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聖(西島)玲那さん

聖(西島)玲那さんにインタビューを行いました。玲那さんは全盲ですが、見えていたときからのメモをとる習慣が今でも残っていて、インタビューの間じゅうもずっと鉛筆を動かしっぱなし。「書くという動作が好き」というこだわりは絵にも展開していています。描きながら迷子になったり、何かを決断するなかで、「とっ散らかってしまった自分を取り戻す」というはものを作ることの根源的な力に触れているようい思います。また「盲の世界ははとバスツアー」という指摘は、ソーシャル・ビューの「裏面」を批判・補完する内容でもあり興味深いです。

 

聖玲那さんプロフィール

1985年生まれ。15歳で網膜色素変成症を発症。19歳で失明。障害者スポーツの世界での選手活動、スポーツトレーナーなどの経歴を経て2014年から本格的に絵画制作を始める。以来、絵画だけでなく音楽・ダンスなど多方面で表現活動を展開中。

上杉一道さんプロフィール

画家。二年ほど前に膝を傷めて玲那さんから針治療を受ける。治療中の会話で絵の話題で盛り上がり、彼女から「私も絵を描いてみたい!」との申し出を受ける。以来、玲那さんの絵画制作のアドバイス・サポートを続けている。

 


聖玲那さんインタビュー (2016年6月29日東工大伊藤研究室にて)

伊藤 玲那さんをご紹介いただいた上杉さんにも立ち会っていただいて、お二人にインタビューをしていきたいと思います。よろしくお願いします。まず、玲那さんは今の見え方はどのような感じですか。

 

聖 ペンライトのような強い光を視野に入るように当てられると光を感じます。前に人がいる姿が見えたりはしません。

 

伊藤 いつごろからそのような見え方ですか。

聖 〔手元の紙にメモをとりながら〕今の見え方になったのは19歳です。その前も15歳の夏からは視野が5度を切っていました。高校1年の夏休み中に、寝込んでいて、起きて部活に行こうとしました。雪上滑走競技部(スキー部)です。そのとき見えなくなっていたのですが、見えていないことに気がつかなかった。何を見ているか分からなかったです。

 

伊藤 見えていないことに気づかなかったというのは?

 

聖 おうちの中で急いでいたので、気がつかなかったです。母とくらしていたのですが、いつもと同じように準備をして、ご飯を食べていました。家を出て、アパートの階段を降りて、陸に着地したときに「あれ?」と思った。何見てるんだろう、って。

 

伊藤 何を見ているか分からないというのはぼんやりしているということですか?

 

聖 丸く視野が残ったので、そこに入っているものしかわからないんです。たとえば、吉野家の看板だったら、オレンジしか見えないという感じ。駐車場がたぶんあって、灰色っぽいものを見ていた記憶があります。

 

伊藤 その前はどういうふうに見えていたんですか?

 

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聖〔ひきつづきメモをとりながら〕生まれつき、視野が人より狭くて、夜盲があって、色弱がありました。小学校の授業で、人間の視野がどのくらいあるか、手を横に持ってきても見えますよ、という話があったのですが、自分は見えなかった。10歳のときに色弱のテストにひっかかって、すぐに病院に行きなさいと言われて、網膜色素変性症だと確定をもらいました。症状が出たのが15歳ということです。その日一日で、スポンと見えなくなりました。その後、高校1年の11月から八王子盲学校に編入し、高校2年の6月からは筑波大学附属視覚特別支援学校に行って卒業しました。

 

メモをとる習慣

伊藤 えっと、さっきから話しつつメモをとっていらっしゃいますよね。当たり前のように字を書いていらっしゃいますが(笑)、どうやって書いているんですか?しかも今、ちょっと前に書いた「15歳」にマルをつけましたよね(笑)。しかも触ってないですね。

 

聖 はい。触らないで書いてますね。点字よりも早いので(笑)。

 

伊藤 文字が書けることは、手の運動の記憶があるので想像できるんですが、A5程度の紙の中を自在に行き来できるというのが、ちょっと驚きなんですが…。

 

上杉 15歳の話をした後に、10歳の話が出たときには、時系列順にならぶように、「15歳」というメモ書きの上に「10歳」って書いたよね。

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聖 ふつうにみんなやりません?たとえば家の場所を説明するときに、地図を描くような感覚です。〔手元に地図を描く〕しかも女の人って話が逸れるから、〔鉛筆の先を動かしながら〕ここのスーパーがどうとか、線路がどうとか、こっちのカフェがオススメとか、話があっちこっち跳ぶ。

 

伊藤 いつも話すときにメモをとる習慣があるんですね。

 

聖 そうです。

 

伊藤 自分の手の動く幅とかで位置を確認しているんですか?

