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大塚龍平さん

大塚龍平さんは、理系の大学院生。大学院に進んだ頃から吃音が重くなり、向き合うことを始めます。バイト先で子供と接しているときや一緒に住んでいるおばあさんと話すときの経験から、演じていると吃音が出にくいことを発見。そこで注目したのは、もともと大好きだったディズニーのショーでのMCのしゃべり方。まだまだ実験中とのことですが、吃音×ディスニーというユニークな探求が始まります(注:写真は大塚さんの字ではありません・笑)

 

大塚龍平さんプロフィール

1995年、千葉県浦安市生まれ(ディズニー大好き。笑)。

吃音持ちだけど、実は人と話すのが大好きな理系大学院生。

話す相手や状況に応じて様々に変化する自身の吃音に疑問を感じたことをきっかけに、人間に投与すると身体的・精神的に様々な変化をもたらす医薬品に興味を持ち、薬学を専攻。

 


◎何でオレ固まってるんだろう

伊藤 自分の体がやっていることを言葉にするのは、なかなか難しいですよね。とくに吃音は自分の中でぐるぐる系ですよね。

 

大塚 そうですね。あまり人に説明したことはないですけど、大学院に入って、研究室が変わったんですけど、今年の4月5月が吃音が本当にひどくてしょうがなくて。教員とのコミュニケーションも大変で、これヤバイなと自分でも思いました。それで大学の中に発達障害を対象とした支援室があったので、そこが相談を受け付けていたので、とりあえず相談しに行きました。今でも月に一回くらい行っています。そこで初めて、自分の吃音がどんな感じか話しましたね。

 

伊藤 いまの状態は4月5月よりはよいですか?

 

大塚 そうですね、そのときよりはマシです。吃音って話す相手や話す場合によっても変わったりするじゃないですか。研究室で、実験の内容や結果について助教と話したりするときに、細胞の名前などを当然話さなきゃいけないんですが、最初はなかなか言葉が出ず、助教も「え?」みたいな感じになるんですね。本当にそう思っていたかは分からないですが、ぼくがあまり実験とかを本気でやっていないから、細胞の名前もすぐに出てこないんじゃないか、というふうに思われがちで、それが積み重なっていくと、どんどん話しにくくなっていって、というのがけっこう続いていました。そのときはすごくしんどかったですね。

 

伊藤 特定の細胞名が言えない感じでしたか?それとも専門用語が出ない感じですか?

 

大塚 専門用語だというのもあるんですが、助教の先生が持っている雰囲気や話すリズムと、ぼくの持っているリズムが合わなくて、「あ、いえ、えっと…」みたいな感じになって、そのあと言葉が出なくなったりするんです。厳しい先生だったので自分の言うことをしっかり整理して行こうと思うんですけど、いざ言おうとすると言えなかったり、紙に書いて持って行っても、結局言葉で説明しなくちゃいけない部分があって、つらかったです。

 

伊藤 難発の症状ですね。

 

大塚 そうですね。研究室の先輩たちと、試薬を作ったりとか研究室内のみんなでやる仕事があるんですが、「作りませんか」と声をかけようとするときに、いったん「えーっと」って止まってから言う感じになっているので、たぶんみんなも「大塚はたぶんこういうやつなんだろうな」と分かってきていて、それで先輩に何かを言われたりすることはありません。先輩はそれほど厳しいわけではないのに、自分でもなぜつっかかっているだろう、と思うんですが、「えーっと」って言っているあいだに、相手のことを待たせちゃってるなと、焦ってなおさら出なくなる。長い沈黙のあとに何とか言う、という感じですね。

 

伊藤 難発は苦しいですよね。体が硬くなる感じですか?

