちゃいけないし、ごはんやブラッシングなどのお世話もしないといけない。お世話が大変だから盲導犬持たないという人もいると思います。あとは、斜めにいけば早いところを、律儀に直角に曲がっていくなど遠回りになってしまうこともあります。それから段差があるところでは止まるのですが、幅が広い階段だと一段ずつ止まるので、そのたびに「よくやったね、はい、ゴー」とほめることになるので、時間がかかってしまうこともありますよ。
伊藤 なるほど。先ほどMさんとテスちゃん(盲導犬)といっしょに電車に乗ったり駅を歩いていて思いましたが、ずいぶん周りの人がテスちゃんのことを見ていますね。しかもみな一様に「にっこり」していました。実際に声をかけられることもありましたね。杖で歩いているのと盲導犬を連れて歩いているのでは、ここまで周囲の反応が違うのかと驚きました。杖だとじろじろ見てはいけないという気持ちがあるように感じますが、盲導犬がいると自然に目を向けていいという雰囲気ができますね。赤ちゃんを連れている感じに近いなと思いました。
Mさん 以前は批判的なことを言われたこともありますが、最近は盲導犬に対する理解もだいぶん進んだように思います。
伊藤 ピアノは小さい頃からやっていたんですか。
Mさん 少しやっていました。
伊藤 音の聞こえ方や弾くときの感じは変わりましたか。
Mさん 全く変わりました。見えなくなってからは感覚だけで弾くようになります。たとえば2オクターブ上がるときに、見えていればすぐに鍵盤の位置が分かるけど、見えなくなってからは、肩を支点にしてコンパスのように腕を動かし、その感覚を頼りに移動します。あるいは指で黒鍵をさわりながら移動することもあります。
伊藤 なるほど。演奏自体の変化もありますか。
Mさん 年齢による変化のほうが大きいですかね。若いときは、早い曲、活発な曲が好きでした。でも今はむしろ、音色や表情をじっくり考えて弾くほうが面白いですね。弾き方で音色が変わるんです。指の付け根から音をだす音もあるし、腕を使う音もあります。先生が、こういう音色を出すにはこうしたらいいよ、と手取り足取り教えてくださいます。
伊藤 ピアノの面白さはどのあたりにありますか。
Mさん オーケストラの指揮者のように、自分が想像したものを作り出せることですかね。物語や情景を想像しながら弾くのが楽しいです。
伊藤 私も子供の頃にピアノを習っていましたが、あまりに楽器が大きいので、一体感をもてず、楽しむことができませでした。「指揮者」という境地からはほど遠かったです(笑)。
Mさん 一体感は子供には難しいですね。私も最近ようやく持てるようになってきました。今までは持て余し続けていましたよ。
「気配」を感じる、思い出す
伊藤 30代はそうやって盲導犬といっしょに過ごされたわけですが、そのあいだに、見え方の変化はありましたか。
Mさん 20代の終わりの頃の記憶は、見たものなのかどうかがとても曖昧なんです。たとえば人と話した記憶でも、そのとき見えている視野でとらえた相手の顔を覚えているのか、話しながら私がイメージしていたその人の顔を今思い出しているのか、よくわからないですよ。今は人の顔は完全に分からないので、特にイメージもしないのですが、30才前後はちょっと分からないんですよ。
伊藤 面白いですね。顔ではなく駅だとどうですか。20代終わり頃、駅を歩いているときはどんなイメージを持っていたんですか。
Mさん よく使っていた池袋駅で想像すると、20代前半までは見えている記憶です。その後は毎日は使わなくなりましたが、どうなんだろうなあ…
伊藤 たとえば電車の車体は、当時どのようにとらえていましたか。
Mさん どうだったんだろう…。分からないですね。
伊藤 いずれにしても、「あ、電車見えなくなった」というようなはっきりした境目があるわけじゃないんですね。
Mさん そうです。電車の色、形、柄といったものを最初は見ていたけど、だんだん柄を見なくなって、それから形だけになって、今度は影くらいになる、といった感じで変化していくんだと思うですが、そのときどきでどういう段階だったのかというのは分からない…特に意識していなかったのかもしれないですね。
伊藤 今はどんなふうにとらえているんですかね。ホームに立っているとして、売店があったり、ベンチがあったり、電車が入ってきたり、という全体をとらえるというよりは、自分の今の行動と直接関係がある対象をとらえているという感じでしょうかね。
Mさん 見えているときは全体像をとらえますよね。駅に近づくころから全体像を見ています。だんだん見えなくなると、自分がとらえているものの範囲がせまくなっていく感じがします。今は目は使っていないので、半径数メートルくらいしか意識していないと思います。
伊藤 音は使いますか。
Mさん 使いますね。状況を把握する上では一番大きいです。視覚と聴覚の比重がだんだん変わってきたんでしょうね。だんだん視覚の情報がどうでもよくなって、だから視覚的な記憶があいまいなんだと思います。
伊藤 なるほど、比重が変わるだけだから、「電車が分からなくなった」というはっきりした境目がないんですね。