 

聖 な〜んも考えてない(笑)

 

上杉 訓練して、ふつうにできるようになったんでしょうね。スクリーンの上に、自分が話していることのビジョンを浮かべてるんでしょうね。

 

伊藤 なるほど。書いたものを、頭の中でもイメージしていますか?

 

聖 ありますね。たとえば、自分の名前を斜めに書いたりすると、イメージが浮かびます。賢そうに見せたいときは、賢そうな字体で書きます(笑)

 

伊藤 意識していろいろな書き方を練習したんですか?

 

聖 デッサンは意識して練習したけれど、メモを書くことについては練習していないです。

 

伊藤 見えていたときから、いつも手を動かすクセがあった?授業中に落書きしたりとか…

 

聖 ノートの端っこに落書きをして遊んだりはしてましたね。

 

伊藤 もともと書くことが話すことと同じくらい自然なことだったんですね。

 

聖 あと、去年、「話が逸れる」とか「何を言ってるか分からない」と言われて、またメモを取るようになりました。話しているうちに、思い出したことをいろいろ話題にしたりして、時系列がずれていったりするので、聞いている人が見て分かるように、というのもあります。

 

伊藤 自分で考えごとをするときにも書きますか。

 

聖 はい、めちゃくちゃ書きます。紙である必要はないので、指で手に書いたりします。ポイントカードで、今ポイントを貯めておいたほうがいいのか、使ったほうがいいのか、というようなことを考えるのに、レジの前で計算をしたりしますね(笑)。「あと38円高かったら貯めておいたほうが得だ」とか。

 

伊藤 なるほど。筆算をするような感じなんですね。計算が好きなんですね。

 

聖 大好きです。数学、物理、化学、生物が大好きでした。

 

書き心地へのこだわり

伊藤 絵を始めたのはいつごろ、どんなきっかけですか。

 

聖 子供の頃は文房具大臣でした(笑)。文房具、えんぴつの書き心地が好きでした。視力が弱かったから、支給される鉛筆が薄くてよく見えなかったんですよね。自分には2Bくらいの鉛筆で濃く書くのがちょうどよかった。それで、文房具屋さんに行って自分で鉛筆を選ぶというのが楽しかったんです。そうすると今度は消しゴムが気になってきました。使い心地をとるのか、ファッショナブルをとるのか、はたまた知性を見せるのか(笑)。結果、インテリジェンスをとってMONO消しを愛するようになりました。文房具は好きでしたが、たくさんペンを持ち歩くのは苦手でしたね。みんないろいろ新しいのを導入してくるんですが、使い慣れたものを変えるというのがとにかくストレスで。

 絵が好きというより、書くという動作が好き…というか好きかどうか考えたことすらなかったです。レポートを作ったりするのも苦ではなかったです。小学校のころの趣味は、お姉ちゃんが持っている広辞苑を盗み見して、化学式を全部書いていくということでした。今だったらH2Oが水だと分かるけれど、当時は「何だこれは!」と思って写してました。なぜ数字やアルファベットが羅列されているんだろうって。とにかくこれをノートに書いて持ってたら頭が良さそうだなと(笑)。6年間かけて一冊全部写しました。

 

伊藤 鉛筆と消しゴム以外に、使い心地にこだわっていたものってありますか?

 

聖  方眼紙ですね。縦でも横でも書けるし、グラフも書ける。

 

伊藤 メモを書くときは何でもいいんですか?