 

大塚 伊藤先生の本を読ませていただいたときに、自分で体が固まっちゃっているのを、自分だけど自分じゃなくなって言えない自分を、ちょっと外から見ている感じ、「何でオレ固まってるんだろう」みたいな、ちょっと笑ってしまいたくなる感じというのはありますね。黙っているときに、内心では「え、いまそんなに緊張するシーンじゃないっしょ」って思ってる。4、5、6月に、自分の人生のなかでも、ここまで吃音できついということはなかったので、いろいろな本を読んでみようと思ったんです。吃音がどれだけその人にとって大変か、それで苦労しているか、というような、吃音でない人に吃音の苦労を伝える本はけっこうあったんですが、伊藤先生の本はそこがちょっと違っていて、吃音ってこういう現象なんだよ、というふうにとらえていらっしゃる気がして、今日はお話を聞かせていただけたらなと思ったんです。

 

伊藤 それは嬉しい!ありがとうございます。お話できて嬉しいです。

小学校や中学校の頃はいかがでしたか。

 

大塚 吃音を自覚しだしたのは小学校の低学年か中学年のときです。自分で気づいたのは、音読の授業のときに、「ああああ…」となって、まわりからからかわれたときに、自分は違うんだということに気づいたのが最初です。でも去年の夏頃に、母に、自分がどうだったか聞いてみる機会がありました。そうしたら幼稚園に上がる頃から、「あああ…」というのがあったけれど、本人は気にしていなかった、と言っていました。

 

伊藤 そのころは連発をしていたんですね。

 

大塚 そうですね。小学校のときに、学校の内にことばの教室がありました。吃音専門だったのかわかりませんが、週に一度、言語的な難しさのある子どもが放課後に寄って話すんです。そういうところに行ってはいたんですが、言語的な訓練をそこまで受けた記憶はなく、でも何かあったらそこに行けばいいんだな、という安心感はありました。

その頃は連発してから言うという感じだったんですが、中学や高校になると、恥ずかしくなってきて、具体的にいつからというのは覚えていないですが、難発が多くなってきた感じですね。

言い換えは、本にもあったように「あ、ここで来るな」というのが自分でも分かるんですよね。言い換えられる言葉があるなら言い換えちゃいますけど、言い換えられるときでも「いや、でも自分はやっぱりこのシーンではこの言葉が使いたいんだ」というときは、難発になっても、時間をかけながらその言葉を言ったり、「えーっと何だっけ」とか言いながらその言葉を使ったりします。言い換えはかなりしていますね。

 

伊藤 なるほど。言い換えは絶対に嫌だ、と否定する方もいますが、それほどではない、という感じですかね。

 

大塚 そうですね。昔は言い換えると残念だなという感じはあったんですが、最近はそこまでではなくて、伝わることのほうが大事かなと思っています。

 

◎人前での発表

大塚 あと、最近は少しずつ就活が始まっていて、インターンシップに行ったりすることがあります。この前もインターンシップで、班ごとに話したことを全体に向けて発表するという機会がありました。司会と発表者は同じ人にしてくれと言われて、ぼくは絶対にやりたくないなと思っていたんですが、その場の流れでやるはめになってしまって(笑)。80人くらいの人の前で話すことになるので、絶対にやばいなと思って。でもそのときの課題が難しかったこともあって、班の考えがまとめきれず、しゃべりながら、つっかえながら、紙を見ながら、でも話せたのは自分でも驚きではありました。苦労はしたな、という感じでしたけど。

 

伊藤 おお。マイクを使ってしゃべったんですか?

 

大塚 マイクを使って、みんながグループを作っていて、自分はその場に立ち上がって話す感じですね。全員がこっちに向いているわけではない形式だったこともあって、何とかしゃべることはしゃべれました。なかなかしんどかったですが。

 

伊藤 何分くらいですか?

 

大塚 3分ですね。

 

伊藤 けっこう長いですね。でも自分でもびっくりする感じだったんですね。

 

大塚 そうですね。もっと難発が長くなるかなと思っていたんですよね。黙り込んじゃって、あの人どうしたのかな、という状態になるかなと思っていたんです。でも難発にならなかった、いや難発にならなかったというよりは、難発になりそうなったら班の中で話し合った内容が書いてある紙をいったんちょっと見て、リズムを直してまたしゃべる、という感じでした。その紙があったからかもしれません。

 

伊藤 紙が休憩所みたいな感じになっていたんですね。どうしてそういうのがあるとしゃべれるんですかね。

 

大塚 なんでですかね。

 

