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往復書簡①亜紗→玲那

『記憶する体』に「メモをとる全盲の女性」として登場していただいた西島玲那さんと、玲那さんの見え方やその背後にあるものについて一緒にさぐるために、往復書簡を始めることにしました。視覚障害以外の人にも会いにいきたいという玲那さん。しばらく一緒に未知の世界を冒険することになりそうで楽しみです。往復書簡のきっかけとなったレクチャーはこちら


往復書簡①

玲那さんへ

 こんにちは、伊藤亜紗です。一昨日は、授業にいらしてくださりありがとうございました。今日は息子がインフルエンザにかかってしまい、ずっと家にいなければならなかったので、一日中、れなさんのレクチャーの文字起こしをしていました。ものすごーく発見がありました。惚れ惚れしました。

 話の中でも言いましたが、れなさんが「見て」いるというのは、まわりの人や環境に対してすごくアンテナを張っていて、情報をキャッチしているということなんですよね。一緒にいて、何かを手渡すときに、わたしにとって迷惑でないタイミングで手渡してくれたり、考えてることを汲み取って言葉を選んでくれたりする。その全身パラボラアンテナみたいな吸収力がすごいなと思いましたし、その根底には見える人と同じものを見たいというコミュニケーション上の必要性と、ねたみ・ひがみ・そねみがあるということがよく分かりました。

 セラフとれなさんのつながりの強さにも心打たれました。セラフが、よくれなさんと目を合わせようとしていますね。セラフの毛並みの良さの理由を知った気がしました。

 レクチャーのなかで「わたしが一番障害者に偏見がある」と言っていましたね。それはれなさんのプロ意識なんだと私は思っています。あれだけ精密なVRを作ってあくまで見えるように生きようとする、そのことに対して厳しささえ感じる基準を、自分に課していますよね。

 レクチャーに来てくれた日の夜、れなさんはメールで「わたしがかべにぶつかるとき、きっと手放すというのは大きな成長のヒントになるとおもうんです」と書いていました。プロ意識の厳しさと手放すことの軽やかさ。なんだかワクワクしますね。れなさんといっしょに冒険をしたくなっています。

『記憶する体』のデータをお送りしたとき、れなさんはすごいスピードで読んでくださって、他の章に出てくる視覚障害でない人のエピソードにもすごく興味を持ってくれました。

じつは本を出す時の私のねらいはそこにあったんです。障害の世界ってわりと縦割りというか、視覚障害は視覚障害、吃音は吃音、みたいに同じタイプの障害でまとまりがちですよね。それはそれで大切だと思うのですが、同時に横のつながりもつくりたいなと思った。だから一冊の本のなかにいろいろなタイプの障害

のストーリーを詰め込みました。 

 なので、れなさんと、いろいろなタイプの障害の人に会いに行ってみたいなと思っています。ちょっと、道場破り的な?それぞれの違いも大事にしつつ、掛け算で何が出てくるのか、とても楽しみです。

2019年12月19日

伊藤亜紗