 

聖 何でもいいです。チラシの裏でいい。読まれることを想定していなかったんで。もともと視野がせまかったので、本を読むのが苦手でした。縦書きのものが読めないんです。読みたいんだけど読めない。それで音楽の方に行って、ピアノを習っていましたが、楽譜もいや。追えないし、先生が鉛筆で楽譜に書き込みをするのもいやだったんです。美しい状態のものが汚れるのが許せなかった。教科書も書き込みたいときはコピーをして書いていました。

 

盲の世界ははとバスツアー:感覚より言葉が先に来る

上杉 母の日に絵をあげていたよね。毎年それを描いていたよね。

 

聖 あ〜。ただ「ありがとう」と書くのがつまらなくて、文字に影をつけてみたりしているうちに、イラストを添えはじめました。

 

上杉 そのイラストをこのまえ見せてくれたけど、見えていたときも描いていて、見えなくなってからも描いていて、ほとんど同じだったよね。

 

伊藤 いまのメモの取り方からすると変わらなそうですね。

 

聖 ただ、絵として描いていたというか…特別なときしか描きませんでした。高校生のときに、物理がすごく好きで、自分で簡易的な図を描いて遊んでいて、そういう学問的なものに興味がうつっていった感じです。

 

上杉 絵を描くきっかけは、2014年の9月に、私が膝を壊して、スポーツトレーナーをしていた彼女を紹介してもらい、治療をしてもらいました。妻も肩を壊していたので、夫婦で訪ねて行って、診てもらったんです。世間話で、私が絵を描いているという話をしました。その後も絵の話をしているうちに、彼女から「絵を描いてみたいんですけど」と言われて。そのときは、「色を忘れちゃってるから、絵の具で絵を描いてみたい」という話でした。それで、「やってみたらいいよ」という感じで、次に行ったときに、お土産で水彩絵の具を持っていってあげたんです。日本画用の梅鉢に絵の具が入っているもので、どの色がどこに入っているかを彼女に説明したら、すぐに、色相環の順番だと分かった。でもそれは触っただけで、あまり使わなかったようです。

 

聖 「絵の具を触ったら分かる」と言っている目の見えない人がいて、何をもって「分かる」と言っているんだろうということに興味がありました。それと、「絵描きの人にもらったものを安易に使えない」という気持ちがあって。イチローにグローブをもらったらキャッチボールできないですよね(笑)。絵の具を触ったときに、所詮、触覚は自己感覚で確定的なものではないと思ったので、一次方程式は赤、二次方程式は黄色、三次方程式は青、という仮説をつけ始めたんですよ。水彩だと水なので一様になるので、塗った状態のものを触ったときに、自分の中の公式に当てはめて、どれがどのくらいの割合で混ざっているか、方程式のyを求めるような感覚でやってみたら分かるんじゃないかって思ったんです。

 

伊藤 その手前で、色彩を忘れていたわけですよね。それはイメージとしては対応するものがないということですか?

 

聖 赤ということを、言葉で理解していることに気づいたことがあったんです。「りんごの赤」とか「トマトの赤」といった感じで「〇〇のような赤」と理解していたんです。赤そのものは分からなくなっていたんです。

 

伊藤 もともと色は見にくかったんですか。

 

聖 赤と茶色を並べられると分からないといったことを少しあったんですけど、でも見ていました。

 

伊藤 色彩の感覚が残るか、失われるかは、人によって差があると思いますが、玲那さんはかなり早く失われたのではないでしょうか。

 

聖 視覚障害者に関わったことのある方って、言葉で丁寧に説明してくださるんですよね。それを聞いて理解するというのも、自分にとってはトレーニングだと思っていた。たとえばトイレにしても、もっとざっくりした説明でいい、それより早く用を足したい、と思っていても、「トイレットペーパーがこちらで、流すのがこちらで、ここがドアノブ、ここが鍵…」といった感じで細かく教えてくださる(笑)。ドボンしたらドボンしたで面白いから放っておいて、というのがあるんですけど(笑)、私なりに社会に適合しようと思ったんです。障害を持った方としてのステイタスをちゃんと持たないと、どんどん社会不適合者になっていくなと思って(笑)、言葉で説明していただいたものを「はい」「はい」と聞いていました。「ちょっと坂道になっています」とか、毎日毎日はとバスツアーに乗っている感じが(笑)、盲の世界の窮屈なところだったんですけど、それに慣れていくんです。そうやって言語化したものから理解するコツが分かってくると、覚えようとしなくても、頭に入ってくるようになった。色についても、青そのものの感覚より、そういう「〇〇のような青」という言葉のほうが先に立つようになってきたんです。常に左脳の活動が強くて、右脳がかろうじて後からついてくる感じです。洋服を買うときも、「ファンシーなものをください」とか言って、お店の人が出してくれたものを百パーセント信じて着るという楽しさを見出しちゃったこともあり(笑)、余計、自分でどうしたいということから離れていきました。