伊藤 「えーっと」って言うのに近い感じですかね。

 

大塚 紙を机の上に置いておいて立ってしゃべっていたんです。なんとなく話の流れは頭の中に入っていたんですが、たぶん、紙を見て確認するふりをしていたんだと思います。そうすると、周りから見ると、話の中身がちょっと複雑で、いったん確認したいんだろうなと思われるだろうなと思って、そういうふうにしていたんだと思います。

 

伊藤 なるほど。見え方の問題ですね。

 

大塚 そうです。そうすることが、そんなに不自然じゃない状況だったんです。

 

伊藤 紙に目をやってはいるけど、真剣に読んでるわけじゃないですもんね(笑)。

 

大塚 そうですね(笑)。自分としてはそんなに必要なかったけど、ちらっと見てしゃべるということをしていました。

 

伊藤 おもしろいですね。対外的な演出が安定すると、自分のしゃべりも安定するんですね。

 学会発表をする機会はありましたか。

 

大塚 学部の卒業のときに、大学内で発表する機会があったんですが、それが発表としてはいちばんひどかったです。ポスターを貼って、その前に自分が立って、自分の研究を審査してくれる先生の前で、制限時間があるなかで、説明をするという感じでした。そのとき、準備の段階でこれはまずいなと思っていたので(笑)、言う内容をしっかり暗記できているかどうかと、その場でどもるかどうかは関係ないなというのは過去の経験からわかっていたので、どうしたらいいんだろう、と。結局思ったのは、ふつうポスターって図がメインですよね。でも、ポスターそのものが台本になるような感じにすればいいんじゃないかと思って、びっしり文字を書いたんです。それを読めばいいだけにしていて、これなら大丈夫だと思って行ったんですが、「はい、始めてください」と言われたら、そもそも最初の言葉が全然出なくて。出ても、難発が長すぎて、言葉になっていない状況だったんです。何喋ろうかといった頭は使っていない、書いてあることを読めばいいだけだったのに、それが全然できない。審査の先生が優しい方だったので、「私が前にいないほうがいい?」と言われてしまって、申し訳なかったなと思っています。結局最後まで何とか、発表したというよりは、そこに書いてある文を何とか読み切った感じだったんですよ。

学部最後のときがそれで、これはまずいな、と思いました。今までに経験したことない感じで。それまで研究室で研究がどこまで進んだか発表することがあって、どもるとしても、つっかえつっかえ、聞き苦しくないんじゃないかぐらいの感じだったんですよ。でもそのときは、自分でも、自分で自分を笑ってしまいたくなる、ほんとうになんでこんなに体動かないだろう、という状態になっていました。印象的なできごとでした。

 

伊藤 なるほど。難発のときでも、今拝見している感じだと、顔の表情とかはあまり変わらなそうですよね。そのときはどうだったのかしら。

 

大塚 自分でちょっと覚えているのは、息を吸うタイミングが分からなくなって、もう完全にリズムが崩れてしまった状態だったんだと思います。しゃべろうとしても声が出なくて。

 

伊藤 そういう経験はけっこう残りますよね。

 準備の段階で、話す内容を理解していることと、吃音の出やすさは関係ないということが経験上わかっていた、とおっしゃっていましたが、それは具体的に何かあったのですか?

 

大塚 そのときほどひどくはなかったんですけど、論文の発表でしっかり準備をしていっても、変わらなかったんですよね。理解しているというか、しっかり台本を作っているかいないかですね。

 