Mさん 今、電車がホームに入ってくるのを感じるのは、屋外は音、地下鉄は風で感じます。大江戸線を使うことが多いんですが、駅に入る階段のところでもう風が来るので電車が来たなと分かります。ホームに立っているときは、音の前にまずふわっと風がきます。あ、もうすぐ来るなと思っていると、「ゴー」と音が鳴ります。そのあとさらにぶわっと強い風が来ます。
伊藤 その「ふわっ」は感じたことないですね。トンネルの空気が注射器のように押し出されるんですね。
Mさん 大江戸線は小さいので風をよく感じますね。
伊藤 おもしろいですね。電車だけでなくトンネルなどを含めて感じているわけですね。でもさいきんはホームドアが設置されていて、風を感じにくいのではないですか。安全だけど電車が来るのは感じにくいですね。
風や音で「電車が来たな」と思ったときは、車体まではイメージしないんですか。
Mさん 車体はイメージしないですね。前に何かが来た、という気配を感じているんでしょうかね。そこから先は、犬に「ドア」と言えばドアのところまで行って乗ってくれるので。始発の駅だと電車がそこにあるのかどうか分からないことがあります。そういうときも犬に「ドア」と聞くと、電車がいない場合には座り込んでしまうので分かります。杖をついている人で、自分がいるホームのとなりのホームにとまっている電車に乗ろうとしてしまい、転落した、という事故があったという話を聞いたことはありますね。焦っていると、注意力が散漫になって、判断を誤ることがあります。
伊藤 盲導犬がいるとそういったことの危険性も減るわけですね。
さきほどの話にもどってしまいますが、電車の路線によって、音や風の感じがちがいますよね。「あ、大江戸線の風だ」「あ、西武線の音だ」などと思うのでしょうか。見えると塗装やデザインで路線の違いを認識しますが、Mさんの場合は音や風で認識するのでしょうか。
Mさん 路線のちがいは1番は音によるものだと思います。ホームや車内のアナウンスは鉄道会社によってちがいます。でも最近は乗り入れが多くなったのでそれほどでもないかも知れません。それ以外で特徴が感じられるのは、大江戸線の風と丸の内線の匂いだと思います。独特です。
伊藤 なるほど。思い出すということについてもう少し教えてください。見えなくなった頃の記憶は、思い出すと視覚になってしまうということでしたが、最近はどうですか。
Mさん 声ではないですね…分からないにもかかわらず、形や気配が出てきますね。その人が前にいるという感じっていうんでしょうかね。ふわっとその人があらわれて「やあ」と言っているというか、その人の「姿」が出てくるんですよ。
伊藤 気配を思い出すというのは面白いですね。
Mさん 自分でも今話していて気配という言葉が出てきたことにちょっと驚きました。雰囲気もあわせた姿形がでてきますね。おもしろいですね。
伊藤 その気配は言葉にできますか。たとえば私たちの共通の知人であるHさんやTさんを、彼らと面識がない人に教えるとしたらどんなふうに説明しますか。
Mさん 以前、Hさんは『美味しんぼ』の登場人物の山岡さんに似ていると聞いたので、あのイメージで出てきますね(笑)。Tさんは特にないので、にこにこして笑っているイメージがでてきますね。
伊藤 身長や体型も出てきますか。
Mさん いまの場合は特にないですね。
伊藤 こうやってお話しているときも私の声だけではなく気配のようなものをとらえているんですね。
Mさん そうですね。ただ伊藤さんとはまだそんなにじっくりお話したことがないので、固まっていない感じですね。だんだんできてくるんだと思います。
夢について
伊藤 夢はどのような感じですか。視覚的なイメージなのか、音なのか、触覚なのかでいうと…
Mさん 夢はねえ…見えているときとあまり変わらない気がしますね。視覚的な夢をいまでも見ていると思います。夢の中には、見えなくなってから会った人も出てきていて、その人の顔は知らないはずなんだけど、別に違和感はありません。どういうことなんでしょう(笑)
伊藤 (笑)たしかに夢は完全に視覚と同じかといわれるとそうでもないですね。
Mさん 夢のなかでは見えているつもりでいますね。犬なしで歩いていますし。願望なのかな(笑)。
伊藤 カラーか白黒かで言うと…
Mさん 特に意識はしていないですが、カラーなんじゃないかと思います。でもそんなに鮮やかではないですね。音はどうですかね…。夢の中で私が何かを口ずさんだり、歌を歌っていたことはありますね。
伊藤 感覚の比重が変わっても、夢はあまり変わっていないんですね。味覚の変化はどうですか。味の感じ方は変わりましたか。
Mさん 変わっていると思います。見えていたときは、見て材料が分かったけれど、今は口に入れてから、これが入っている、あれが入っている、と考えながら食べているように思います。触覚、味覚、嗅覚は大切ですね。
伊藤 好きな食べ物は何ですか。
Mさん 生春巻きが好きですね(笑)。野菜が好きです。自分で作るもので好きなのは、沖縄料理の「にんじんしりしり」です。にんじんを千切りにして炒めて、ツナやポークを加えて最後に溶き卵を入れて混ぜる、という簡単な料理です。
伊藤 ゴーヤーチャンプルみたいな料理ですかね?初めて聞きました。