 

伊藤 なるほど。そうやって、周りの人との関わりのなかで、感覚より言葉が先に立つようになっていったんですね。

 

聖 そうです。私はこう見えてマジメなので(笑)、所詮、「見えてる人」というものにはもう戻れないというのがあるので、何かを忘れたというのとはちょっと違うかもしれません。アイシャドウの塗り方にしても、下にアイボリーを塗ってから上に色を重ねるといいと言われて、なんのために下に塗るのかがよく分からなかったけど、何度もお店に通ううちに、光が入ったときに下に塗っておいたほうが発色がよくなるからだという理由を教えてもらい、「なるほど」と納得できました。色を理解するベクトルが変わってきたという感じです。

 

伊藤 色そのものだけでなく、その効果について論理的に説明されると、効果そのもは感覚としては感じられなくても、納得するようになってきたということですね。

 

とっ散らかってしまった自分、「作る」ことの力

聖 人に「私、これ分かりません」と言っちゃうと、その説明を省くようになっちゃう。でもそれだと、たとえばそのお洋服を作った人が、本当に見せたいところが分からなくなっちゃう。所詮見えないという事実と、絵は見えている人の世界を邪魔しないものが一番いいと結果的に思うようになったことのベースが、そこで出来上がった気がします。

 

伊藤 絵は見えている人の世界を邪魔しない、というのはどういうことですか。

 

聖 たとえば「この絵がここにかかっているほうが部屋の感じが締まる」とか、「この絵は美術館にあるといいけど、家にあるとちょっと酔う」みたいなことですね。自分がそういう絵を描きたくなることもあって、たとえば目から血が出ている人の絵を描いたりすることもあるんですが、自分が見えないので、ちゃんと描けているかどうか、うまくかけているかどうかが重要なのではなくて、見た人がそれを好きか嫌いかが知りたい、という感じです。

 絵を描くことをつきつめようとすると、自分のアイデンティティーがだんだん15歳ころの見えていたときに戻っていきます。目が見えなくなって、とっ散らかったんですよね。自分の自我が崩壊するというか、分裂したんです。いろんな側面を持っていないと、いろんな人のガイドを受け入れられない。大人になってからの9年ほどは、そのことにすごく苦悩しました。本人が言っているわけではないけれど、「障害者は障害者らしく」みたいなものがあって、「いや、大丈夫です」と言うことが失礼にあたるんじゃないかということをどこか頭で考えていた。楽なんだけど楽じゃないという感じがあった。でも、絵とか音楽とか舞台とか、ものを作るという作業をしていくと、自分が何を求めているのか、何を知りたいのか、ということの基盤が、見える/見えない、サポートしてほしい/してほしくないということとは別に具体化していくんです。たとえば、舞台をやったときは、スタッフがほとんど聾だったので、絵に起こすことで、自分は何を演じるのかということを確定していきました。そうやって、自分が思ったものではない、余計なものが入らないようにしていたんでうす。

 

伊藤 なるほど。お話をうかがって玲那さんにとって絵を描くというのがどういうことなのかが分かってきた気がします。見えなくなったことで、周りの人から「こういう人でいなさい」とキャラクターを決められ、それに合わせようとして分裂しまった状態があったけれど、そういう中で「作る」という作業は、もう一度自分の基準に帰れる、自分の求めるものは何なのか突き詰めることができる場だったんですね。面白いですね。「作る」ということの根本的な力を感じますね。見える/見えないにかかわらず、それは「作る」という行為に人が没頭する理由であるように思います。

 

上杉 あ、自分ってこうしたかったのね、という感じはよくありますよね。

 

伊藤 作ることで自分の中が整理されたり、自分のことが分かってきたりしますよね。私も大学で美学という学問を専攻したのですが、そこで学びたかったのは、作ることのそういった力についてでした。 