◎ディズニーのMCに自分を浸す

大塚 もうひとつ自分の中で印象的だった話があって、アルバイトで、小学生向けの科学実験教室で、授業をする先生をうしろからサポートする仕事をしています。そこで半年に一回、子供達の発表会があるんですよ。保護者がいっぱいいて、教室の前のほうに生徒が立って話をするんですけど、発表会が始まるときとか、生徒が変わるときに、司会が要るんです。発表会の司会って、台本がしっかりありますよね。ぼく、いままでにそれを2回やったことあるんですが、本当にひどくて。そのときに難しいなと思ったのが、あまり固くやると生徒が緊張しちゃう、でも保護者はいるからやっぱりある程度は固くしなくちゃいけない。司会者って、そういう場合、子供達にも配慮しなきゃいけない一方で、保護者に対する敬意も示さなくちゃいけないんですよね。それがけっこうしんどくて。前もって司会を頼まれたときに、どもりますよということは伝えていたんですけど、本当にどもって。それは学部の最後最後の卒研発表と近いものがあったのかなと思います。言う内容がぜんぶそこに書いてあるのに、言う内容が出てこなくて。「本日は、お忙しいなか・・」といった文章を、文節ごとに、ちょっとずつ言うのが精一杯でした。保護者のアンケートでも「司会の方があまりにも緊張していて、逆に子供達が緊張しちゃってました」って書いてあって、「ですよね」って感じでした(笑)。

 さすがに何度もやっているので、何回か実験をしてみたことがあって。これ、演技してみたらどうなんだろうと思ったんですよ。ふざけてしゃべるときや、誰かを演じてしゃべるときってあまりどもらなかったりするんですよ。ちょっと声を裏返したりしてしゃべると。それは自分で知っていたので、これはいっそ演技だと思って、ちょっと声を高めにしてやったらどうだろうと思ったんです。なおさら子供がいるんだったら、おちゃらけるような感じでしゃべったらどうだろうと。そのときにやってみて思ったのが、

 

伊藤 やったんですね(笑)

 

大塚 ちょっとやりました(笑)。ただやっぱりちょっとうまくいかなかったんです。その理由は、子供たちに向けてはそれでいいけど、保護者に向けての言葉をそれで読むのっておかしいじゃないですか。だから演じきれないんですよね。たぶんそのシチュエーションがそうとう難しいんですけどね。だからいろんなことを実験していました。ここ一年くらいは司会をやっていませんが。

 

伊藤 けっこう研究されていますね。

 

大塚 そうですね(笑)。このままは嫌だなと思ったので、何かできないかなと。たぶん、等身大の自分でいっちゃうとどもるので、演技だとどうだろうとやってみたんですが、なかなかうまくいかなかったんですよね。

 

伊藤 お客さんの構成がもっと単純な感じだったらうまくいきそうな感じはあったんですかね。

 

大塚 子供達としゃべるときって、ぼくはあまりどもらないんですよ。それは先生を演じているからかもしれないです。授業をしているときにどもって苦労したことはないですね。たまに夏のふだんと違う生徒たちがくるときに自己紹介をすると、ちょっとどもることがあるくらいで、基本はどもらないんです。保護者がいなかったらたぶんどもらないで、演じられたんだと思います(笑)

 

伊藤 そのときはキャラ設定はかなり明確にしていたんですか。

 

大塚 だいぶ練っていましたね。

 

伊藤 それはどのくらい明確ですか。「自分の中でかつてやったあの感じ」みたいなことか、あるいは芸能人の○○のイメージでとか、どんな感じで具体化していくんですか。

 

大塚 ちょっとお恥ずかしいんですけど、ぼく、ディズニーがすごく好きなんです。バイトで司会やって、と言われたときは、学部の2、3年だったので、わりと授業にも余裕があって、実験がない週だと、平日にディズニーに行くことがあったんです。年パスを持っていて、行ってはよくショーを見ていました。ショーを見にいくと、ショーの中で、MCみたいな人がいるんです。役に扮しているんですけど、MCみたいな役割の人で、そういう人はディズニーの人ではなく、俳優をやっていたりする人だったりするんですが、そういう人をずっと見ていたら、これできるかもなという気がしてきたんですよね。おちゃらけた役だけれども、ショーとしてはしっかり流れをリードしていて。

 

伊藤 パターンとして、確かに使えそうですね。丁寧だけど、軽くて、子供も保護者もいる場ですよね。

 

大塚 そうなんです。これができたらいいなと思っていたんですが、発表会の場に若干合わなかったのか(笑)、なかなかうまくいかなくて。

 

伊藤 そのときは格好はどんな感じだったんですか。白衣ですか?