Mさん 沖縄ではごく一般的な家庭料理だそうですよ。「にんじんしりしり器」というおろし金のようなものもあるようです(笑)
伊藤 健康的ですね(笑)。逆に食べにくくなった食べ物はありますか。
Mさん あります。ケーキや魚料理が食べにくいです。ケーキは触れないので、フォークで刺しているうちに食べ方が汚くなってしまうので、難しいです。大変だけど好きだから食べますが(笑)。人前で食べるときは気を使います。あとは、平べったいお皿は、食べているうちに反対側から落としてしまうことがあるので、気を使いますね。
白い服と黒い服の見分け方
伊藤 以前お会いしたときに、白い服と黒い服の違いが触り心地で分かるというお話をしてくださいましたね。
Mさん やはり日常生活の中で、何とかして違いを探そうと気をつけているんでしょうね。同じ形のブラウスでも、白い方が柔らかくて、黒い方がごわごわしていることに気づきました。それで木綿糸の白と黒の糸巻きを触ってみたところ、確かに白い方が柔らかくて、黒い方がごわごわして固かったんです。それで、あ、この違いは分かると思ったんです。もちろん、ピンクや黄色になると分かりませんけど(笑)
伊藤 探すから見つかるわけですよね。見えない方で絵を描いている方の中には、匂いや練ったときの感触で絵の具の色が分かる人がいるという話もありますね。
Mさん あ、今思い出したんですが、私が働いているパソコン教室で折り紙をやるんですが、見えなくなってから、色がついている面とそうでない面を触ってわかる場合があることに気がつきました。つるつるの触り心地で、あ、これは赤だなと色まで分かることもあります。とはいえメーカーによって分かるものとそうでないのがあって、高級な折り紙だと分からないんです(笑)。
伊藤 なるほど(笑)。触って「これは赤だな」と分かったときは赤をイメージしているんですか。
Mさん そうですね。頭の中で赤色を出してます(笑)
伊藤 折り紙を教えるのは難しそうですね。
Mさん 教える先生も全盲なので、言葉で丁寧に教えてもらったり、手で見本を触りながらじっくりやります。
言葉で教えるといえば、私はエアロビクスをやっています。視覚障害の女性が何人か集まってやるんですが、「両方の手を上にあげてそれを今度広げて下にして…」と先生が言葉で教えてくださいます。先生すごいなあと思いますね。ふつうなら、先生と同じ動作をみんなでやるわけですが、それを私たちはできないので。
伊藤 「こっち」とか言えませんからね(笑)。
ファッションの楽しみ
伊藤 ところでMさんはいつも乙女のような、可愛らしいファッションでいらっしゃいますよね。今日もスカイブルーのカーディガンにストライプの入った白いフレアスカートで、とても初夏らしい出で立ちです。特にスニーカーが個性的ですよね。コンバースのローカットなんだけど、紐が入っていなくて、かわりにレースがあしらわれています。どのように買いにいかれるんですか。
Mさん 目の見える友達といっしょに行きます。この前はアウトレットに行きました。友達が「今度はスニーカーをはかせたい」なんて言ってくれるので、それに乗っかっちゃったりして(笑)。友達がいくつか候補を出してくれるので、最終的にどれを買うかは自分で決めます。毎日のコーディネートは自分でしています。買うときに、これにあうのはどんなものかというのを聞いておいて、考えながらあわせています。靴をぬいであがるところに行くときは、テスの足をふいたりしなければならないので、楽なジーパンをはいていきます。
伊藤 友達に選んでもらうと、自分にとっては新鮮な服が買えたりして、冒険ができそうですね。お化粧もされますか。今日は口紅はつけていらっしゃいますよね。
Mさん したいんですけど怖いですね。口紅はしていますが、ファンデーションはムラができちゃうのでしません。眉に手を入れると笑われちゃうし(笑)。演奏するときは人に頼んでメイクをしてもらいますが、普段は日焼け止めと口紅くらいですね。見えなくても上手な方はやっていますよ。
伊藤 髪の毛はパーマですか?
Mさん これは地毛なんです。定期的に同じ美容院に行って切ってもらいますが、見えなくなってからは「こういう髪型にして欲しい」といったような冒険はできなくなりましたね。そこは残念ですね。
伊藤 見えなくなると、自分についてのイメージをどのように持つのかが気になります。想像で、自分の顔はこんな顔で、今日の自分の服はどんな雰囲気で、といったことはイメージされるわけですよね。
Mさん 合っているか分からないけど想像はしています。雑誌やテレビを見ることがないので、流行が分からないですね。もともと流行を追っていたわけではないですが、目に入らなくなったので、さらに追わなくなったという感じです。
伊藤 自分が他人にどう見られているのか、もっと知りたいと思うことはありますか。
Mさん どう見えているのかはあまり気にならないですね。むしろ自分が気持ちいい服を着たいという感じですね。色や柄を想像しながらファッションを楽しみます。それは見えていたころと変わりませんね。
伊藤 女性にお話を伺うのが初めてだったので、今日は今までにないお話を聞くことができました。Mさん、ありがとうございました。