○まず線を引いてみる

伊藤 具体的に描かれたものを見ると、人物が多いですね。あらかじめ、こういう人物を描くぞというイメージを決めて描くのですか。

 

聖 そういう場合もあります。設計図を作ります。黒い紙に白いボールペンで設計図を描くんです。シミュレーションしているときは、黄金比にしようとか、そういったことを考えたりします。でも最近は、決めないです。雰囲気みたいなものがどんどん動いていっちゃうから、一本だけ線を決めて、あとは、木炭や鉛筆など使ってる画材の効果を試しながら描いていきます。何も考えずに、とにかくいっぱい描く(笑)。描いたら写真をとって、上杉さんに送ってどういう感じか教えてもらいます。

 

伊藤 描くときは目から描くんですか。

 

聖 特にルールはなくてバラバラです。

 

上杉 以前は、目などのパーツから描くことが多かったけど、最近は、まず線を一本引いてみるような描き方をやっているよね。特に輪郭と関係なくても、一本引いてみる。

 

伊藤 ハッとするような綺麗な線がありますね。そうやって引いてみた結果からさらに考えて描けるというのが面白いです。頭の中にもその線があるということですね。フィードバックがあるということですよね。IMG_5723.jpg

 

聖 何も考えずに線に準じて描いていくと自ずとできてくるという感じですね。見えない人が消しゴムを使って消すというのは、誰かの手を借りることになるので、絶対に描き直さない、というルールは決めています。そうすると、自分の思ったような線を引けなかったとしても、そのまま描き続ける。迷子になっちゃうこともあるけど、そこで手を借りようとは思いません。

 画材と特徴に従って描くことは、本当にさっ筆の楽しさがあります。たとえば、引いた線をこすって、一般には「ぼかす」と言いますが、自分の思ったほうに線が伸びていく感じが楽しいです。

 

伊藤 使ったときの効果も人に説明してもらわないんですか。

 

聖 描いている途中では全然頼みません。出来上がりについて言ってもらう感じです。

 

上杉 油絵を描いてたときに一緒に描いたことがありました。そのときも、指示したりしたことはないですね。犬の絵を描いたんですが、指を使って描いた最初で最後ですね。

 

聖 指を使うということがすごく嫌でした。黒いラブラドールの目も、上杉画伯のセンスが混じっているというか…もうちょっと右かな、もうちょっと右かな、と迷いながら描いた。それが悔しかったです。これを描いたあとに「ふつうの人が美大を目指すプロセスを教えてください」と言ってデッサンを始めました。

 

頭の中で見づらい

上杉 そのときに、高田馬場の日本点字図書館で、目の見えない人が絵を描く道具をいろいろ見せてもらいました。その中に、弱視の人が使うノートがあって、黒の紙で白のボールペンがセットになって売っていたんです。それから、この黒いノートに白いボールペンで書くようになったんです。

 

伊藤 どうしてこれがいいと思ったんですか?

 

聖 高田馬場に行く待ち合わせをしているときに、白い紙に、タンブラーを描こうとしていたんだすが、描いているうちに紙の大きさがもやもやして分からなくなっちゃったんです。白い色って膨張してぼやっと見える、輪郭がはっきりして見づらい、と頭の中で思ったんですよ。

 

伊藤 面白い〜どういうことなんだろう。

 

聖 頭の中で、白い紙の輪郭がはっきりするには、机が真っ黒じゃないと境界線が分からない、と迷子になっちゃったんです。じゃあ、黒だったらと思ったら、黒は膨張色じゃないので、紙の端っこが捉えやすくなった。もちろん、白い紙を見せられて「黒だよ」と言われたら騙されると思うんだけど(笑)、黒い紙に白いデッサンって見たことも聞いたこともなかったので、妥協中の妥協で買った覚えがあります。

 

伊藤 白い紙に黒い線で描いているのとは違うイメージが頭の中ででてきたということですね。

 

聖 黒板にチョークで強くぎゅーって書いた感じに近く見えますね。

 

伊藤 そこまで厳密にイメージを作っているんですね。面白いですね。

 

上杉 それで、イルカのデッサンを最初に描きました。「背びれがないよ」と言ったら「欠けてるんです」って。コンテで描いた第1号ですね。一人でデッサンが描けるということがわかり、それからほぼ毎日のように描いているようです。