 

大塚 スーツの上から白衣を着ていました。ふだんの授業のときもそうです。

 

伊藤 なるほど。かなり具体的な演技のイメージがあったんですね。

 

大塚 イメージがあったんですけど、それができなかったんです。

 

伊藤 でも目の付け所としては、確かにアリだなという感じがしますね。モノマネとかではなくて、ディズニー的な何かですよね。

 

大塚 なりきる、そこに自分を浸すというのがいいのかなと思っています。家族と話していてもどもるときはどもるんですが、祖母ともいっしょに住んでいて。高齢で認知症の症状がでているけど、でも頑固なところもあるんです。妹は、祖母に正面からぶつかっていくんですけど、ぼくは、「そうだよね〜」みたいな感じで、子供に対して接するような感じで接しているんです。で、そういうふうに接しているときにどもったことって、一度もないんです。演技は間違っていないのかなと思うんです。

 

伊藤 面白いですね。ディズニーが好きな理由って、言葉にできたりするものなんですか?一般的なイメージでは、ディズニー的なものと吃音ってちょうと逆に感じる人もいるかもしれない。ディズニーってある意味では完成された魔法の世界じゃないですか。一方で吃音って現実そのものというか、うまくいかない、不完全な人生を生きることになる。よくできたストーリーにしすぎかもしれないですが、二つが真逆だからこそ、相性がいい可能性があるということなのかもしれないな、と。

 

大塚 ディズニーは家庭の影響もあるかもしれません。近くに住んでいたり、複数の親戚がディズニーでキャストをしていました。

 

伊藤 ああ、そうなんですね。

 

大塚 そうなんです。それで昔からよく連れて行かれていました。ただ、その一方で、吃音と関連づけて考えてみて、いま思ったのは、あこがれみたいなものがあるのかもしれません。ディズニーってキャストさんとか完璧じゃないですか。そこにあこがれているんだろうなという部分はあるんだと思います。あれだけゲストに対してできるというのは、どもっている自分からするとすごいことだと思うんです。

 

伊藤 確かに「話すこと」はある意味では「相手をもてなすこと」でもありますね。時間を作ってもらって、自分が場をリードして相手を楽しませる。だからキャストの方がやっていることって、そのハイレベルなことをやっているわけですもんね。

 

大塚 ぼくは話すことはすごく好きなんですよ。だから話す仕事をしたいなと思いつつ、やはり難しいなとも思っていて。中学生のときまでは弁護士になりたかったんです。でも中3の公民か何かの授業でディベートがあって、そのときに、惨敗したんですよ。なかなかしゃべれず、自分の言いたいことが言えず、自分がこんなに弁が立たないのか、弁が立たない弁護士は無理だな、と思いました。話す仕事への憧れは結構強くありますね。それがなかなか難しいかなというのがわかっている自分もいるんですけど。

 

伊藤 話すのが好きというのは、人前で話すのが好きなんですか。それとも一対一が好きなんですか。

 

大塚 一対一で話すのも好きなんですが、もしかしたらみんなの視線を集めて話したいという気持ちも、どこかにあるのかもしれませんね。

 

伊藤 面白いですね。苦手意識とやりたい気持ちが両方あって。それはいい状態ですよね。

 自分の吃音について言語化してみると、どうですか?作業自体として楽しい/つらい、しゃべり方が変化した、などはありますか。

 

大塚 自分の吃音について話すことをつらいと思ったことはないですね。そんなこともあったなと思いながら話すのは、どちらかといえば楽しい部類に入ると思います。話し方が変わったかというと、なかなか難しいかなと思います。ただ一つ変わったかなと思うのは、後付けになるのかもしれないんですが、以前、発表会のときに演技で変えてみようと思ったときは、前向きではあったけれども、吃音は変えるべきものというふうに、頭がいっていました。でも、さいきん吃音について話してみたりして、感じたのは、吃音を抑える方法があったらそれがいいんですけど、現状ではそれが難しいので、吃音が出たときに、難しいとは思うんですが、よくないものだというふうに捉えないように変えて行くほうが大事なんじゃないかなと思います。話し方は変わっていないけど、捉え方が変わっていくのかな、と。

 

(2019年9月19日 @東工大伊藤研究室にて)