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伊藤 完成したな、という感覚はどこから来るんですか。見えている人にとっては、人物を描くときには、目が描けると魂が入る、というような考え方があります。ダルマで目を「入魂」するような感じですね。

 

聖 終わるときは、「はい、終わり!」という感じです。

 

上杉 古めの作品だと、顔なら顔のパーツをすべて描ききっている感じだったのですが、最近は少し変わってきているなという印象があります。あえて輪郭だけ描くとか、片目だけ描くとか、自分なりに「これはここまで」という感じがあるようです。

 

聖 最近はあってじゃなまものや、「これは見えてないでしょ」というようなものは描かない。輪郭じたいが、あって見えてないものがあるでしょ、と思って、描いていません。沖縄に行ったときに、ティーカップを描いてみようと思って、色を聞いてみたら、「全体的に白ですよ」と言われた。ただ光が入ることで、ないのに影として目の入るものがある、と思って、それを理屈で描くのか、見せたいように描くのか、考えました。それを人物に反映するようになったのは個展からです。個展のときに、画商さんに「線の美しさがすべてだ」と言われて、線を見せるだったら片目はもう描かなくてもいいかな、と思いました。あえてゆるく描いたり、まつ毛だけしっかり描いたり、女性特有の美しさだけを残したり、することが楽しくなってきました。

 

伊藤 純粋に線だけ描くということもありますか。

 

聖 あります。横線だけで森を描いたり、縦線と横線だけで描いたりしたこともあります。あと、「エキゾチックジャパン」と呼んでる絵があって(笑)、踊りながら渦巻きを描いています。絵の具の残りを使い切りたかっただけなんですが(笑)。これは線だけで、思い切った感じがいいと思った。そこから「色日記」みたいな感じで、作った色を残しておくようになりました。これは「コンクリートジャングル」って思いながら描きました(笑)

 

伊藤 描いたものをあとから触って確認したりしますか。

 

聖 ないですね。執着はないです。描いたときは楽しくて、ひたっていますが、終わったらもういいという感じです。

 

伊藤 描くことの達成感だったり満足感はありますか。

 

聖 大きい油絵を描いたときには満足感や達成感はあるけれど、ふだん描いているものについてはないですね。ふだん描いているものは、楽しさと苦しさ、どっちが来てもいいんです。迷子になりそうになって悶絶しながら描くこともあります。迷子になった理由を考えてもしょうがないので、次に描くときは、そこをもっとズームアップしてみたりして描いたりしますね。悶絶しているあいだにモチーフの新しい面を発見できるんです。わりと無になっている感覚がちょうどいいんです。絵や音楽は時間の刻々と迫ってくる感じに追い立てられるような状態から解放されることができます。

 

伊藤 日々おわれているような感じがあるんですね。玲那さんのまじめさを感じます。

 

聖 目が見えなくなって、何かを自分から始めるということが100%無理な人生になってから、手伝ってくれる人に、いかに具体的にお願いできるかということを考えます。「ソニーの〇〇の〇〇モデルの〇〇が欲しいです」「それならこういう新しい製品がでてますよ」というような感じで。お化粧品や洋服を買うときもそうですが、お店の人がすごく長い時間を貸してくれて、見える世界から見えない世界に移って考えてくれる。店員さんの責任がかかるウェイトが何十倍も重い分、その人が、「接客してよかったな」と思わせられたら勝ち、と思っています。「全部説明してください」「全部触らせてください」はあまり面白くないので、限定して、具体的に言うことで、店員さんとの会話が発展するようにしています。一から全部説明してもらうことを、申し訳なく思わなくてもいいとまわりに言われた時期もあるけれど、どうしても申し訳ないと思ってしまう。

 

伊藤 玲那さんの買い物や生活にも密着してみたいですね。

 ぬいぐるみはいつも持ち歩いているんですか?

 

聖 このぬいぐるみは今年で29歳なんです。小学校から専門学校までずっと一緒でした。子供のころから、ぬいぐるみの手足を歌や声にあわせて動かしたりする一人遊びをしてました。昔にYou Tubeがあったら載せたかったです(笑)。

 

上杉 白い紙に絵を描くのと、ぬいぐるみに振りつけるのと、感情表現という意味ではいっしょだよね。

 

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